第25話 大きな出来事、変わらない日常

 ――国中の誰もが驚くような出来事は、そう簡単には起こらない。

 

 例えば、今日、私にとってはとても大きな出来事である、イルドガードでの初仕事という出来事は、今、目の前を歩いている民にとっては、何の影響もない出来事だ。

 

 つまり、今日もこの街は平和だということだ。

 

「すいません。ここに行きたいのだけど……」

「ここだったら、この道を真っすぐ行けば着きますよ」


「フェヴィル。ちょうどいい所に来た。ちょっと手伝ってくれないかい?」

「ああ、もちろん。何をすればいいんだい?」


 さっきから、こんな事ばかりをしている。

 平和な日常が良いことに変わりはないのだが……


 その後も何事もなく、パトロールを終え中央支部へと帰ってきた。

 

「戻ったぞ~」「ただいま戻りました」

 フェヴィルと共に支部の中へと入る。

 

「おかえりなさい。今日も異常なしですか?」

 支部の中で作業していたディルシーが聞いてくる。

 

「ああ。異常はなかったよ。メイルにとっては物足りなかったかもな」

 フェヴィルがにやけ顔をこちらに向ける。

 

「そんなことないですよ。異常がない方がいいんですから」

 心のどこかで何か起こることを期待していた自分を押し殺して、平然と答える。

 

「ああ、そうだな」

 フェヴィルが、今度は笑顔でそう言った。

 

「そういやディルシー。武道大会の準備はどうだ?」

「はい。順調ですよ。あとは会場の設営だけですかね」

 フェヴィルの問いかけにディルシーが答える。

 

「そうか。それなら、昼からメイルを連れて様子見がてら手伝ってくるとしよう。メイルもいいな?」

 フェヴィルがこちらを見る。

「もちろんです。行きましょう」


 そのあとは、書類の作り方などを教えてもらい、あっと言う間にお昼の時間になった。


 イルガードに勤務中の食事は、基本的に支部の中で食べることになっているらしい。

 これは、食事の時間でも有事に対応できるようにという単純な理由である。

 ただし、支部に1人残ればいいので、交代に外食をする事も可能だ。


 支部の中には、小さいながらキッチンがあり、食事を作ることも可能だ。

 今日のようにフェヴィルが居る日は、フェヴィルが食事を作ってくれる。

 

「僕は料理ができないので、今日はフェヴィルさんと同じだからラッキーです」

 ディルシーが嬉しそうな顔で話す。

「まあ、俺の本業は美味い飯を作る事だからな。朝飯前さ」

 キッチンでフライパンを振りながらフェヴィルが言う。

 

 毎日フェヴィルのご飯を食べているが、相変わらずフェヴィルのご飯は美味しかった。


「昼から武道大会の会場に行くみたいですが、会場はどこに?」

 食事の片付けをしている間に、フェヴィルに疑問に思っていたことを尋ねた。


「そういやメイルは行ったことなかったな。会場は東支部の所にあるんだ。武道大会の会場は、毎年支部が持ち回りで担当するんだよ。ある程度の広さがあれば外でも中でも構わない事になっていて、今年担当の東支部は、うちの中央支部と仲が良いから、うちからも手伝いに行ってるんだよ。」

「なるほど。そうなんですね」


 フェヴィルが書類の仕事を終えるのを待ち、武道大会の会場に行くことになった。

 「よし。じゃあ行くか」


「はい!」


「ディルシー、後は頼んだぞ」

 フェヴィルが奥で書類の整理をしていたディルシーに告げる。

「はい!いってらっしゃい!」


 支部を出て、東支部にある会場までは15分くらいで着いた。

 会場では、試合を行うフィールドの土台を組み終え、観客席を作っていた。

 

「中々しっかりと作っているんですね」

 王宮に居る時から武道大会の存在は聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。

「そういやメイルはリッシュから来たから見るのは初めてだったな。中々の出来だろう?」

 そうフェヴィルが話していると、向かい合ったフェヴィルの背後から誰かが笑顔で向かってきた。


「フェヴィル。来てくれたんだね!」

 背後から呼ばれたフェヴィルが振り返る。

「おお!スパーラ!手伝いに来たぜ」

 

 声を掛けてきたのは、東支部スパーラ班、班長のスパーラだった。

 

「ありがとう。メイル君も来てくれたんだね」

「スパーラさんこんにちは。手伝いにきました」

 スパーラから差し出された手を握り返し握手をした。


「それで、どこを手伝えばいい?」

 フェヴィルがスパーラに尋ねる。

「観客席の作業が少し遅れていてね。そちらの作業を頼むよ」

「わかった。メイル、いくぞ」

「はい!」


 観客席といっても、ひな壇上に土台を組み、その上に板を乗せた簡易的な観客席なので、手伝いは終始資材運びだった。

 

「今日はここまでにしようか!」

 日も暮れ始めた頃に、スパーラがそう叫ぶと、疲れ切った班員達は一斉に座り込む。

 

「メイル。俺達も帰ろうか」

 他の場所で作業していたフェヴィルが呼びに来てくれる。

「フェヴィル、メイル君。今日はありがとう。この後うちの支部に戻ってご飯を食べるんだが一緒にどうかな?」

 スパーラが労いの言葉と食事のお誘いをしてくれた。

 

「有難い話なんだが、支部にディルシーを待たせてるんだ。今日はここで失礼するよ」

「そうか。また今度お礼も兼ねてご馳走するよ。今日は本当にありがとう」

「困ったときはお互い様さ。また何かあったら言ってくれ」

 フェヴィルが二カっと笑う。

「ああ。そっちも何かあったら遠慮なく言ってくれ」

 フェヴィルがスパーラの肩をポンポンと叩いて歩き始める。

 私もそれに付いていくように歩き始める。

 

 支部に戻り、今日一日の日誌を書き支部を閉める。本部への日誌提出はディルシーが行ってくれるということなので、私たちは帰路へとついた。

 

 料理屋へ着くと、クレアが店を開いていた。

「おかえり。お疲れ様」

 クレアが迎えてくれる。

「ただいま。すぐに準備するよ」「ただいま戻りました」

 フェヴィルは奥に行き、厨房に入る準備を始めた。

 

 私も2階の自室へ上がり、仕事着に着替え料理屋を手伝う。

 

 その日の営業も大繁盛で大忙しだった。

 

 ――国中の誰もが驚くような出来事は、そう簡単には起こらない。

 ただ、この忙しくも充実した日常も悪くないと思う。

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新米国王、街に住む 彩森いろは @I-iroha

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