ペンギン娘は傭兵所長

紺猫

第1話

 プロローグ


 ペンギンの着ぐるみを着た所長は傭兵達の纏め役。


 今日も書類を見ながら頭を悩ませる。


 ☆


 イブリア王国の国営傭兵斡旋所アファリア本部の所長、ソフィアは自称十七歳の自称ペンギン娘という種族を騙る傭兵達の頭である。


 傭兵斡旋所というのは、国の騎士団や警邏隊だけでは対処しきれない、突発的な魔獣の被害に傭兵を派遣して対処する組織である。人三獣七。世界の領土の七割は魔獣の闊歩する土地であり、人々は残りの土地を奪われまいと数百年も前に発足した《アファリア》。


 発足当時は個人の集まりで運営しているような組織であったが、時間と共に次第に規模が大きくなっていった。質も向上して民衆からの支持が厚くなっていくと、イブリア王国は《アファリア》を非公式ではあるが国営の傭兵所と認めた。


 要するに、運営の殆どは一任して国からも運営費は出すから、必要な時には国に手を貸してくれ、というものだ。


 ある意味で箔が付いた《アファリア》。当然、傭兵になる為には《アファリア》の定める実技、筆記の試験を合格する必要があり、その合格率は二割を切ると言われているくらいに難関である。しかし、公式の傭兵となった者は命の危険と引き換えに莫大な報酬金を約束され、同時に名誉も与えられる事がある。


 そんな訳で《アファリア》に所属したいと望む声は多い。故に、おかしな人材もたまに来る。そして比例して、ソフィアの悩み事は加速する。


「……メメア、この請求書は何だペン?」


 イブリア王国の王都、その中心部に位置する《アファリア》本部。三階建ての一室、所長室で椅子に腰をかけるソフィアは、一枚の紙片を器用に着ぐるみの翼で掴むと、眉を寄せた。


「ドンマ支部に所属するクラス討伐者のポラリスとクラス守護者のサミアに依頼した、ドンマの街付近の魔獣の掃討に関する請求書です。討伐者のポラリスが魔獣掃討の際に外壁の二割を破壊し、付近の住民に怪我を負わせたとの事です」


「……またか、ペン」


「依頼は達成されていますが、ドンマの街の領主、及び住民からは苦情が届いております。既にドンマ支部の支部長が謝罪と賠償をしており、討伐者のポラリスには報酬金の没収と活動停止一ヶ月の処罰を下したの事です」


「……ドンマ支部じゃ、これは払えないペン?」


「残念ながら。支部の管轄で発生した予定外の支出は、本部が三割を負担する事になっておりますので。諦めてサインして下さい」


「……討伐者のポラリス。これで何度目かペン?」


「五度目です。やり方が粗暴ではありますが優秀な為、これまでは軽い処罰で済んでいますね。それと……」


「それと?」


「討伐者のポラリスと頻繁に組む、守護者のサミアから本部宛に懇願書が届いております。何でも、お願いですからもうこいつと組むのは嫌です。僻地に異動でもいいので何とかして下さい……だそうです」


「……討伐者のポラリスをガグリアンの支部に異動。ドンマ支部とガグリアン支部の支部長に連絡してくれペン」


「はい」


 器用にペンを持ってサインした紙片を投げ捨て、椅子の背もたれに身体を預け、ぐったりと息を吐くソフィア。ペンギンの着ぐるみから唯一覗く顔は、疲れのせいか色を失っていた。小柄な、そして可愛らしいペンギンの着ぐるみ姿に似合わない、青く鋭い目を指でぐりぐりと揉む様子は、まるで宮仕えに疲れた中年にも思える。


 その対面。デスクを挟んで立つ長身で黒髪の女性、メメアはまるでいつもの事と言うように無表情を貫いている。手には重ねられた何枚もの紙片があり、ソフィアは現実逃避するように目を逸らした。


「……お腹痛い、ペン」


「そうですか。では、次の案件ですね。四日前に王都の東にある村、ポポワ村に派遣されたクラス討伐者のギャンズとクラス無しが数名で当たった魔獣の掃討依頼です」


「……覚えてるペン。ポポワ村は美味しいポワの実を出荷してくれるんだペン」


「そのポワの実の果樹園ですが、クラス無しの一人が焼き払いました。討伐者のギャンズ曰く、誤射、だそうです」


「……ペン」


「ポポワ村の領地を持つウルドン伯爵から、村人への賠償請求、及び再興費の請求がきております。ウルドン伯爵は国の覚えも良く、善政を敷いている支持の高い方です。無視するのはいらない批難を浴びる事になりますね」


「……ウルドン伯爵に謝罪の手紙を即急に。討伐者のギャンズは監督不行き届きで報酬金の減額。クラス無しのやらかした奴は報酬金の没収、あと傭兵の資格を三カ月間だけ剥奪。その三カ月はポポワ村で強制労働に当ててペン」


「はい」


「あと……」


「はい?」


「……ポポワ村の果樹園の復興を急ぐ事、ペン。最優先で補償金を送って」


「はい」


 かしこまりました、と黒い瞳でソフィアを一瞥するメメア。椅子が軋むほどぐったりし、着ぐるみの頭部にある無機質な目や嘴は、どこか垂れて見えるのは気のせいだろうか。


「では……」


「まだある、ペン?」


「はい。護衛士のドマが護衛対象に暴行を加えた件、守護者のレンカが依頼の村へ行って帰りたくないとゴネる件、クラス無しが数名、行方不明の件など、まだあります」


「……メメア」


「はい?」


「一週間だけ役目を代わってみないかペン? この椅子は座り心地がいいペン」


「お断りします。胃を壊す予定はありませんので」


「……ペン」


《アファリア》本部、所長ソフィア。彼女の胃はとんでもない速度で破壊の一途を辿っていた。

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