第6話「デート①」

 扉の前でサラは待っている。

 黒いフード付きのぽんちょをはおり、その下には手足が隠れるようなデザインのスカートを身につけている。

 フードで髪を隠し、手の先もロンググローブで隠すことで露出を限りなく減らした格好だ。

 そしてこのフードには魔法がかけられており、被っている限りサラが怪しまれることはない。

 流石に堂々と貴族街を青髪白色人であるサラが歩くわけにはいかない。


「サラちゃんお待たせ~」


 サラの目の前の扉が開き、中から出てきたマナが手を振る。その後ろには隠れるように首だけ出したエリシアがいた。

 じゃじゃーん、という掛け声でマナが横にずれてエリシアの姿があらわになった。


「どうかな、サラ」


 エリシアの服装にサラは驚いた。

 白を基調にしたワンピース。質素なデザインではあるが逆にそれがエリシアの可愛らしさを際立たせる。

 そしてこの服は……


「私の昔の服……。どこから見つけてきたのですか?」

「タンスの奥に入ってた。…………ねぇ、どう? 似合う?」

「ええ、とても」


 やった、っと手を握りエリシアは喜びを表情にする。

 そして、サラの手をギュッと握る。

 いつもと違う手の感触に気づき


「おね……サラ、手袋してる。取って」


 エリシアの青い瞳が、じっとサラの顔を見つめて命令する。


「姫様の頼みでもダメです。分かりますよね?」

「むぅ~、分かった」


 納得はできないが我慢するエリシア。

 エリシア自身がサラと人種が違うことを全く気にならない事もあって、サラが自身の肌を晒すことに――――人種を晒すことに臆病になる事が納得がいかないのだ。それでも姉が忌避していることを無理矢理させようとは絶対にエリシアは思わない。



 街に出るにあたり、流石に徒歩で行くわけも行かず、移動は馬車を使うことになった。

二人きりが良いと頑なに言っていたエリシアも、サラに説得されて移動だけは馬車を使うことにしたのだ。

 と言うことで屋敷の正門には、リーリエ家の馬車とその隣に執事のクリストフがかしづいていた。


「姫様、サラさん。本日はわたくしがお二人の道中を預からせていただきます」

「休暇にごめんなさい、クリストフさん。代替日は必ず用意してもらうわ」

「姫様のためなら休日出勤大歓迎。サラさんは気になさらず姫様と楽しんできてください。それと」


 そう言うとクリストフはサラの耳元に寄り


「……姫様には二人きりにして、とは言われてはいますけどユリウス様の命令で姫様にバレないように隠れて君たちの事は見守ることになったから。ホントにヤバいことが起きたなら介入するからね」


 エリシアには聞こえないように小さな声で耳打ちした。

 サラは頷く。

 クリストフは歳は取ってはいるが、リーリエ家の使用人の中でも指折りの実力者だ。クリストフが見守っているならサラも安心できる。


「よし、姫様もサラさんも馬車に乗ってください。早く出発した方が長く楽しめますよ」


 そうして、エリシアとサラは馬車に乗り込んで、デートが始まった。



   ■■■



 貴族街商業通り。

 貴族達が住むシャルディアの壁内部の貴族街に食料品や美術品を売るために平民街から商人たちが毎日やって来る場所だ。

 もちろんシャルディアの壁の内側には青髪白色人ブルディアは入ることすら出来ないので、やってくるのは金髪褐色人ゴルディアの商人たちだ。

 毎日商人たちはこの場所にやって来て、貴族の使用人達に日用雑貨や食料品を売ったり、貴族相手に高級な美術品や衣服を売って生活の糧としている。また青髪白色人ブルディアが作った商品の売買代替としてやって来る仲介商人も少なくはない。



「すごーい。人がいっぱいいる」


 エリシアが声にしたとおり、商業通りは人でごった返していた。

 物を売る商人、自分の仕えている貴族の家事に必要な雑貨を買い足しに来ている使用人、なにか珍しいものはないかと露天を見て回る貴族。多種多様な人(ただし金髪褐色人ばかりだが)でいっぱいだった。


「お姉ちゃん、あっち行こうあっち」


 二人きりになったことで妹口調に戻ったエリシアに引かれてサラは商業通りを見て回る。

 屋敷の中で大切に育てられたエリシアが外の世界に接する機会はほとんど無かった。しかしそれはサラも同じだ。

 リーリエ家にやって来てから約八年。初めて見る光景が眼前に広がっている。

 エリシアに手を引かれやってきたのは一つの露店だった。店前には綺麗な貴金属類やアクセサリーが綺麗に並べられている。


「いらっしゃい。可愛いお嬢ちゃんだね。貴族様かい?」


 その店の主人らしき男がエリシアに話しかけてきた。


「んーと、エリシアだよ」

「そっかエリシアちゃんか。手を繋いでいる人は使用人?」

「お姉ちゃん!」

「そっかそっか。今日は姉妹でお出かけかな。仲良いんだね」


 男はサラの方をチラッと見てそう答えた。

 フードで顔を隠してなければ青髪白色人ブルディアンのサラをエリシアの姉と思うことはなかっただろう。


「おじさん、このキラキラしたの何?」

「この指輪に付いてるやつかい? これはダイヤモンドと言ってとっても高くて硬い宝石だよ。隣の蓮華皇国で採れたものを加工して指輪にはめ込んでるんだ。ちなみにエリシアちゃんが首からかけているそのネックレスにも小さいけど付いてるよ」

