褐色妹姫と姉メイド
@NURUhisu
第1話「お姉ちゃんって呼びたくて」
豪華絢爛という言葉がふさわしい大理石で出来た廊下をコツコツと靴音を鳴らしてサラは歩いていた。
サラはこの屋敷のメイドである。
十五歳になるその身体を白と黒を基調としたメイド服で包み、ティーワゴンをその真っ白な手で押す。
肩の高さで切り揃えた深い青色の髪に真っ白なヘッドドレスがとても似合っていた。
とある一室のドアの前でサラは止まると軽く深呼吸をした。髪を手でいじり、身だしなみを整える。
この部屋の中にいるのは自分の使える主人であり…………愛しい妹である。
しかし妹とは言え、身分はサラの主人。厳格に接しなければならない。しかし妹と接するときは緊張感を持って接しなければすぐに笑みをこぼしてしまうことはサラ自身がよく知っていた。もう一度大きく深呼吸する、
気を引き締めてドアを開く。
部屋の中は片面ガラス張りの部屋が広がっていた。
春の心地よい日差しがガラス越しに部屋に降り注いでいる。
その光に照らされて、等間隔で置かれている金で装飾された置物がキラキラと輝いていた。
ガラスを突き抜けた日差しを全身で受け、椅子に座って本を読んでいる少女をサラは見つけた。その少女は先日十歳の誕生日を迎えたばかりだ。
金糸のような髪を額の中央で二つに分けて、その髪を肩より下まで伸ばしている褐色肌の少女。
支配者階級である
「姫様、紅茶をお持ちしました」
サラは本に夢中になってるその少女のそばまで行き、ティーカップを机の上に置いた。
少女はそこでようやくサラの存在に気づいたのか、本から視線を上げた。
少女のスカイブルーの瞳がサラを映す。
幼く可愛らしいその容姿は同性であるサラですら、魅了するものだ。
「あっ、お姉……サラ遅い、待ちくたびれた。あと紅茶だけじゃなくてお菓子も!」
両手を上下に振って追加でお菓子も所望する少女。十歳の少女らしいその仕草にサラは笑みをこぼしそうになるが、今は仕事中であるため堪える。
サラはティーワゴンからケーキを取り出して少女の前に置く。
そのケーキを見た少女の瞳がキラキラと輝く。ケーキは少女の大好物なのだ。
少女はケーキと紅茶を前にして手を合わせて挨拶をしてから、フォークを持ってケーキに突き刺す…………はずなのだが寸前のところで止めた。
「サラは一緒に食べないの?」
「姫様と使用人は一緒に食事は取らないものですよ」
「昨日まで一緒に食べてたよね、お姉ち……サラ」
「姫様が先日十歳になられたのでそろそろ主従関係ははっきりさせなければならないので。昨日御主人様からそうお聞きになられませんでしたか?」
「んー、忘れた!」
サラとの約束である『人前でお姉ちゃんともう呼ばないこと』はしっかり覚えて、守ろうとしているのだが父の言ったことは即忘れた少女であった。妹の適当ぶりにサラは頭を抑える
「と言うか、お姉ちゃんって呼んじゃダメ?」
「昨日約束しましたよね、姫様」
「うぅ……」
少女は俯き悲しい表情をした。
昨日までなら優しく妹を甘やかせて上げれるのだが、今日からのサラはそれができない。少女の金髪が垂れて顔を影で覆う。
サラは少女の金髪をすくい上げ、少女の髪を撫でた。金糸のように細いその髪はサラの真っ白な手からキラキラとこぼれ落ちる。
サラは少女の耳元に口を寄せる。
そして周りに侍る自分以外の使用人に聞こえない小さな声で。
「夜になったらいくらでも甘えさせますから、我慢してくださいねエリシア」
サラがそう呟くと、少女――――エリシアは満面の笑みで顔を上げた。
エリシアはその言葉に満足したのか、ケーキに手をつけ始めた。
黙ってティータイムを楽しむその様子だけ見れば、落ち着いた貴族の娘という印象が持てるだろう。
サラはエリシアのすぐ横に立ち、その姿を見守っていた。
するとふと左手に何かが触れる。
視線を落とすとエリシアが右手を差し出してきていた。何事かとサラがエリシアを見ると、エリシアはチラリとサラを見た。エリシアは『手を繋げ』と暗に訴えていた。
サラは仕方ないなと息を吐いて、従者たちに見えないようにその手を握り返した。
実は従者達からは丸見えであるのだが、彼らは微笑ましい二人の姿を眺めるだけで特に何も言わなかった。
エリシアの褐色の手とサラの白色の手が絡み合う。この国で大きな問題となっている二つの民族。しかしここに限って言えば、民族間の壁などない普通に仲の良い姉妹であった。
■■■
シャルディア共和国。
北をアズガルト連邦、南を
多民族国家の一面を持ち、
そんな政治的理由もあってこの国では建国以来ずっと
