第5話「デート前日」
――一ヶ月後。
サラ・アイスブルーはエリシアの父に部屋に呼ばれていた。
呼ばれた理由はたぶん明日のエリシアとのデートのことだろうと思っており特に緊張することもなく、執務室のドアを開けた。
「失礼します、ご主人様」
「サラ、そんなに畏まらなくていいよ。今日は父親として娘の君に用事があるのだからね」
エリシアの父、ユリウス・リーリエが椅子に腰掛けたままサラに笑いかけた。
窓から差し込む日差しがユリウスの金色の髪に反射してキラキラときらめく様子は妹の髪を連想させ、やっぱり親子なんだなとサラは感じた。
「明日はエリシアとデートだったかな。羨ましいね。ボクも娘とデートしたいな」
「…………デートとはエリシアが言っていたのですか?」
「うん、そうだよ。明日はお姉ちゃんとデートなの、って嬉々してボクに教えてくれたよ」
恥ずかしいからデートとは言わないでとサラは口止めしておいたのだが、エリシアは父親には口を漏らしたようだった。恥ずかしさにサラの頬はほんのり紅潮する。
「エリシアはここ一ヶ月で十分魔法を会得したし、余程のことがない限りトラブルが起きたとしても君とエリシア自身の身を守ることくらいならできるだろう。まあ、この前あげたあのポンチョ着てたら
ユリウスは机の引き出しからある物を取り出す。黒い金属製のそれを手に持ちサラに見せた。
「これが何か知ってるかい?」
「いいえ……、魔法具か何かでしょうか?」
「不正解。これはだね――――」
初めて見たものに戸惑うサラの顔を覗き見てユリウスは口の端を持ち上げ、その道具の名を口にする。
「――――銃だよ」
じゅう、と言う言葉にサラは聞き覚えがなかった。名前すら聞いたことのない完全な未知のものにサラは興味を惹かれる。
しげしげとサラはその未知の物――銃を眺めた。
ユリウスの手にあるそれは全体が真っ黒に染められており、金属特有の光沢が表面に見える。
「……銃ですか。それは何に使う物なのでしょうか」
「正確には拳銃と呼ばれるものなんだけど……。これは武器だよ。弓矢の様に遠くにいる敵を射抜くものと思っていい。つい先日隣国の知り合いから譲ってもらった物なんだ」
こんな小さなものから矢の様なものが本当に出るのだろうか、とサラは疑問に思う。
その疑問に答えるかの様にユリウスは銃を窓に向ける。
「こうやって構えて……引き金を絞る」
カチッとした音が鳴る。
しかしそれだけで何も起きなかった。
拍子抜けしたサラが頭に疑問符を浮かべていると……。
「今のは弾丸を込めてないから空撃ち。本当はここにこの弾丸を込めるんだよ」
ユリウスの手には円柱の先っぽが丸くなった金属製の小さな物が握られていた。
矢と比べて小さく石ころみたいなそれに武器としての力はあるのだろうかとサラは思う。
「その顔はまだこの武器の恐ろしさがわかってないみたいだね。まあこれだけ見せられても分からないか」
ユリウスは立ち上がり一つの魔法を詠唱する。
部屋の中央から泥が急に湧き出したかと思うと、それが固まって人の形を作り始めた。
泥人形を生み出す魔法だ。生み出すだけならそんなに難しい魔法では無いが、動かすとなるとなかなか難易度が高くなる魔法である。
そしてユリウスはその泥人形を苦せずに歩かせて部屋の隅に立たせ、手に持った銃をその泥人形に向けた。
「ここに弾丸を入れて……、引き金を絞る」
破裂音が部屋に鳴り響く。
爆音にサラは驚き目をつぶってしまう。
そして恐る恐る目を開けると……
肩の辺りが吹き飛んで腕がもげてしまった泥人形が目に入った。
「……と、まあこんな感じだ。この武器のすごいところは魔法が全く必要ないことなんだ。つまり君でも使える」
そう言うとユリウスはサラに銃を渡した。
思ったよりズッシリと重いそれをサラは見下ろす。数瞬前に見た恐ろしい威力を持ったそれにサラは忌避感を抱く。
「こ、こんな怖いもの受け取れません!」
「……サラはエリシアに身を守られてばかりで良いのかい?」
「――っ」
「サラの性格なら妹にばかり負担を掛かってしまうのは嫌と思ったんだけど違うかい?」
「それは……」
再びサラは手に持った銃を見る。
その銃には力がある。
もしエリシアの魔法でも対処できない事態が起こった場合、この
「使う、使わないはサラの自由だよ。でも一応持っててくれないかな。ボクは君もエリシアも心配なんだよ」
サラは黙り込んでしまう。
自分はこの
例えるならば、サラはエリシアの為ならば大恩ある目の前の人物――――エリシアの父にすらこの銃を向けることができる。そんな未来は永久に来ることはないと分かっているのだが、そうだとしても怖かった。
それでも――
「承知しました。姫様を守る為これをお借りさせていただきます」
エリシアを守る為ならばと銃を受け取る決意をする。
そして受け取った銃を…………。
これどこに持っておけばいいのだろうかとサラは悩んでいると……
「これで足に止めとけばいいと思うよ」
ユリウスから足につけるベルト状のものをサラは受け取り、それに銃をセットした。
太ももにつけたそれはメイド服のスカートに隠れて、他人からは見えない。足に少しズッシリとした重さを感じるが、仕事の邪魔にはならないだろう。
「もう一つ。これは娘でもメイドでもなくアイスブルー家の君として頼みたいことがあるんだ」
アイスブルーの名を出すと言うことは
「ボクはこの武器は世界を変えると思っているんだ。つまり銃は魔法主体のこの世界の優劣をひっくり返せるほどの力を秘めている。今はまだ魔法の方が強いけど、その力関係はその内ひっくり返る。例えば君たち
