第40話 絡繰り、ファイ

__ロボと美少女に勝るシナジィなし

 ……ファイ、自撮り中の一言



 こんな感じで、あっという間に二週間ほどが過ぎた。各組のデザイナーの作品を見て漢字をこしらえ、採点し、組内報オルガネットにアップロードする……それだけである。単純なだけにそれなりに張り合いもあって、そしてやはり単純なだけにとても楽な仕事だ。この一週間はほとんどフーフーと一緒にいたので、嫉妬の目に晒されるのにもだいぶ慣れた。本当に慣れた。

「この世界のアイドルっていうのはそれだけのブランドなんだよ」軽い僕の愚痴を聞いてくれていたロジャーという人が、コーヒー片手に鼻から息を漏らす。彼は同じサロンで暮らしているクローンの男で、順番でいうと28番目……つまりは僕よりも20年以上前にこの世界に生まれた建築家のアメリカ人だ。金髪とくっきりとしたケツアゴが特徴のナイスミドルで、シドニーのオペラハウスの複製でものすごい点数を稼いだらしい。

「ミズノも初めてパレードを見たときはびっくりしたろ?」ロジャーは口元を曲げてみせる。

「綺麗すぎましたからね」パレードの屋敷で目覚めた日のことを思い出す。あのときもらったパンフレットを見返す回数も、最近は少なくなった。

「パレードって元気だよな」と、ロジャー。「俺が生まれた頃と全然変わってねえの。で、フー・フーとはどう? 付き合えそう?」

「無茶言わないでくださいよ」

「そうか? 可能性はありそうだと思うが」笑いながら手すりに寄りかかる彼の薬指には指輪が光っている。楽園の文化ではないだろうけど、意味するところは同じだろう。

 頬に一滴、気のせいかもしれない雨を感じる。空は泣き出しそうな暗い色で、空気は少し肌寒い。

 デカダンス組の建築エリア、のべ数キロ四方に及ぶという広大な敷地には、都合9つの建設エリアが飛び地で建設されている。監督率いる青組に3つ、白組に5つ、そして朱組に1つだ。数日前までは小・中規模のビル2・3軒程度の塊がだだっぴろい空間の中に小島のようにポツポツ突き出ていただけだったと思っていたが、いつの間にやら区画ごとにRPGの凝った街くらいのサイズの都市が、見事な雑多さでそれぞれの混沌を競い合っている。

 それを、僕らは高所から眺めている。場所は建築エリアのハズレにある例の設計事務所の屋上で、今は監督指示でデカダンス組の全員がこの施設内に集められているのだが、その監督とフーフー、それにパレードの姿は見えない。

「……この世界ってさあ」ロジャーが呟く。「明らかに俺らの世界を知ってる人間が作ったものだよな」

「え?」

「なんとなく、そんな気がしないか?」

「うーん……」

「例えば、ほら、通貨がないこととか」ロジャーは続ける。「お金ってのは社会が成長すれば自然に発生するものだろ。それが生まれていないってことはつまり、意図して塞いだって意味になる。知らないものを対策ができるはずがない」

「なるほど、確かに」納得して頷く。

「そのくせ食い物周りの採点は俺たちの世界が参考じゃないか」喋りながらマーライオンらしき使い魔を出し、飲み終えたコーヒーのカップに色のついた瓦斯を吹きかけた。色がついてるということは、魔力を使ったということ。料理の採点方法というのは少し特殊で、”うつわ”と指定したものに<製作者>があらかじめ白い瓦斯を吹きかけたのち、<消費者>が魔力を注ぐことで初めて製作者に点数が入る。つまりは食べ切れない量を作っても点数にはならないってことだ。同時に消費者は間接的ながら製作者に対価を払うことになっているため、個人での飲食業は問題なく成立することも意味する。

「何もかもいいとこ取りして作った社会ってことなんだろう」採点された瓦斯がどこかにいる製作者のもとへ飛んでいくのを眺めながら、ロジャーはため息をつく。「楽園とはよく言ったものさ。一体誰がこんな世界を作ったんだか」

「わかってないんですか?」

「楽園の歴史は500年以上前の記録が全く残っていないんだそうだ。架空の園ザ・センターがその頃に稼働し始めただけってことになってはいるが、ぶっちゃけ誰も信じていないわな」

「凄いミステリーですね」500年か。日本でいうと織田信長の時代くらいか。

 ……あれ?

 なんか前にも、似たような連想をした気が……。

 フォンと、思考をさえぎる小さな音。

 大掛かりな魔法が発動したときに特有の微粒子の輝きに、僕は手すりにもたれていた体をすっと起こした。

「おや」ロジャーも顔を上げる。「なにか始まるようだね」

 ここから目測で500mくらい先の空、朱組の中央ビルの周辺に、ゆっくりと8つの大きな光の玉が輪になって浮かび上がっているのが見えた。それぞれの玉の下には風船のような紐が地面に繋がっているが、ここから紐に見えるくらいなのだから実際はかなり太いチューブなのだろう。8つの光はそれぞれが別の色で、手前から左回りに青、ピンク、濃紺、金、銀、紫、赤と青のツートン……そして空のよう青緑の閃光が、ひときわ強くまばゆく光っている。

