第2話
第1章
「ユウキとトモキ」
あれから17年、2人は高校生になっていた。
夏休みも終わり、今日から2学期の朝。
「ドスン!」
体の上に重みを感じたが、彼はその心地良さに目が覚めないでいた。
すると耳元で
「…モキ…トモキ…友生、朝だよ、起・き・て…」
「ん…」
優しい声に、友生はうっすらと目を開けた。
友生の目に映ったのは、優しそうで綺麗な大人の女性。
初めて見る顔だ、それでいてなぜか懐かしい。
「ん…母さん…?」
すると、友生の上に乗っていた、その女性が
「え?!何寝ぼけてんの友生、私だよ私、憂稀だよ。」
「え…?」
よく目を開けて見ると、見慣れた顔が、鼻先が触れるぐらい、すぐ目の前にあった。
「わっ!憂稀!近い!近いって!!」
真っ赤になって、憂稀の体を押し返そうとするが、憂稀の体はびくともしない。
「はぁ~、相変わらず友生は力がないなぁ。」
憂稀がため息まじりに言った。
友生は生れつき体が弱かった。
出産の時の事が原因なのかどうかもわからないと、医者には言われていた。
色白で体の線が細かった友生は、小さい頃よくイジメられていた。
それをよく助けていたのが、憂稀だった。
憂稀は友生の上に乗ったまま
「ホラホラ、友生、早く起きないと、こうしちゃうぞ!」
憂稀は馬に乗ってるかのように、腰を前後に動かし始めた。
「わっ!バ、バカ止めろ!何考えてんだ!」
友生は体を左右に振り憂稀を落とそうとするが、これまたびくともしない。
「ホラホラホラ…」
憂稀は腰を動かし続けていた。
そのうち制服のスカートがずれ上がり、下着があらわになった。
「ちょ、ちょっと待て憂稀!下着!下着が見えてるって!」
友生は真っ赤な顔を両手で隠しながら、憂稀に言った。
憂稀は動きを止め、自分の下着を見ながら、
「別にいいよ、友生なら見られても。
それに今更、下着ぐらいで騒がなくても、よくお風呂に一緒に入って、私の体、全部見たじゃない。」
「あ、あれは幼稚園の頃の事じゃないか。
い、今みたいに、そんなに大きくなかった…し…」
友生は憂稀の胸に目をやり、ハッと我に帰った。
「と、とにかく重いから、早くどいてくれよ。」
「お、重いですって~!私、そんなに重くないもん。
そ、そりゃあ確か最近は食べ過ぎたかもしれないけど…」
落ち込む憂稀を見て友生は
「大丈夫、大丈夫、憂稀は重いけど、太ってないよ。」
意味不明なフォローをする。
「とにかく、起きるから、そろそろどいてくれないかな?」
友生の優しい笑顔に、憂稀の顔が少し赤くなり
「わかったわよ。早く起きなさい。」
憂稀がベッドから降りると、友生も立ち上がり、「ファ~」と、あくびをし、大きく背伸びをした。
それを見た憂稀は
「友生って、ホントに細いよね。体重だって、ほとんど私と変わらないし…」
すると友生が
「へ~、憂稀って体重○○キロなんだ。」
「え?!なんで友生が私の体重知ってるの?」
「いやいや、さっき自分で言ったでしょ、僕と同じ体重だって。」
憂稀は真っ赤になって、
「い、い、いいもん、絶対友生より軽くなってやるんだから!」
もはや半ベソだった。
ちょうどそこへ、友生の母親が来た。
「ホラホラ、2人とも夫婦漫才はそれくらいにして、早く起きないと遅刻しちゃうわよ。」
「か、母さん!何言ってんだよ。」
「うわ~ん、おばさ~ん。友生が意地悪する~。」
憂稀は友生の母親に抱き着いた。
「こら、友生!憂ちゃん泣かせたらダメでしょ。」
「違うよ、母さん、憂稀が勝手に自分の体重を言って、泣いてんだよ。」
「だって、友生が私の事、重いって言うんだもん。」
「友生~、女の子に「重たい」「太い」は禁句なんだから、言っちゃダメでしょ。
大丈夫よ、憂ちゃん、憂ちゃんは細くて可愛くて、うちの娘にしたいぐらいなんだから。」
「ホント?おばさん。」
憂稀の表情が一気に明るくなった。
「ホントよ、憂ちゃんが友生のお嫁さんになってくれたら、おばさんも安心するんだけどな。」
「ちょ、ちょっと母さん!…」
友生は慌てて否定するが、2人には届いてない様子だ。
「おばさん、私、キッチン手伝う。」
嬉しそうに、憂稀は階段を下りていった。
「友生も、早く朝ご飯食べちゃいなさい。」
そう言い残すと、ニヤニヤしながら、母親も階段を下りていった。