「これ同じやつなんだー。ねぇ、これは?」


 エリシアが次に指差したものは黒い宝石だった。指輪にはめられたその黒い宝石はまるで夜空に浮かぶ星のようにキラキラときらめいていた。


「……エリシアちゃん、お目が高いね。これは最近になって発見されたばかりの宝石だよ。ここら辺で取り扱ってるのは俺のところぐらいだろうな。この宝石の名は『魔鉱石』。魔法を封じ込めることができる宝石だ」

「魔法を……封じる?」

「エリシアちゃん魔法は使えるかい?」

「ちょっとだけ」


 エリシアがそう答えると、男は懐から魔鉱石のカケラを取り出しエリシアに渡した。


「これは売り物にならないくらい小さくて、いびつな魔鉱石なんだけど、遊ぶにはこのくらいで十分。それを持って魔法を唱えてごらん」

「攻撃魔法でもいいの?」

「エリシアちゃん、その歳で攻撃魔法使えるのかい? すごいね。まあ攻撃魔法の方がわかりやすいかな」

「わかった」


 エリシアは魔鉱石のカケラを握って『炎弾』の魔法を唱える。

 しかし魔法はいつも通りには現出せず、まるで魔力が魔鉱石に吸い込まれるかのような感覚をエリシアは覚えた。

 詠唱し終わったエリシアが握っていた手のひらを開けると、そこには輝きを増した魔鉱石のカケラがあった。


「……とまあこんな風に魔法を封じ込めることができるのさ。……とは言え今の技術ではこれ以上何か出来るわけじゃないけどね。正体不明使い道不明、それがこの魔鉱石さ」


 エリシアの隣でその話を聞いていたサラは、一つ気になることがあり質問する。


「魔鉱石で攻撃魔法を防ぐことは出来ないのですか?」

「そりゃ無理無理。魔鉱石が出来るのは詠唱中の魔法を封じ込めることだけで、既に唱え終わった魔法を封じ込めることは出来ないのさ」


 確かにそれでは使い道がない。

 見た目は綺麗だから宝石としての使い道ぐらいだろう。

 それからもエリシアは露店の前であれは何?これは何?と店主を質問攻めにした。

 この国でも三本の指に入る貴族の娘であるエリシアにとって、今日みたいに自由に買い物ができる機会などそうそうないのだ。

 色々な装飾品を吟味しているエリシアは、サラの方へ振り返ると


「ねぇ、お姉ちゃん。お揃い買おう」


 と笑顔で提案してきた。


「あんまり無駄遣いはダメですよ。エリシアの分だけでいいでしょ?」

「無駄遣いじゃないもーん。お姉ちゃんとのデート記念だもーん」

「はははっ、可愛い妹さんですね。姉妹でお揃いの物を身につけるって微笑ましくていいと思いますよ」


 店主の後押しもあってお揃いの指輪を買うことにした。あんまり高いものではなかったのだが、エリシアは満面の笑みで喜びをあらわにしていた。


「お姉ちゃん付けてー」


 エリシアはサラに左手を差し出す。

 その褐色の指に小さな赤い宝石の付いた銀白色のリングを通した。


「お姉ちゃんのは私が付けてあげるー」

「……ちょっと待って。グローブ外すから」


 素肌を晒さないためにサラの手は両手ともグローブで覆われていた。これでは指輪を付けることが出来ない。

 指輪を付けたくて期待しているエリシアの眼差しは無視できない。

 仕方ない、とサラは左手を袖に隠しグローブを引き抜く。そして周りに素肌を逸らさないようにエリシアを近くに引き寄せる。

 サラの意図を汲み取って、エリシアは袖の中にあるサラの指に自分の付けているものと同じリングを通す。


「えへへぇ、お姉ちゃんとおそろいー」


 エリシアはニカーっと満面の笑みでサラに喜びの声を漏らす。

 サラはグローブの代わりに指輪の付いた左手をどうしようかと思案する。指輪を付けた状態でグローブを付けるとグローブを痛める可能性がある。だからと言って素肌を晒すのは少しリスクがある。


