異世界米騒動

ポムサイ

異世界米騒動

 大陸の西の果て大国「マルダナ」。戦乱の時代、大陸の3分の1を手中に納めたが内乱と東の小国の連合軍により押し戻され終戦時には最盛期の半分の国土となった。とは言え、依然大国には変わりなく、軍事、経済共に世界の中心と言っても過言ではない。

 戦乱の時代が終わり、世界は経済によって動いている。流通も発達し、東国の果てや大海の島国の産物もマルダナの市場に見られるようになった。

 そして、マルダナに一大ブームを巻き起こす食材が現れた。「コメ」である。正確にいえば、マルダナにも古来よりコメはあった。しかし、このブームのコメは従来あった物より丸く、粘りがあり、甘味も強かった。

 当初、その粘りが受け入れられず、不人気であったが、生産国「ヒノモト」から正しい調理法が伝わると、一気にその美味さは、市井に拡がった。それを聞き付け貴族や王族の美食家の口に入ることとなり、時の国王バンクーゾ2世も虜となった。国王は「コメ」を最も美味く食べるため「オカズ」もしくは食べ方を募り、優れた物を献上した者には爵位や報償金を取らすと触れを出した。今宵もこの国の何処かで究極の「オカズ」研究が繰り広げられる。


 首都マルダナイムの大通りから少し外れた路地にその店はあった。食堂「青猫亭」。2年前に妻を亡くした店主と従業員の女性1人で切り盛りしている小さな食堂だ。昼食時は近くの商店や工場に勤める人々で賑わうが夜となるとどうしても酒場に客が流れてしまう。今日も店にはカウンターに常連の男1人、4人掛けのテーブルにフードを深く被った2人連れと客は少ない。

「オヤジ。ここじゃコメ料理は出さないのかい?」

カウンターの男が猪肉のソテーを口に頬張りながら店主に声をかける。

「う~ん…。考えてはいるんだが、世間はあの御触れのせいで猫も杓子もコメだオカズだ大騒ぎだろ?出遅れた感もあってな。一流の料理人達が躍起になって考えてるところに俺ごときが参戦するなんてライオンに素っ裸で挑むようなもんさ。」

自嘲気味に笑うと出来上がった料理を皿によそる。

「シャン!!海老と牡蠣のフリット上がったよ。」

「は~い。」

シャンと呼ばれた10代後半と思われる少女は皿を取るとテーブル席に向かった。

「海老と牡蠣のフリットでございます。卓上の塩で召し上がって下さい。今、パンもお持ちしますね。」

「いや、パンは結構。その代わり小皿を2枚いただけますかな?」

2人連れの男はそう言うと鞄から植物の皮と思われる包みと小瓶を取り出した。シャンは怪訝に思いながらも「はい」と返事をして小皿を用意した。「ありがとう」と礼を言うと深く被ったフードを取る。2人は男女で共に綺麗な長い黒髪だった。男は後頭部で髪を纏め、女は腰まであろうかという真っ直ぐな髪だ。一目で異国の人種であること分かる。

「綺麗な髪…。」

シャンが思わず口にすると女はにっこりと微笑んで軽く頭を下げた。

「無礼であるかもしれぬが、持ち込んだモノもこちらで食べてもよろしいかな?ダメであれば仕方ないが…。」

男はシャンの肩越しに店主に向かって言った。

「構いませんよ。ご覧の通り暇ですからね。料理頼んでくれりゃ大歓迎です。」

店主がそう言うと「カタジケナイ」と聞いたことのない言葉を男は発した。

 小瓶には黒い液体が入っており小皿に注ぐと赤みを帯びた。フリットにそれを付けて口に運んだ。揚げたてのフリットに付けた液体が気化し、香ばしい薫りが店内に漂う。次に包みを解くと白い角のない三角形の塊が姿を現した。2人は口にフリットがまだ残っている状態でそれを頬張った。

