第一章二十一話 劇の終わり

 広間では歌劇がクライマックスシーンを迎えていた。観客の興奮も最高潮に達していたが、タナトスは心中穏やかではなかった。

「ミレア、まだ戻らぬか。もう時間がないぞ」

 幕が開かぬことを望んでみるも、ファンファーレと共に最後の幕が開いてしまう。

 最後の舞台、そこには黒い大きな箱が置かれていた。観客は静かに展開を見守っていたが、その奇妙な状況に驚いたのは伴奏者達であった。

「な、なんだあれ?」「段取りにないぞ」「演奏、続けていいの?」

 アクシデントが発生していることにタナトスも気付いたが、行動を起こす前に黒い箱が開いた。ひとりでに開いた箱から現れたのは、見覚えのない女であった。

 胸元の開いたレオタードの上にタキシードを羽織った煽情的な衣装。一見すると演者に見えるが、明らかにこの舞台劇からは浮いていた。

 女は手に持ったステッキを掲げ、意気揚々と口上を述べた。

「は~い、お集りの王族貴族の皆々様~。天才マジシャン・マクシアのスペシャルショーにお越し頂き誠にありがとうございま~す!」

 会場中が困惑するのも無理ないことである。突然マジシャンを名乗る人間が現れたことで、歌劇の世界観は崩壊していた。

 しかし、そんな空気を無視して女は続けた。

「今宵皆様にお目に掛けますのは、一味違う人体切断マジックでございま~す! え、何が違うのかって? それは見てのお楽しみ~」

「これは何事だ? おい、今すぐやめさせろ!」

 タナトスが部下に指示を飛ばすが、その間に事態は最悪の方向へ動いた。

「は~い、では一度扉を閉じて~、箱を三分割して~、はい、レッツ・ショウ・ダーン!」

 ココン、と軽くステッキで箱を叩く。すると、三つに分割された箱が開いた。

 女が出て来た後は空の箱であったはずだが、

『……え?』

 箱の中から飛び出てきたのは赤い液体と、その発生源である三分割された人体であった。零れ落ちる肉と臓物、それら現実味のない光景に、広間の時が止まった。

「黙祷を頂きありがとうございま~す! 見事、切断に成功致しました! 勇敢な劇団オーナーに盛大な拍手をお願いしま~す! そしてそして~、最後のフィナーレは劇団員によるお別れのご挨拶で~す」

 パチン、と指を鳴らすと、突如天井から数十体の重量物が吊り下げられた。

 ブラブラと慣性に揺れる姿はまるで操り人形のようだ。しかし、それらは紛れもなく人間だったモノであり、先程まで舞台で演技をしていた劇団員であった。

 顔が欠損しているモノ、中身が漏れ出ているモノと様々だが、糸に吊られたそれらが会場を大混乱に陥れるのは容易なことだった。

『ヒ、ヒャアアアアアアアアアアアァァ!!』

「あらあら皆様元気が有り余っていらっしゃいますね~? ではでは~、ついでに鬼ごっこと洒落込みましょう。はい、よ~い、スタート!」

 全ての照明が同時に落ち、周囲が暗闇に包まれた。

 続いて鳴り響いたのは次々と窓ガラスが割れる音。

 悲鳴が乱舞する中、割れた窓際には白い髑髏面を被った不気味な集団が姿を覗かせていた。

 ここまでが分水嶺。狂気と恐怖が発芽し、伝染した。

 我先にと逃げ惑う人々を説得しようとタナトスが声を荒げていたが、もはや寝耳に水である。

 そんな騒ぎの中、舞台に佇む女は艶美な唇を歪めていた。

「さて、真のクライマックスの幕開けね。前座は一足先に退場しましょ。以上、天才マジシャン・マクシアによるスペシャルショーでした~」

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