「リーリエ家の悲願は両人種の共存共栄だと存じております。しかしそのためにご主人様は内戦を起こすつもりなのですか⁉︎」
「いや、そうじゃ無い。ボクの目標はみんな仲良く共に暮らせる国という綺麗事だから争いごとは必ず避けたい。ただこの銃という武器はまだこの国ではまだ知られていないけど隣国の蓮華皇国とアスガルド連邦ではかなり火種を生んでいるんだ。魔法で優劣を決める世界の常識が崩れつつある。この流れは必ずこの国にもやってくる。ボクはその前に両人種の和解、そして共存共栄を成し遂げなければならないんだ」
ユリウスの話を聞いてサラは考える。
もし銃という武器がこの国に本格的に来国すれば、長年積み上がった
「君に銃を持たせたのは、エリシアを守って欲しいのもあるがもう一つ理由があるんだ」
「――銃の怖さを知って、二年後私がここを離れて平民街に戻った時にアイスブルー家として内戦が起きる状況を防いで欲しい……そう言う事ですよね」
「サラはやっぱり頭が良いね。理想としてはサラが帰る二年後までに二つの人種間の問題は解決しておきたいけど、何百年と解決できてない問題だから簡単な事じゃ無いからね」
ユリウスはため息をつき、椅子に寄りかかり天井に目を向ける。
長年リーリエ家の目標として来た共存共栄。その悲願の達成のためにも内戦は絶対に起こさせてはならない。もし起きてしまえば、どちらにも少なく無い犠牲が出るだろう。そして後に残るのは勝者による敗者の支配であり、それは今と何も変わらないのだ。
「今の話は実家に帰るまでのあと二年考えてくれればいい。とりあえずは明日はエリシアを頼んだよ」
「承知しております」
ぺこりとお辞儀をしてサラは執務室から退出した。
■■■
エリシアは衣装ダンスから数多くの服を引っ張り出しては、姿見の前で試着しポーズを決める。
明日のサラとのデートに何を着ていこうか悩んでいるのだ。
「マナ、どっちが可愛いと思う?」
「姫様ならどっちでもキュートですよ〜」
「マナ、さっきからそればっかで参考にならない」
「正直言うとサラちゃんなら姫様が何着ていっても喜んでくれると思いますよ~」
「むぅ~、一番可愛くして行きたいの!」
お気に入りの服を胸元にかざしては首を傾げるエリシア。
黒、青、赤……。多種多様多色な服を取っかえひっかえして模索する。
「……! サラちゃんが一番喜ぶ服装分かりました!」
「やるじゃないマナ。それはな――」
「全裸なのよ」
「マナ、クビ」
「じょじょ、冗談ですよ~。だからクビだけはしないでください~」
そんなこと言って抱きついてくる
しかし最後の服までいっても『これだ!』という服はなかった。
今日までアン先生の授業で忙しくて服を見積もる時間が取れなかったのが痛かった。
しかし今から新しい服を買うとしても、街で売ってるような既存の服ではエリシアは満足することはないだろう。だからといってオーダーメイドだと時間がかかりすぎる。
「う~ん、どうしよっかなあ。とりあえずマナ、これ衣装タンスに戻して」
「こ、この量を一人でですかあ!?」
「うん、頑張って。……クビにするよ?」
大量に出されたエリシアの衣服を前にして「パワハラなのよ~」というマナの叫びを右から左に流して、エリシアはどうしようか考える。
ふと、普段は使ってない古びたタンスが目に入る。
「ここって何が入ってるのかな」
興味本位でそのタンスを開けてみると……
そこには真っ白なワンピースが仕舞われていた。
エリシアが持っているような貴族用の豪華な服ではなく、質素なデザインで簡素的な服だ。しかし何故か惹かれるものをエリシアは感じた。
そのワンピースを取り出し胸元に当ててみる。サイズはピッタシだった。
「この服は……」
「それ、サラちゃんの昔の服ですね〜」
いつの間にかすぐ横に来ていたマナの一声でエリシアは思い出した。
まだ自分自身が5歳くらいだった頃にこの服はサラが着ていた記憶がエリシアにはあった。あの頃のサラは丁度今のエリシアと同じくらいの身長だったのでサイズがピッタシなのも納得だった。
「お姉ちゃんの服……」
「時間が経ってる割に綺麗に保存されてますけど、姫様が着るには少し質素すぎませんか~?」
確かにいつもエリシアの着ている服と比べるとデザイン的にも、装飾的にも質素と言わざるおえない。
それでも生地には高級品のシルクが使われるなど、素材はしっかりとしており貴族が来ていてもおかしくはない。
「これにする。これがいい」
「まあ姫様がそうおっしゃるならマナは何も言えません。でも~、その服だけだとやっぱり質素すぎと思うんですよね〜。姫様は三大公爵家なのですから少しはそれらしい格好をするのがマナーと言うか常識? って言うことでネックレスくらいは付けた方がいいと思いますう~」
「……確かに。マナにしてはマトを得たアドバイス、褒めてあげる。…………そう言えばまだ服が片付いてないようだけど――」
「今から頑張ります!」
ビシッと敬礼してマナは仕事に戻る。
メイドがちゃんと仕事に戻ったことを確認すると、エリシアは手に持った白のワンピーを顔に押し付けた。
「……流石にお姉ちゃんの匂いはしないかあ」
少しホコリっぽい匂いがするので後で洗濯して貰おう、とエリシアは思ったのだった。
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