「はぁ~…、憂稀も憂稀なら、母さんも母さんだよな…。さて、着替えるか。」
友生は大きくため息をつくと、着替え始めた。
友生が服を脱ぐと、背中には三日月型の傷があった。
母親が言うには、「小さい頃、階段で転んだ時に、柱でぶつけた。」と言うのだが、友生は全く覚えてなかった。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、静かになった。
1人取り残された部屋の中で、友生は今朝見た女性の事を思い出していた。
「あれは何だったのかな?憂稀でもなかったし、
母さんでもなかったよな、でも少し憂稀にも似てたような…
やっぱり寝ぼけてたんだろうな。」
友生は自分を納得させ、急いで着替えると、2人の待つ1階へと階段を下りていった。
しばらくして、制服に着替えた2人が玄関から出て来た。
「行ってきます。」
「行ってきます、おばさん。」
「2人共、いってらっしゃい。
憂ちゃん、友生の事よろしくね。」
「まかせといて。」
憂稀は手を振りながら、友生の母親に答えた。
そして2人は、いつも通り並んで学校へ向かった。
並んで歩く2人の距離はいつも15センチメートル、憂樹はこの距離が大好きだった。触れてはいないが、手を伸ばせばすぐに届く距離、そしてそれは友生も同じだった。そんな憂樹を友生は友達以上の不思議な感情を感じていた。
「ねえ、友生…」
「ん?何?憂樹。」
「友生は将来の夢ってあるの?」
「ん~、どうだろうなぁ?今は、「これ」っていう、なりたいものもないし、
ほら、うち父さんが、仕事でほとんど家に居ないから、母さん見てると、寂しそうでさ、今はなるべく母さんの側には居たいんだ。」
「へ~、やっぱり友生は優しいんだね。」
憂稀は下から覗き込むように、友生の顔を見た。
「べ、別にそんなんじゃ、ないけどさ…」
友生は顔を少し赤らめ、目をそらした。
友生の父親は「地表科学研究所」という所に勤めており、そこの所長という立場もあって、調査の為に世界中を飛び回っているのである。
「わ、私の将来の夢はね…」
憂稀は顔を赤くし、下を向きながら話した。
「あ、あの…そのね……と、とも…き…が、嫌じゃなかったら…と、友生の…お、お嫁……」
憂稀は話しながら、チラッと友生の方を見たが、そこに友生の姿が無いことに気が付いた。
「あれ?友生?」
憂稀が後ろを振り向くと、少し離れた所で立ち止まり、遠くを見ている、友生の姿があった。
「ちょっと~!友生~、どうしたの~」
憂稀の声に気付き、ハッと我に帰った友生は、憂稀の所に小走りで走ってきた。
「ゴメン、ゴメン。誰か見ているような気がしてさ…」
そう言いながら、もう一度後ろを振り向いた。
「気のせいだったみたい。で、なんの話だっけ?
あっ、そうそう、憂稀の将来の夢だっけ?」
「もう!いい!!友生なんか知らない!」
憂稀は捨てぜりふを言い残し、足速に友生の側から離れていった。
「ちょ、ちょっと~、何怒ってんだよ~。憂稀ってば~!」
友生も同じく足速に憂稀を追いかけた。
少しして、憂稀は後ろからする、友生の声が無いことに気が付き、足を止め、後ろを振り返った。
「あれ?友生が居ない…?」
憂稀は、今来た道を急いで戻った。
「友生!友生~!」
少し戻ると、友生が膝に両手をつき、前かがみになり苦しそうに息をしていた。
憂稀は友生のすぐ側まで駆け寄り、背中をさすりながら
「友生、友生、大丈夫?苦しいの?」
心配そうな憂稀の顔を見て、友生は大きく深呼吸をして
「大丈夫、大丈夫。ちょっと走ったら息がきれちゃって。」
今にも泣きだしそうな憂稀に、友生は優しく微笑んだ。
「もう!心配したんだから!また体調が悪くなったら大変だから、やっぱり一緒に行ってあげる。」
憂稀はいつものように、友生の隣に立った。
「ありがとう、憂稀。
やっぱり憂稀が隣にいると安心するな。」
友生の思いもよらないセリフに憂稀の顔は、真っ赤になった。
「な、何言ってんのよ、幼なじみなんだから、当たり前でしょ。」
そして、2人はいつものように、並んで学校に行った。
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