第3話

第2章 


  〔幼い約束〕



2人が学校の校門をくぐると、凄まじい視線が2人に注がれた。

そのほとんどが男子生徒の視線だ。


2人というより、友生1人にと、言った方がいいだろう。


実は、憂稀は校内でも5本の指に入る人気者で、憂稀に憧れる男子は数多くいた。


憂稀は頭も良くスポーツ万能で明るい、

しかも正義感が強く、誰にでも分け隔てなく優しい。

その憂稀と幼なじみで、毎日一緒に登校してくる友生に、嫉妬の視線が集まってもなんら不思議はなかった。


しかし、友生に集まる鋭い視線の理由は、それだけではなかった。



「友生君、おはよう。」


後ろから声をかけて来たのは、同じクラスの「水川清美」だった。


彼女は学年1、2を争う秀才。黒く長い髪が印象的だ。

上品で、背も高く、家柄も良い。


しかもこれまた校内5本の指に入る美人。

今は、生徒会の副委員長だが、時期委員長にほぼ決定している人物である。


1年から友生と同じクラスで、体の弱い友生を何かと心配してくれていた。



「おはよう、水川さん。久しぶり。

また少し背が伸びたんじゃない?」


友生が冗談ぽく言うと、


「もう、気にしてるんだから、身長の事は言わないで。」


友生よりも背が高い事を気にしてるようだ。


「友生君こそ、相変わらず色白ね、ちゃんとご飯食べてる?」


清美が、友生に顔を近づけると、憂稀が友生の腕を引っ張り、清美から離した。


「大丈夫だよ。夏休みの間は、私が友生のお世話してたから!」


少し強い口調で、憂稀が割って入った。


「あら、憂稀さん、おはよう。

私、そっちの方が心配だな。

友生君の力が弱い事をいいことに、変な事してないでしょうね。」


「へ、変な事って何よ!?」


「ん~、例えば寝てる友生君の上に乗ったり?」


憂稀はギクッとしたが、冷静さを装い


「し、してないわよ、そんな事。するわけ無いじゃない!」


「本当?~」


お互いの視線が激しくぶつかり、火花が散った。



おいおい2人共、さっきした自己紹介の時間を返せ…


この2人、よく一緒にいるのだが、相性は良くないようだ。



友生は、呆れたように、大きくため息をついた。


「まあまあ、2人共、新学期そうそうケンカしないで。」


「まあ、友生君がそう言うなら…」


清美は憂稀から視線を外した。


「わ、わかったわよ。仲良くすればいいんでしょ。」


憂稀は清美に向かって、笑顔を見せたが、少し引き攣っているように見えた。


「やれやれ…ん?」


友生が目線を下に落とすと、清美の後ろに隠れていた「花咲 香」と目が合った。


香は清美と同じ中学出身で、いつも清美の後ろにひっついていた。


成績はそれほど良くないが、清美と対象的な低い身長、幼い顔立ち。


ボーイッシュなショートヘア、控え目で大人しい性格で隠れファンも結構いる。人気度で言えば、もちろん5本の指に入る。


引っ込み思案な所があり、特に男子に対しては警戒心が強かった。

清美をお姉さんみたいに慕っており、そんな香を清美も放って置けなく、いつも一緒にいるのだ。


ただ唯一、友生だけには心を開いており、少なからずも好意を持っていた。


「おはよう、花咲さん。夏休み楽しかった?」


「う、うん。水川さんが、いろんな所に連れていってくれたり、宿題を見てくれたりしたから楽しかった。」


香は顔を赤くしながらも、笑顔で答えた。


「と、友生君は?」


香が聞き返してきた。


「ん~、僕は……」


友生が少し上を向き、考えようとしていると、


バシッ!


