お喋り棺

悶太

しんでしまうとはなさけない。

 勇者の攻撃は、メタルゼリーの急所にメガヒットすると、56程度のダメージを与えて、そのままメタルゼリーは朽ち果てた。

 この瞬間に勇者達は敵を全滅させた。

 膨大な経験値を得たと同時に盛大なファンファーレが鳴り響く。

 勇者のレベルが上がったのだ。

 自分の肉体に力が漲ってくるのを勇者は感じると、達成感と敵を倒した安堵で息を漏らした。

 剣を鞘に納めながら、ふと勇者は「このファンファーレはいつも誰がどこから演奏しているのだろう」と考えを巡らせると、仲間の方を向き直り、笑顔でこう言い放った。


「皆のお陰でモンスターを倒す事が出来た! さぁ魔王を倒す旅を続けよう」


 勇者が再び冒険の旅を再開しようとすると、仲間が即座に引き留める。


「意義あり!」


 その声はどこかしゃがれていて、透き通っていると表現するには程遠い男の声だった。

 見渡す限り草原が続き、爽やかな風が吹く大高原なのに、仲間が発した言葉は通り抜けるどころか、酷くくぐもっていた。

 勇者は一度立ち止まると、しばらく考え込んだような仕草をして、再び仲間の方を向き直った。


「……故郷を離れて大分経つが、皆のお陰で俺はホームシックにならずに済んでいる。今や皆は仲間ではない。家族だ。本当に心強いよ」

「意義あり!」

「……血の繋がりよりも強い絆。俺は酒場で皆を旅のお供に誘えて本当にラッキーだと思う。旅は道連れ世は情けという諺があるが、その通りだと思う。この偶然の出逢いに感謝すると共に、これからも頼りにしているぜ。よろしくな!」

「だからチョ、待てよ!」

「……なんだよ、煩いな。人が折角気持ちよく演説している時に水を差すなよ」


 勇者が正直にこの時間がもったいない、会話が面倒臭いという意味で仲間に言うと、仲間は改まったように静かに質問した。


「訊いていい? 皆って誰の事?」

「皆は皆だろ」

「儂しかいないのに?」

「俺を入れたら複数人になるから皆でも良いだろ」

「あ、そう。まぁそれは別にいいや。誰のお陰で勝ったんだっけ?」

「だから皆のお陰で」

「ふぅん。そう、皆。でもあれだよね、勇者さん。基本的に君しか戦いに参加してないよね。実質君一人で戦って、君一人で勝利しているよね。あれ? それって、皆のお陰? かなぁ?」

「今回は、たまたま、だろ」

「今回はたまたま。そう。儂、この前もそのまたこの前も、そのまた前の前も、つまり毎回君一人で戦って、君一人で勝利に導いている気がするんだけど。あれ? 儂の記憶違い? 儂がおかしいのかな?」