特に首都であるシャルディアでは差別意識が強く、政治中枢である貴族街をシャルディアの壁と呼ばれる赤い壁で囲い、その中には一歩たりとも
シャルディアの壁の内側に立ち入ることができる
サラの場合は、三大公爵家であるリーリエ家のメイドとしてその家の一人娘であるエリシア・リーリエのお世話をすることになった。
人質として貴族街に来て8年。サラはエリシアを主人として、そしてかわいい妹として接してきた。エリシアの方もサラの事をメイドというよりは姉として慕ってきた。
エリシアの父母は数少ない反選民主義者であるため、
最初は
そんな姉妹同然で育った2人だが、先日のエリシア十歳の誕生日の時にサラは「このまま主従関係が曖昧な状態ではいけない」と思い、エリシアの父に相談を持ちかけた。エリシアの父も同じ事を思っていたようで、その日からサラはエリシアに対して従者として接することにしたのだ。
ただ、サラもまだ十五歳であるためエリシアに甘くしてしまいお姉ちゃんとしての態度が度々出そうになっているのだが。
■■■
コンコンっとドアをノックする音が寝室に響く。
エリシアは喜びの表情を浮かべ、ピョンっとベッドから降りてたどたどしい足つきでドアへ向かう。
「お姉ちゃん、おかえり!」
「ふふっ、エリシアただいま」
エリシアは大好きな姉に抱きついた。
サラはそれを拒まず、優しく抱き返す。そのままエリシアを持ち上げて抱っこし、エリシアをベッドへと運ぶ。
エリシアを寝かせ付けるのはサラの仕事である。これはエリシアが十歳過ぎたとしても変わることはなかった。そして寝室では他の使用人はいないため、2人きりの世界である。
ここでならエリシアはサラに甘えても問題ではない。
……サラはエリシアに早く独り立ちしてほしいと思っている…………と表面上はしているが、サラもエリシアが可愛くてしょうがないので夜だけは姉妹の関係に戻ることにした。
エリシアをベットに寝かせて、サラもその隣に身体を寝かす。同じ布団をかけてエリシアとサラは添い寝する。これまでと何一つ変わらない。
「お姉ちゃーん」
「ん、何? エリシア」
「好きぃ」
淡い光を漏らすランタンに照らされたエリシア褐色の顔がはにかむ。美しい金髪がキラキラのその顔を彩る。
サラはプイッと顔をそらした。直視してしまうとエリシアに自分の顔が真っ赤になっていることがバレてしまうからだ。
「お姉ちゃん、顔真っ赤ー」
ケラケラとエリシアは笑顔で指摘した。顔を背けても無駄だった。
サラは観念して、エリシアの方へ向き直る。「私も好きだよ」……そう言ってあげたかったが恥ずかしいので口をゴモゴモするだけで終わる。
「もぉ、早く寝るわよ」
恥ずかしさをごまかすためサラはそう口にした。
ランタンの火を消そうとサラは手を伸ばす。
しかしその手はエリシアの手に掴まれた。
エリシアがなぜ邪魔するのかわからず、サラはエリシアに顔を向ける。
「まーだー。まだアレやってない」
「アレ?」
サラはアレと言われてピンときた。
確かに今日はやってなかった。しかしそれを自分の口から言うのは恥ずかしいので「アレ?」とごまかした。サラはエリシアの様子をちらりと見た。
「好きぃ」と言った時は染まっていなかったエリシアの頬が今は赤く染まっていた。
エリシアでもアレは恥ずかしいらしい。
「おやすみのキス」
十歳にしては官能的な声がサラの耳を優しく刺激する。
サラの視線はエリシアの口元へ注がれた。
子供らしいきれいなピンク色をした唇にサラは吸い込ませそうになる。
二人の距離が少しずつ縮まる。唇が触れそうになると自然とお互いに目を閉じる。
「…………」
唇と唇が軽く接するだけのキス。
一瞬だけ触れ合って、離れる。
顔を離して距離を少し取ると、サラとエリシアは目線が合った。また二人は自然と顔を近づけキスをする。軽く触れるだけだが、今度は十秒以上触れ続けた。
エリシアはそれで満足したのか、うとうととし始めた。サラは布団をかけ直し、ランタンを消した。部屋に夜の闇が満ちる。
エリシアとの生活はサラに取って満ち足りたものである。しかし、サラは親元が恋しくないわけではない。七歳で別れ一度もあってない両親。
エリシアとの生活を捨ててまで会いたいかと言われると疑問符がつく。
サラの人質としての時間はあとニ年。
ニ年後にはここから強制的に離される。
エリシアは
サラは願う。
もし叶うのならば、エリシアとずっと一緒にいたいと。
ずっとそばにいてエリシアを愛していたいと。
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