友生の背中が叩かれると同時に


「おまえら!元気か?!」


颯爽と1人の女子が現れた。


「痛いなぁ、緑姉。」

「緑姉、おはよう。」



「あっはっは、悪い悪い。つい力が入っちゃった。」


豪快に笑う彼女は「木々野 緑」


1つ上の先輩だ。

憂稀と友生の中学の先輩でもあり、現生徒会長。


家も近所ということもあり、小さい頃からよく遊んでもらっていた。


サバサバした性格で、男子とも平気で下ネタを話す。

男子からの人気も高いが、それ以上に女子からの人気は絶大である。


憂稀はもちろん、清美も緑には憧れていた。


「それじゃ、先行くね!清美!放課後、生徒会室に集合な!」


「はい!わかりました。」

敬礼のポーズで答える清美。


緑は、無造作に束ねた髪を揺らしながら、ダッシュで消えて行った。


「カッコイイよね~、木々野先輩…」


「ホント、憧れるなぁ…」


憂稀と清美はお互いの手を取り合って、緑を見つめていた。


この二人、仲がいいのか、悪いのか…



しかし、これだけのメンバーが揃い、その真ん中には、いつも友生がいるとなると、

男子からの視線がキツイのもわかる気がする。



それでも友生には、男子の友達が、いないわけではない。



「よ~、相変わらずハーレム状態だな、友生。」


声をかけてきたのは、友生の親友「風見 翔」


つねに清美と学年トップを争ってる秀才で、スポーツ万能、イケメンのくせに、気取らず女子からの憧れNo.1である。


友生とは、入学式の時、校門で具合が悪くなった友生を保健室に連れて行き、

それをきっかけに、よく遊ぶようになり、親友と呼べるまでの関係になった。



「何、言ってる。翔に言われたくないよ。」


友生は翔の後に続いている、女子の団体を見ながら呆れ顔で言った。



「風見君、今度の中間試験は絶対負けないからね!」


清美は翔を指差しながら、言い放った。


「ああ、いいぜ。返り討ちにしてやる。

なぁ、友生。」


翔は友生の肩を抱きながら、頭をクシャクシャっとした。


「ちょ、ちょっと~、僕まで巻き込まないでよ…」


翔と友生は、ホント仲が良い。

そんな2人を校舎の陰から、ノート片手にずっと見てる人物がいた。


彼女の名前は「草村 育枝」

分厚いレンズの眼鏡に長い三つ編みのお下げ髪。


パッと見、女子のまえに「腐」の文字が付きそうな感じだが、まさにその通り。


彼女は入学当初から、2人に目をつけ、いつも遠くから(同人誌制作の為)、観察(取材)いや、見守って(取材)いたのだ。



「ほ、ほら、早く行かないと、始業式始まっちゃうよ。」


友生がそう言うと、


「ああ、そうだな。そろそろ行くか。」


みんなが校舎に向かって、歩いていると、友生は憂稀の様子が、いつもと違う事に気が付いた。


そういえば、翔が来てからは、一言も喋ってない。

それどころか、少し赤くなり、うつむき加減だ。


そんな憂稀に、翔も気付いたのか


憂稀の近くに寄り、


「おはよう、憂稀ちゃん。」


「お、おはよう、翔君」


「憂稀ちゃん、この間は変なこと言ってゴメン。気にしないで。」


「私の方こそゴメンなさい。翔君の気持ちに答えてあげられなくて…」


「いいって、いいって。心に決めた人がいるんじゃ仕方ないよ。」


翔は、チラッと友生の方を見た。


「でもね、まだ諦めた訳じゃないよ。」


翔は軽くウインクをした。


「翔君…」


憂稀は困り顔だ。


「俺、先に行くわ!」


そう言い残すと、翔は走りながら、校舎の中に入って行った。



友生は、憂稀の様子がおかしいのが気になり、憂稀に尋ねてみた。


「どうした?憂稀。翔と何かあった?」


「う、うん…、実はね…、夏休みに入ってすぐの頃、翔君に告白されたの。付き合ってくれって…」


「え~~!?」


友生の声に、清美達が一斉に振り向いた。


「え~っへん!えへん!」


友生は慌てて咳をするフリでごまかした。


「大丈夫?友生君?」


「う、うん。大丈夫。ちょっと咳き込んじゃって…」


清美達が前を向くのを確認すると


「ホントに?」


「うん…、でもね、私、好きな人がいるからって断ったの。」



「え?憂稀って好きな人いるんだ…」

友生は心の中でそう思った。


「でも、もったいないなぁ、翔みたいにカッコ良くて、頭が良くて、性格もいい奴なんて、他にいないよ。」


「そ、それはそうだけど、仕方ないでしょ。もう心に決めた人がいるんだから。」


憂稀は友生の目を、真っ直ぐに見つめながら言った。


そして、憂稀は幼稚園の頃の事を思い出していた。



いつものように幼稚園で友生がイジメられていた。


「こいつ、ホントに男か?ヒョロヒョロでモヤシみたいじゃん。

チンチン付いてるか、見てやろうぜ。」


「止めてよ、止めてよ~。」


「こらっ~!友君をイジメるな~~!!」


「ヤベッ、カミナリだ!カミナリが来た。逃げろ~!」



憂稀は幼稚園で1番強かった。男の子だろうが、年長さんだろうが、

まるで本物のカミナリのように、蹴散らした。



「ほら、友君、もう泣かないで。大丈夫だから。」


「えっ…えっ、え…」


「ほら、そうやって泣いてるから、イジメられるんだよ。」


「だって僕…、憂ちゃんみたいに強くないし…」


「じゃあさ、私が友君のお嫁さんになってあげる。

結婚しちゃえば、ずっと一緒にいるから、ずっと、ずっと守ってあげられるよ」


「ホントに?」


「うん、ホント、ホント。」


「じゃあ、僕、憂ちゃんをお嫁さんにする。」


「それじゃ、約束の指切り。」



そのことを思い出していた憂稀は、右手の小指を見つめながら、手の平をギュッと握りしめた。



憂稀は友生が自分に、特別な感情がないのはわかっていた。


友生も、その約束の事は、すっかり忘れていた。


しかし、憂稀はそれでもよかった。

「ずっと一緒にいる」その事だけは、今でも続いていたから。



「ば~か」


憂稀は一言だけ友生に向かって言うと、ニコリと笑い、


「ほら、友生、早く行こ。」


友生の手をつかみ、走り出した。


それを合図に、他のみんなも一斉に走り始めた。



そして、これから怒涛の2学期が始まろうとしていた…





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