第1章 イルガード入団編
第1話 20歳、街に出る
街の小さな料理屋の2階の一室。私の一日はそこで始まる。
20歳になって街に出たとき、偶然この料理屋の夫婦と仲良くなり住み込みで働かせてもらっている。
この店で働き始めて以来、店主の妻であるクレアと共に朝市の買い出しに行き荷物持ちをすることが日課になっている。今は22歳なので、この店とも、もう2年の付き合いになる。
朝の大通りは人の往来で活気が溢れている。
料理屋から歩いて10分ほどで朝市に到着した。
私が次期国王であると知っている者は、王宮の中の限られた人だけだ。
つまり、この国の民は、まだ私が次期国王だと知らない――。
街の中心で開かれる朝市の人混みの中でふと考える。
私が次期国王だと民に知られていたら、今頃、私の護衛を担う警備兵はきっと大忙しだろう。
そう思うと少し笑えてきた……。
この朝市は、私が20歳になって初めて街に出た日にもやってきた場所だ。
あの日のことは今でも鮮明に思い出すことができる――。
ここからは、私が20歳になり初めて街に出て、22歳になるまでの話だ。
私は、王子として生まれたときから20歳になるまで王宮の中で過ごした。
父、国王イルドは、そんな私を、一度も公の場に出すことはなかった。
式典や近隣諸国への外遊にも同行せず、イルドは、常に私に「立派な国王になるために、政治などの勉学や剣技の修練に励め」と言っていた。
イルドから政治を学ぶのも、軍の大将から直々に剣を習うのも本当に楽しかった。
王宮の外に出たいとイルドに願い出たときもあったが、イルドは、その願いだけは頑なに許すことはなかった。
このまま、王宮の中での暮らしがずっと続くのではないかと思い始めた頃、私は20歳の誕生日を迎えた。
その日、私の日常が大きく変わる――。
誕生日の祝いの儀式が終わり、私はイルドの部屋に呼ばれた。
イルドの部屋に入り、言われるままに、イルドと机を挟みソファーに腰掛けると、
「メイル、街で暮らしなさい」
唐突にそう告げられた。
「それは、どういうことですか?」
あっけにとられて、聞き返すのが精一杯だった。
「お前ももう20歳だ。国王になる前に街の様子を見ておくことも必要だと思ってな。国王になるまで街で暮らしなさい」
今度は、しっかりと理由を教えてくれた。
「しかし、私が街に出ても大丈夫なのでしょうか?」
イルドが街に出るときも、大勢の護衛を行う警備兵を伴う。王子である私も同じ事になるだろう。
「それは大丈夫だ。街の者は誰もお前が王子であることを知らんからな」
イルドがずっと、私を公の場に出さなかった理由を、私はこの時初めて理解した――。
いつか私を街に出すために、私の存在を民に知らせなかったのである。
「メイル。お前がいつか、このハルシュの国王になり、民の幸せを思うなら民の言葉に耳を傾ける事が大事だ。そのためには民の暮らしを知らねばならん。そのために街で暮らせるな?」
「はい。もちろんです」
私は短く返事をした。
「ならいい。街で暮らすための準備ができ次第、行きなさい」
「わかりました。明日にでも出るようにします」
その日の夜は準備に慌ただしかった。大抵の必要なものは用意してくれていたが、仕事や住む家は王宮が手配する事が出来ないので自分で探すようにと告げられた。
一通り準備を終え、ベットに寝転がる。
明日のためにもしっかりと眠らなければならないが、その夜は、明日からの暮らしの不安と、何よりもドキドキで眠れなかったことは言うまでもないだろう。
ベッドの上でいつの間にか迎えた次の日の朝は、雲一つない最高の天気だった。
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