「はっはっは。魔法使いはもう年だからな。認知症とか記憶障害系の病気を患っているのだろう」

「そっか。儂って年だもんな」

「はっはっは」

「ひゃっはっは」


 魔法使い──というのは恐らく職業だか通名なのだろうが──と呼ばれた仲間は勇者につられて笑い出すと、しばらく二人は声高らかに笑い声をその草原中に響き渡らせた。

 勇者も魔法使いも目が笑っていない上に感情がこもっていないせいで、酷く機械的で、その様子を木陰から見ていたモンスターが驚き留まっていた。


「んな訳ねぇーだろがぃいぃぃぃぃぃいぃっ!!」


 永久に続くかと思われた二人の笑いは、魔法使いの切り裂くような絶叫で強制的に遮断された。

 吃驚した勇者は驚きすくみ上がっている。


「違うよ、全然違うよ! 儂、高齢者だけど記憶力バッチリよ! 円周率だって100桁ぐらい言えるのが地味な自慢だよ」

「ほう。魔法使いではなくて、数学者を仲間にしていたのか」

「そう言う事を言いたいんじゃな~~い! 儂、戦ってない! 少しも! 全く! 殆ど!」

「……馬鹿な」


 魔法使いに事実を突き付けられた勇者は、真顔で驚愕し、狂ったようにまくしたてる魔法使いを冷静に様子を見ている。

 計算か天然でやっているのか知らないが会話が噛み合わない勇者に向かって、魔法使いは大きく息を吸い込んだ。


「馬鹿なじゃないよ! 馬鹿はオメーだよ! 勇者だかなんだか知らないけど、職業としても謎だけど、お前の思考回路が一番謎だわ! 儂!」

「落ち着け。何かの間違いだ。たまたま運良く戦わなくて済んでいるだけで、パーティーとしては存在してる訳だろう?」


 表情を変えずに、魔法使いを宥める事に努める勇者を、魔法使いはやや自嘲気味に話始める。


「パーティー? ああ、そうね。 名前だけパーティーってやつかな? 儂。行動が制限されているからね。いつまで続くのこの状況」

「耐えろ、魔法使い。俺はお前を頼りにしているんだから。年長者で経験豊富なお前がいたら百人力なんだ」

「いや、無理だろ。経験とか年長者だとか魔法使いだとか関係無いよ、こんなの」

「何故? 俺はお前が不要だと思った事なんて一度もないぞ」

「じゃあさ、じゃあ……」


 真摯に魔法使いの言葉を受け止めようとしている勇者を前に、魔法使いは一度何かを思い出そうとした。

 勇者が身構える前に、魔法使いは襲いかかる勢いで叫んだ。


「生き返らせてくれよぉぉぉおおぉぉぉぉっ!!」


 魔法使い──という生前職業だった棺桶がガタガタと揺れる。

 勇者はこの棺、どういう仕組みになっているんだろうな、なんで声出たりバイブレーション機能が付いているんだろうなと思っていたのがつい昨日のように思い出せる事に軽く微笑むと、棺桶に背を向けて踵を返した。

 その反応を見て棺桶の動きが止まる。

 木陰のモンスターはまだ驚きすくみ上がっている。

 草原を涼やかな風が吹き抜けて、勇者達の止まった時間を動かし始めた。


「……それは無理だ」

「何故!? どうして!?」


 棺桶がビクンと躍動すると、呼応するように勇者が振り向いた。

 その切なそうな悲しそうな表情を浮かべる男の胸に去来するのは何なのか、魔法使いは知る由も無かったが、既に飲み込む事も叶わない唾をゴクリと喉を通したような気がした。

 木陰にいたモンスターは逃げ出した。


「金が……足りない……」

「儂、レベル1だけど? 教会でも安い方の生き返らせ方が出来ると思うのだけど?」

「そういう事ではない……」


 俯く勇者に魔法使いがハッと我に還った。

 思えば世界の平和を脅かす魔王が現れ、その諸悪の根元打倒という責務に苛まれているこの青年。

 自分はこの青年に縋るような目で過酷な旅への同行を願い出られた時に、何かを感じなかっただろうか。

 普通の人とは違う重い使命を背負った青年は、やはり普通の人とは違う何かを持っているような気がした筈だ。

 その青年の瞳に吸い込まれるように、私は魔王打倒の旅に同行しようと決意したのではなかったか。

 そういえば、勇者は旅が始まってから、経験値こそ手に入れレベルは相当数上がっている筈だが、装備が最初の街を出た時のままだ。

 しかも、薬草はおろか、宿屋も中々泊まろうとしない。

 全滅の危機も何度もあったが、いつもギリギリのところで凌いできていた。

 まさか、金を集める事に、魔王打倒以外の理由があったとでもいうのか。

 張り詰めた空気の中、重く閉ざされていた勇者の口がゆっくりと開く。


「あぶない……」

「あぶない……?」


 棺桶が聞き返すと、勇者は言葉を続けた。


「あぶない競泳水着が87,000Gで売っているいるという噂を聞き付けたんだ……」

「……」

「……」


 棺桶と勇者の間を風が吹き抜ける。

 通り抜けた風が止んだ後、やはりどんな仕組みになっているか分からないが、棺桶の向きが180度変わった。


「それ、儂の心に会心の一撃じゃよ……」


 勇者は呪文を唱えた。

 棺桶がハッとする。


「勇者よ何を……まさか、蘇生呪文を覚えたのか!?」


 期待に満ちた声で棺桶が言うと、勇者は呪文を唱え終わってから真顔で答えた。


「いや……大ダメージを負ったみたいだから回復呪文を」

「……」


 勇者は回復呪文を魔法使いの棺に唱えた。

 しかし、何も起こらなかった。

 魔法使いはただの屍のようだ。

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お喋り棺 悶太 @monta190

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