イスレアの夢
そんなモルぺスが湖畔の
イスレアもゆったりとしたソファーに身を沈めながら夢を見ていた。
白く光輝く猛爆の水しぶきの中を飛び回っている若いころの夢で、何度も見た夢である。
目を上げれば、遠く、白濁の霧の上にかすかに険しい山脈の峰々が浮かぶ。
峰々の中腹からは反り立つ岸壁を隠すように流れ出た湧き水が滝となり100数mも落下し、相当の水しぶきをあげ湖面をたたくドーム状に数10キロにも及ぶ水しぶきの爆風、ドウモイの滝だ。
イスレアが見る夢はいつもこの南の島の荒々しいドウモイの滝の夢だ。
黒光りするほどの躍動感にあふれ若々しい身体を持ったイスレア、そばで優しく微笑む長い髪の人魚とドウモイの滝壺で戯れている夢だ。
時には、湖底に潜り頬を寄せ合い静かに語りあう、時には水しぶきの中を肌を寄せあい長い髪に抱かれて激しく踊っているのだ。
この数百年の間に何百回と見た同じ夢だ。あの昇華するような切なさ感、昇華するような幸福感、昇華するような安堵感。
イスレアが、現実の世界においてはもう永遠に味わうことが出来ないだろう切ない陶酔感の夢である。
目覚めたイスレアの瞳からは、切なくて、切なくて頬を濡らし涙が一筋垂れた。
南の島は荒々しさを内に潜めのどかで美しい風景を今日もまた保っている。こののどかで美しい風景はいついつまでも変わらないだろう。
だけど自分だけがどんどん老いてゆく、変わってゆくのである。
あのころは若かった本当に若かったと思う。ドウモイの滝の吹き荒れる水しぶきの爆風はまさに若きイスレアそのものだった。
だが今は、日なが湖面に枝を伸ばす老木をただ眺めている老いた自分がいる。老木に残った1枚の枯れ葉、まさにイスレアそのものだと思う。
間伐の小枝に一枚残った枯れ葉、老いて力尽きヒラ、ヒラと湖面に舞い散りいずこともなく流され消えてゆく。いずれはああなる、誰もが最後には消えてなくなる、ああなるのだとイスレアは思ってしまう。衰えてきた身体に促されてか、自分の心がいつのまにか全てを諦めるための準備を始めていたのである。
永く生き過ぎた、本当に永く生き過ぎたとイスレアは思った。生き続けることの、この苦痛は無考の
この苦しみは余人にはわからないことだろう。永く生き続けたイスレアにしかわからないことだとイスレアは思う。
毎年、毎年、一人一人が微笑みイスレアに別れを告げていくのである・・・無限に続いた葬送の儀式である・・・それが終わった時、今度は無限に続く一人ぽっちの寂しさが・・・泥沼の底を永遠に這いずりまわっているような寂しさが始まったのである。
イスレアの使命は生き続けることだった。ある時がくるまである者が出現するまで、どんなに寂しくても辛くても、身体が朽ち果てようとも生き続けることが使命だったのである。
だが、そんな使命からイスレアは身体が朽ち果てる寸前にやっと解放されようとしていたのである。
「もうみんなのところに行こう!」
「みんなも許してくれるだろう!」
「イスレア、よく頑張ったねと!もう、来てもいいんだよと!」
遠い、遠い昔のみんなの優しい笑顔が浮かぶ・・・みんなは微笑んで褒めてくれるだろう・・・そして、そして優しく優しく抱きしめてくれるだろう。そんな切ない気持ちがこみ上げて来る・・・もうどうしようもなかった、イスレアの瞳からは涙がとどめなく流れ続けるのであった。
年は500歳をとうに過ぎている。目じりには弓のような曲がったしわがよっている、大きな鼻と角ばったあごみすぼらしい真っ白なあご髭、曲がったしわの間に少し覗いた小さい三角の目、瞳だけは慈悲深い光を大きく発していた。
イスレアがここ神の国の最後の住民となってからでも、もはや既に100年が過ぎさろうとしていたのである。本当に、本当に一人ぼっちの永い永い年月が過ぎ去ろうとしていたのである。
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