「あれは……」

「アーティストたちだ」ガシッと、僕の隣に突っ込んできた誰かが柵から身を乗り出した。朱組のパンクボーイ・ホクロだ。「フー・フー、監督、テラー、ファイ、ココル、ファニー・フェイス……それにあっちゃんとパレードだな」

「色でわかるの?」

「色でわかるさ」

 光の玉は恐ろしいほど密度の高い瓦斯の塊なのだろう。天体のように美しい輝きを放ちながらゆっくりと上り詰めた後、不意に中央へと寄り集まり、そしてそれぞれのチューブを伝って滑らかに地面へと吸い込まれていってしまった。

 わずかな静寂。

 5秒ほど間をおいて、ズシンと巨大な音が鳴った。

 初めは鋭く、徐々に鈍く、巨大な金槌が天から金床を叩くような大音響があちらこちらから轟き始める。ベースには喉が震えるほど低い音、金属がコンクリートとぶつかり合うような狂った高音に、ゾウの鳴き声のように不規則で侵略的な何かの駆動音。機械の演奏に合わせるように見える街全てに赤い照明が灯り、淡い光が景色をじんわりとにじませていく。

 地震。

 突如、遠くの街が崩れ始めた……否、立ち上がった。青組のコンクリートジャングルが、ビルを脚に、マンションを尾に、ハリウッド映画さながらの非常識なサイズ感で動き始めたのだ。

「え……何あれ」

「さあ?」と、ホクロ。たまげる僕とは裏腹に、彼はびっくりするほど動じていない。

 ガラガラと町並みが崩れ、瓦礫に覆われたトカゲのようなシルエットが現れる。

 まるでゴジラ。

 カオスの権化たる街の中に強引に骨格フレームを通し、動くことなどまるで考慮されていない建設物を肉として動き出した巨大なメカ。

 それがもたらすのは当然、ただの自壊と崩落である。

 グラグラと、青組が二週間かけて築き上げた都市は崩壊した。

 それが、9つ。

 デカダンス組が築き上げてきた全ての区画で、ガラガラと街を崩して立ち上がっていた。

「……九龍ナイン・ドラゴンズか」僕の隣で、ロジャーは使い魔から椅子を取り出して座り込む。

「え?」

「あんなことしたら人住めないっすね」ホクロが呟く。彼もいつの間にか椅子に座ってカメラらしきものを構えていた。「つまりはやっぱ、そういうことか」

「どういうこと?」僕は聞く。

「監督は、最初から人が住む街なんて作っちゃいなかったってこと」

 僕が話を理解するより先に、ドシンと1つ、恐ろしく単純な地鳴りが響いた。

 続いて2つ、3つ……計8つ。

 ばら撒かれた街の瓦礫が、砂煙の中火の粉のように舞い上がる。

 2歩目が、轟く。

 冗談かと思うほど強く、大地が揺れる。

 3歩目からは数えていない。

 数えるような速さじゃなかったからだ。

 地鳴りと崩壊、大量の砂煙と狂った音響を撒き散らしながら、街のドラゴンたちは中央にある朱組の中央ビル(電車街)にまっすぐに突進した。

 痛烈な爆音。

 力士のようにぶつかりあった街のロボットたちはお互いに噛み合い、バラバラと瓦礫の鱗を剥がし合いながも混ざり合い、一つの大きくて無秩序な全体像へと回帰していく。

 背後で歓声が鳴る。いつの間に人が集まっていたようではあるが、振り返れない。

 剥がれた鱗や巻散らかした残骸は小さな光とともに虚空の中へ消え去って、そしてまた街と街の間隙を埋めるように再び出現し、ビルの形へと再構築されていく。これは多分、白組でベータとチビニャンがやっていた建築手法……使い魔の中にしまわれた資材を出し入れして、街をパズルのように組み上げるあのやり方だ。あそこには監督の使い魔「集積者メトロポリス」がいる。それが崩れ去った瓦礫を一つ一つ飲み込んでゆき、また誰かが街の形へと組み立て直しているのだろう。

 街9つという極大のスケールで繰り広げられたド派手な施工現場の光景。だがそのスピードがあまりにも速く、遠く、そして見物人たちの変に呑気な構えのせいもあって、まるでビデオの早回し映像のように実に呆気なく淡々と片付いてしまった。

 淡々と、気がついたら、9つの都市の混ざりあった呆れるほどの大魔境ができあがってしまっていたのだ。

 本当に大きい。

 とてつもく巨大だ。

 なんだか不思議な気分だった。朝目が覚めたら、自分が全く見知らぬ街にいたような呆気のない違和感。あそこにあった街はどこへ行ったんだろう。いつの間にあんな大きなものができていたんだろう。

 何が起きたのか、全然わからない。

 背後や階下で思い思いに騒ぐデカダンス組の声もどこか遠く感じていた僕の耳に、今度は耳障りなノイズが響く。

 地割れや崩落、機械が鳴らす歯車の音ではない。

 紛れもない、人の声。

 わざとらしいノイズに歪められたファニー・フェイスのラジオの演説が、朗々かつ痛々しい音圧でがなりはじめた。

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