第8話 知られざる確執

 祐司が仕切り直しを誓って、数日後。

 表面的には問題なく過ごしていた彼だったが、詳細な理由を告げられないまま、仕事中に上司経由で社長から呼び出しを受けた。そして嫌な予感を覚えながらも、エレベーターで鉢合わせした弘樹と共に社長室へと向かう。

 二人はノックをして、神妙な表情で社長室に足を踏み入れたが、室内には社長である遠藤の他に、もう一人の人物が存在していた。


「失礼します」

「榊先生? お久しぶりです」

 面識があった人物に対し、すかさず頭を下げた弘樹に対し、星光文具の顧問弁護士でもある榊亮輔は鷹揚に笑ってみせた。


「やあ、弘樹君、久しぶりだね。今日は仕事中に呼びつけてしまって申し訳無い」

 その言葉を聞いた弘樹は、僅かに驚いた表情になった。

「それでは俺達がここに呼ばれたのは、榊先生絡みのお話ですか?」

「ああ。私、それに君達二人の組合せで、何か思い当たる節は無いかな?」

「…………」

 完全に面白がっているとしか思えない口調で榊がそう述べると、どう考えても最近お好み焼きを食べずに泣いて帰った彼女と、彼女の姉代わりを自称する、目の前の人物の娘に関する事しか有り得ないと判断した二人は、揃って表情を消して黙り込んだ。そこに怒りを孕んだ声が割り込む。


「お前達……、よりにもよって、綾乃さんを泣かせたらしいな? クビだ。即刻、星光文具から出ていけ」

「はぁ?」

「あの、社長!」

 榊と向かい合って座り、据わった目つきで弘樹と祐司を睨み付けつついきなり解雇宣言をしてきた遠藤に、男二人は狼狽したが、榊は失笑しながら彼を宥めにかかった。


「おいおい遠藤。いきなり解雇は無かろう。そんな事をしたら訴えられるぞ? 少しはトップの立場を弁えろ」

「しかしだな! うちの社員が夢乃さんの娘さんを泣かせたなどと知られたら、夢乃さんに顔向けできん!」

「頻繁に会っているわけじゃないし、別に構わないだろう?」

「榊、お前冷たい男だな! 人間の汚い所ばかり見てきて、性格が歪んだか? 大学時代はあんなに男気のある奴だったのに!」

 遠藤の抗議を余裕の表情で受け流してから、榊は話に付いて行けずに唖然としている弘樹達に向かって、ちょっとした事情を説明してきた。


「ワケが分からないと言う顔をしているな。実は私は遠藤と同様、君島とも大学時代の友人でね。ただし、遠藤と君島は友人同士ではないんだ」

「え?」

「普通、友人なんじゃないですか? 榊さんを介して知り合いとか」

 祐司から尤もな疑問を呈された榊が、そこで苦笑混じりに端的に告げる。


「確かに今現在でも、二人とも私の友人だが、二人は昔から犬猿の仲なんだ。同級生だった荒川夢乃さんを挟んで、恋のライバルだったからね」

「ああ、なるほど……」

「良く分かりました」

 微妙な表情で言葉を濁した弘樹と祐司だったが、ここで榊が意地悪く笑いながら遠藤に止めを刺した。


「いやぁ、卒業直前に彼女が君島のプロポーズを受け入れて、卒業と同時にあいつと結婚した時には、こいつすっかり燃え尽きて、暫く灰になっててな」

「…………」

 思わず二人が遠藤に憐憫の視線を向けると、たまらず榊が手で口元を押さえながら、くぐもった笑いを漏らした。それに対して遠藤が、顔を紅潮させながら怒りの声を上げる。


「五月蝿いぞ!! あんなゲジ眉野郎に夢乃さんを盗られたなんて、今でも腹立たしいのに、つまらない事を蒸し返すな!」

「盗られたとは人聞きが悪いぞ。別に彼女がお前と付き合っていたわけじゃないし」

「だが当時、俺が一番彼女と親しくしてたんだっ!!」

「ああ、確かに男性の友人としては、一番親しかったと思うな。でも君島との結婚を決めた後に、彼女にその理由を聞いたら『遠藤君みたいな人は誰にでも『好きだよ』とか言ってるから言葉が軽いけど、君島君みたいにちょっと愛想が欠けてて口数が少ない方が、一つ一つの言葉に信頼が持てるわね』って言ってたな」

「…………」

「……まるで誰かさんだな」

「頼むから黙っててくれ」

 思わず黙り込んだ遠藤に、ボソッと横に立つ友人に囁いた祐司。そして自分の性格が父親譲りだと再確認した弘樹は、思わず片手で顔を覆った。

 そんな三者三様の心境になどお構い無しに、榊の回想が続く。


「それで『君島に何て口説かれた?』と興味津々で尋ねてみたら、『彼が「君を幸せには出来ないかもしれないが、俺が幸せになるには君が必要だ。俺は幸せになりたいから、俺と結婚してくれ」って言われたの。だから「確かに幸せにはなれないかもしれないけど、一生同じ価値観でいるとは限らないわ。何十年後かには違った事に幸せを見い出しているかもしれないから大丈夫よ。私、そもそも幸せになるのに、他人を頼ったりしない主義だし。私が必要だなんて言う情けない人は、仕方が無いから面倒見てあげる」って言ったわ』って、それはそれは明るい笑顔で言われてね。いやぁ、惚れ直したねぇ」

「何だとぅっ!! 榊! 貴様も彼女狙いだったのか!?」

「喚くな、阿呆。当時の彼女は皆のアイドルだったろうが。宣言通り卒業と同時に見ず知らずの奴の地元に行って、舅姑小姑達と折り合い付けて、あいつが地盤引き継いで議員になってからは後援会をしっかり纏めて地元を守って、完璧な政治家の妻ぶりで感心したね。今じゃ県議選や市議選とかの応援演説には、滅多に地元に帰らない旦那より、美人で弁が立って気配り万全の彼女の方が引っ張りだこだと聞いているしな」

 心の底からの賛辞と分かる榊の台詞に、思わず弘樹が小さく口笛を吹いた。


「うわぁ、すっげぇ男前な性格の女性。確かに親父みたいなタイプとは合わんな」

「しかし、父親同士がそんな犬猿の仲なら、やっぱり彼女がコネ入社って有り得ないよな?」

「だろうな。『入れてくれ』って先方が頭を下げても、親父が絶対拒否するぜ」

 二人で勝手に納得していると、遠藤が地を這う様な声で呻いた。


「全く……、あんなど田舎に彼女を縛り付けやがって、両親の世話まで押し付けやがって……」

「遠藤……。今の発言は、広島県民に失礼だ。それに姑も『こんなにできた嫁が来てくれて望外の喜びだ』と周囲に言ってるのは有名な話だぞ?」

「世間体を取り繕ってるだけだ!! 結婚した後心配で、何回か電話してみたが、あいつは悉くブチ切りやがって!!」

「未練がましく、そんな事をしてたのか……」

 心底うんざりとした表情で榊が溜め息を吐いたところで、遠藤は憤怒の形相でこの間ずっと佇んでいた二人を見上げた。



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