「お二方、それは一体何ですかい?」 

芳醇な薫りが漂う中、常連の男が興味津々に聞く。シャンも釘付けになり唾を飲み込んでいる。

「これは拙者の国の『ショウユ』というもの。そしてこれは『オニギリ』でござる。」

「それって『コメ』ですよね?お客さん達ってもしかしてヒノモト人なんですか?」

シャンが興奮気味に聞いた。

「左様。拙者ヒノモトの武士、四宮忠勝(しのみやただかつ)と申す。修業の旅をこの蛍(ほたる)としておる。コヤツもなかなかの腕前であるぞ。」

蛍と紹介された女性はぺこりと頭を下げた。

「こりゃ良い機会じゃないか。オヤジ、ヒノモト人なんて国の使節団以外じゃマルダナにはいないぜ。コメに合うオカズとやらを聞いてみたら良いじゃないか。」

「店長聞いてみましょうよ。」

常連の男とシャンが店主に目をキラキラさせながら詰め寄る。

「聞きたいのは山々だが、お客さんに迷惑だろう?」

店主がそう言うと男とシャンは2人のヒノモト人を見つめる。見つめる。更に見つめる。四宮と名乗った男は一つ咳払いをした。

「拙者は別に美食家というわけではござらんが、祖国での食べ方なら世間話として話すくらいなら出来よう。わがままを聞いてもらった礼でござる。ただ、折角の温かな料理を冷ましてしまうのは忍びない…。食事を済ませてからで良いだろうか?」

シャンは「わあ」と声を上げて喜んだ。

 

 食事の済んだ2人に店主からサービスのワインとジャガイモと挽き肉の炒めが出されていた。

「では、何から話そうか…。」

四宮は呟く。

「こちらのオコメはあまり美味しくありませぬ。」

初めて聞く蛍の声は鈴の鳴るような軽く可愛らしい声だった。

「そうであるな。コメをここまで運ぶのに保存がなってないのであろう。マルダナではコメが流行っていると聞き、久し振りに食したが正直がっかりした。そこで自分たちで炊いて無礼を承知で持ち込ませてもらったのだ。」

「良くないコメでもあなた方が炊けば美味しくなるんですかい?」

店主がもっともな質問をする。シャンもコクコクと頷いた。

「左様…と言いたいところだが、それは蛍の方が詳しい。」

そう言うと蛍に話すように促した。

「はい。こちらのオコメを出す店にどのように炊いているか聞いてみました。オコメを洗い、30分水につけ、水を切り、炊くそうです。間違ってはいませんが、それではダメなのです。」

店主はしきりにメモをとっている。店主より先にシャンが聞いた。

「何がダメなんですか?マルダナに出回っているコメの炊き方ではそうなってますし、美味しいと思うんですけど…。」

「今は冬です。春から秋にかけては30分で良いかもしれませんがこの寒い時期には2時間程かけた方が良いのです。」

「ほ~」と一同が感嘆する。

「更に保存の悪い味の落ちたオコメには一工夫してあげると良いのです。ヒノモトでは、酒や味醂といったものを炊く時に少し入れると良いのですが、マルダナでは手に入らないと思いますので、私はこれを入れてみました…大成功です。」

そう言うと蛍は鮮やかな布で出来た袋からビンを取り出した。

「!!蜂蜜!?」

「はい。ほんの少しだけですよ。オコメに艶が出てふっくらと炊き上がるんです。」

にっこりと笑った蛍の美しさに店主と常連は惚けている。その魔力が通じないシャンが話を進める。

「なるほど~…炊き方は解りました。…で四宮さんと蛍さんが思う最高のオカズって何ですか?」

そう聞かれて2人はしばらく考えた後、四宮が、答えた。

「ヒノモトでは食事の事を『ゴハン』と言う。そしてコメを炊いた物もまた『ゴハン』と言うのだ。つまり、コメこそが我国では食事でありそれに合う物は山程あろう。ただ、拙者の好みのみを言えば『シオジャケ』であろうな…。」

続いて蛍が答える。

「私は『ヌカヅケ』か『ノリノツクダニ』があれば何もいりませぬ。」

「それはどんなもんなんですかね?」

蛍の魔力から醒めた店主がそう聞きながら2人にワインを注いだ。

「マルダナで、似たものが手に入り易いのは『シオジャケ』であろうな…。これはシャケというマルダナで云うところのサーモンに似た魚を強めの塩を振って炭火や直火で焼いた物だ。こちらではサーモンを厚さ3㎝程で焼くが、シオジャケは1㎝程が一番美味いと思う。ヌカヅケは…難しかろう。癖もあってヒノモト人でも苦手な者もいるからの。ノリノツクダニは『ノリ』という海藻をショウユや砂糖等で煮た物だ。まぁ、基本的には味の濃いものがコメには合うとされているな。」