「……袖は十分長いし、このままでいいかな」

「お姉ちゃん、何ぼーっとしてるの? 次あっち行こ!」


 元気一杯のエリシアに引かれてサラはまた人混みの中へ足を踏み入れるのだった。



   ■■■



 それからエリシアとサラは他の露店を見て回った。……というかテンションが上がりまくったエリシアにサラが引っ張り回された。

 十件目の露店を見終えるころ、日差しは天高く昇っていた。


「ちょっと、休憩しよエリシア。お姉ちゃん疲れたよ」

「もおー、だらしない」


 日陰にあるベンチに腰を下ろしてサラは体を休める。

 サラと違い元気が余りまくっているエリシア。これが子供の体力か……、とサラは呆れる。


「エリシアもお腹空いたでしょ? ランチにしましょ」

「うん、お腹空いた。うーんとね、私アレ食べたい!」


 そう言ってエリシアは一つのお店を指差す。サンドイッチ専門店だろうか。ガラス越しに色々な種類のサンドイッチが並べれていた。


「そうね、アレにしましょうか」

「お姉ちゃんはここで休んでて。私買ってくる」


 エリシアそう言うとその店に向かって走り出した。その元気一杯の姿を見て「若いなぁ」とボヤく十五歳の少女がそこにはいた。

 サラはエリシアが帰ってくるまでゆっくり休んでいようと思いまぶたを閉じる。しかし、その微睡みはすぐさま邪魔された 。


「キャアアア、泥棒! 誰か捕まえて!」


 そんな悲鳴が辺りに響き渡る。

 サラは驚いて目を開ける。

 商業街の中心の方からこちらに向かって走る金髪褐色人ゴルディアンがいた。手に高価そうなバッグを抱えていることから犯人はこの男だろうとサラは察する。


 商業街は貴族やその使用人が多く訪れるため、盗みをするには格好の餌場なのだ。しかし貴族街にある商業通りには金髪褐色人ゴルディアンしか入ることが許されない。この国では金髪褐色人ゴルディアンはかなり優遇されるため盗みを働くまで落ちぶれる人間などほんの一握りであるため、滅多なことでは犯罪など起きないのだが……。


 サラは犯人の男を止めるために手を出した。別に正義感があるわけではないが、近くに自分しかいないので咄嗟に手を出してしまったのだ。

 サラの手は犯人の男の腕を掴む。


「――っち!」


 男は舌打ちをし、サラの手を振り解こうとする。しかしがっちりと掴んだサラの手はそう簡単には振りほどくとこができなかった。

 サラの視界に男の口元が入る。その口は何かを呟くように小さく動く……。


(――‼︎ 魔法⁉︎)


 サラが気づいた時には既に魔法の詠唱は終わっていた。男の腕から衝撃が生まれ、サラの身体は空を舞って地面へと叩きつけられた。男の腕を握っていた左手は血が滲んでおり、袖は魔法によって肘くらいまで引きちぎられていた。左手から生まれるズキズキとした痛みはサラの表情歪ませる。

 男はサラに目もくれずに路地裏へと向かって走っていく。路地裏まで逃げられると捕まえることが難しくなる。

 あと少しで逃走が成功する喜びに男は歪んだ笑みをこぼす。

 一歩――路地裏へ足を踏み入れた、その瞬間。


「〝紅蓮の烏 真理なる綻びとなりて 微かなる火種から 燃え上がれ 攻撃魔法『炎弾』〟」


 エリシアの使う『炎弾』より一回り大きな炎の塊がその男を襲った。奇襲とも言えるその魔法に男は最低限の魔法障壁を張ることしかできず、その身体は炎に包まれながら吹き飛ばされた。

 男は全身を焼く炎を消すために地面を転げ回る。呻き声をもらし、息絶え絶えになりながらもなんとか鎮火し、地面にその身体を横たえる。


 そんな男の前に路地裏から長身の青年が現れた。

 短く切り揃えられた金髪に、服の上からでもわかる鍛えられた肉体。

 軽く足を踏み出すその姿にすらサラは畏怖を覚えるほどの雰囲気を纏っている。

 顔はまだ若く見えることから二十代前半といったところだが、その青年の持つ存在感は若者が持つそれではない。


「同じ金髪褐色人ゴルディアンとして恥ずかしいことするなよ、おっさん」

「クソッ、てめぇ何もんだ‼︎ 邪魔するんじゃねーよ‼︎」


 大声で逆ギレし敵意をぶつけてくる男を青年はゴミを見るかのようにその青い瞳で見据える。

 やれやれと、その問いかけに青年は答える。


「何者だ……か。キャンキャンうるさいゴミに特別に俺の名前を教えよう。俺はクロディウス――」


 青年は一呼吸置いて言葉を続ける。

 続けられた言葉はこの国に住むものなら誰もが知っているものだった。

 

「――クロディウス・ハルデンベルグだ」


 ハルデンベルグ。その家名が示すものは『三大公爵家』。

 それは『リーリエ家』、『ワールドハウル家』と並ぶこの国の誰もが知っている家名だった。

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