それからの小さな出来事

図書室での驚きの出会いが私の生活を大きく変えた──とかそんなわけもなく、それまで通りの毎日をだらだらと過ごしていた私。見かねた先生が私を気にかけるようになっても、私は鬱陶しいとしか思えなかった。そんな折、国語の先生が私に1冊の本を渡した。



「なんですかこれ」

「最近、あんまり楽しそうじゃないから。ぜひ読んで欲しくて」

「はぁ…」

「心に栄養が行き渡ってないのかもね。もう少し周りを見ることができるように、おまじないかけておいたから!」



年齢は40を過ぎていたはず。お茶目で、少し詩的な表現をする、女子から人気のある先生だった。当時の私の中ではその他の先生方と変わらなかったけど、今なら心から言える。あの先生は素晴らしい先生だった。


兎にも角にも、殆ど押し付けられた形とはいえせっかく借りたのだ。あらすじと結末だけ読んで、適当な頃合を見計らって返そう、とぼんやり考えた。しかし、その本にはカバーが無かった。もっと詳しく言うならば、先生のブックカバー(白地に小さな桜の刺繍が施されたそれは、先生が手作りだと授業の前に自慢していたものだ)は掛けられていたのに、その下にあるはずの本のカバーが外されていたのだ。これでは、あらすじが読めない。まさか、私がそれを読んで適当に感想を済ませようとするところまでお見通しだったとでも言うのだろうか。



「…はぁー」



ネットで調べようにも携帯もパソコンも持っていない。今日は特に用事もないし、やはりこれは読むべき運命なのかもしれない。折れないように気をつけて鞄にしまい、廊下を歩き出す。小説か、エッセイか、偉人の伝記か。ジャンルもタイトルも著者も何もわからないけれど、それを知るのはとりあえず、家に帰ってからだ。

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