四宮はワインを一口飲んだ。

「ほ~。シオジャケか…それなら家でも出来そうだな…。」

店主は頷きながらメモを取る。

「確かにマルダナでの食べ方とは違うが、サーモンの塩焼きってのは普通過ぎないか?」

常連の男が横槍を入れる。

「うむ。俺達庶民には良いかもしれないが、国王陛下に献上するには確かに普通かもしれねぇな~。」

「ちょっと二人とも教えてもらってその言い方は失礼ですよ!!」

シャンは「すみません。」と謝った。

「いやいや、お気になさるな。オカズでなく食べ方でも良いのであろう?…蛍、あれを皆様に食べて頂いてはどうだろうか?」

四宮は蛍に伺いを立てる。蛍はコクリと頷き「調理場を少し貸していただけますか?」

と言った。

「どうぞどうぞ。何を作ってくださるんです?」

「簡単なものですが、出来上がるまで秘密です。」

蛍はそう言うと調理場から店主を追い出した。


 調理場はカウンター越しだが手元が見えない。覗こうとする店主と常連の男をシャンが何度も引き戻している。四宮はその姿を愉しげに眺めていた。

 しばらくすると店内に香ばしい薫りが漂ってきた。

「良い匂い…この匂いはさっきの黒い液体…『ショウユ』でしたっけ?あの匂いですよね?」

カウンター越しにシャンが蛍に話し掛ける。

「そうですよ。もう少しで出来上がりますからお皿を用意していただけますか?」

シャンはハイと元気よく返事をして皿を用意する。その時、店主が突然立ち上がり店の外に出た。数秒後には帰って来たかと思うと入口に鍵をかけてしまった。

「オヤジ何やってんだよ。俺達閉じ込めてどうするつもりだ?」

一同が店主を見る。

「今日はもう店じまいだ。この香りに誘われて客に来られちゃ俺が食えねぇだろ?」

「確かにこの香りは反則ですね~。食べたことないものの匂いなのにさっきからヨダレが止まりません…。」

シャンは目を閉じてしきりに口元を拭っている。

「出来ました。」

蛍は皿を皆の前に出した。

「これは…さっきあなた方が食べてたコメの塊…『オニギリ』でしたっけ?それに『ショウユ』をつけただけですか?」

店主はあまりにも地味なその料理の姿に少しガッカリしているように見えた。

「まぁ食べてみてくださ…」

「いただきま~す!!」

四宮がすすめる言葉の途中でシャンがそれにかぶりついた。

「んまーー!!!!

 外はパリッとショウユの焦げた香りと少し強めの塩味…中はふっくらとしたコメがホロホロとほどける。噛めばコメの甘味が広がる!!更に噛んで外側と中が混ざり合った時の一体感たるや!!私、これ50個いけます!!」

その様子をみた店主と常連の男も我先にかぶりついた。

「こりゃ、そんな単純なもんじゃないぞ…。この料理は何て言うんですかい?」

口に頬張ったまま四宮に問いかける。

「これは『ヤキオニギリ』でござる。至って単純…先程言われた通り、『オニギリ』に『ショウユ』を塗って焼いただけでござる。ただ…やはりちょっとしたコツがある……らしいのだ。蛍…頼む。」

四宮はどうやら知らないらしいく蛍に話を振った。

「はい。先ずは『オニギリ』ですが炊きたてを握らなければいけません。熱いですがそこは我慢です。強く握り過ぎては粒が潰れてしまいますし、弱ければ崩れてしまうので加減が少々難しいかもしれません。そして焼きですが、握ってすぐ焼いてはいけません。網にくっついてしまいますからね。冷まして少し表面が乾いた頃が最適です。弱めの炭火か直火でじっくりと焼きます。表面が乾いたところで『ショウユ』を塗り、再び焼きます。『ショウユ』が乾いたらもう一度塗り、再度焼きます。好みの焦げがついたら完成です。」

一同は既に完食していた。

「オヤジ、これいけるんじゃないのか?こんなコメ料理聞いたことないぞ。」

「うむ…。確かにこれは美味い…。ただ『ショウユ』が手に入るかどうか…。」

腕組みをする店主にシャンが思い付いたように言った。

「家のお客さんに商会の人達がいるじゃないですか?聞いてみましょうよ。」

「その手があったな。だが…国王陛下に献上するのはウチじゃない。四宮さんと蛍さんだ。…で、ものは相談なんですが…この料理教えて頂けないでしょうか?ウチでも出してみたいんですが…。」

もちろんと2人は快諾した。



 『ヤキオニギリ』は空前のブームとなり青猫亭は大いに繁盛した。他店も真似をしたが、青猫亭の味には到底及ばず、追従を許さなかった。

 一方、四宮と蛍は店主の薦めにより『ヤキオニギリ』を国王に献上した。国王は絶賛し、2人に爵位を与え召し抱えた。その後、武芸、兵法において国内敵なしの武人として異国人として異例の大将軍にまで登り詰めた。10年後、マルダナの後ろ楯を持った四宮は祖国ヒノモトで2人の領地を攻め滅ぼした当事の政権を討ち果たし四宮はヒノモトの王となった。

 東国ヒノモトの政権が滅びたきっかけが『ヤキオニギリ』であった事を知る者はそう多くない。




 

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