「 蓮華の花守 - 睡蓮談義 」(十五)

 

曇り空を見つめる睡蓮スイレン緋鮒ひぶなと同様 ――― 女王と宮中を散策してるライル王子が戻るのを待っているナジュムも雨の予感がしており、今後の予定を確認しに睡蓮達が居る部屋に姿を現した。


「 あれ? 人変わってるね? ――― 女官長は? 」と、何時もの癖でロータスの言葉でたずねてしまい「 あ!ごめん、女官長は…――― 」と、言葉を換えて訊ね直そうとしたのだが「 女官長さんは食事に行かれております。 」と年若いほうの女官 ――― 睡蓮スイレンが答えた。

 

 

「 ああ、そうなんだ! 君、ロータスの言葉わかるんだね? さすが、若くても女王の女官は違うなぁ~ 」

ナジュムは腕を組みながら、感心して睡蓮スイレンを見つめた。



睡蓮スイレンちゃん…――― そうなの? 」緋鮒ひぶなが不思議そうな顔で訊ねるので、睡蓮もナジュムも「 ? 」を浮かべた表情で彼女に顔を向けた。


「 アタシも単語くらいは知ってるけどさ、会話はサッパリなんだけど…… 」


「 え…? どういう事なのでしょうか……? 」


「 何々!? 俺も混ぜてよ!? 」


暇を持て余していたナジュムは最初の目的を忘れて 睡蓮スイレン緋鮒ひぶな の会話に加わると、得意の話術と交流能力で、あっと言う間に睡蓮スイレンが記憶喪失な事まで把握し、彼女達と共に自分と睡蓮の会話が成立した謎を考え込み始めた ――― 。



「 ロータス生まれじゃ無いでしょう!? 色白だもん ――― いや、肌が白い人もいるけどさぁ! 王子のお母さんもそうだし。 」


「 へぇ~ そうなんだ? 」


「 でも、名前が睡蓮スイレンかぁ…… 怪しいっちゃ、怪しいよなぁ~? 」


陽気な二人が 睡蓮談義を進める中、「 この名前は本当の名前では無いので…… 」と、暫く二人を見守っていた睡蓮スイレンようやく 口を開いた。


「 え…!? そうだったの? 」緋鮒ひぶなは驚きながらも、女王が素性の知れない睡蓮の事を女官にした理由が増々 分からなくなって来ていた。


「 それ、自分で考えた!? もし、そうなら…――― 」と、ナジュムが " やっぱ、ロータスと縁があんのか? " と 睡蓮の言葉に食い付くが「 いいえ、知人に名付けて頂きました。 」と睡蓮スイレンの返答を聞き、ナジュムは拍子抜けした。



「 試しに、通じるか何か喋ってみようか? ――― その名付けた人って誰? 」ナジュムがロータスの言葉で質問すると「 知人の……白夜ハクヤさんと云う方です。 」とリエンの言葉で睡蓮スイレンは答えた。



「 おおっ!! 通じた!! 」


ナジュムと緋鮒ひぶなは歓声を上げると、『 睡蓮談義 』から『 睡蓮実験 』に興じ始めた。

彼等の実験の結果、睡蓮はロータス国の言葉の聴き取りは出来るが 喋る事は出来ず、書けるのは簡単な単語のみだが、読み取りは まぁまぁ可能という事が判明する ――― 。




「 いたいた!! ナジュムさん!! 雨が降り出したんで王子の出迎えの準備を…―――! 」と、ナジュムの臣下仲間が姿を現すと「 あ ――― やっべぇ、忘れてた! そうそう、俺 王子の付き添いだったわ。 」と、ナジュムは椅子から立ち上がった。


「 本当だ!! いつの間にか雨降ってる!! 」緋鮒ひぶなも慌てて、濡れてるであろう女王の身体を拭き取る為の大きめな布を探し始めた。


「 迎えに行った方が良いのでは? 」ナジュムを呼びに来た臣下の男が心配そうに外の大雨を眺めると「 でも、どこにいるんだよ? 」とナジュムは面倒臭そうに大粒の雨を眺めた。


「 いろんな所から室内に戻れるから、どこかには入られてると思うんだけど…―――! 」



 

――― 緋鮒ひぶなの予想通り、花蓮カレン女王とライル王子は 適当に走り入った宮殿の中で ずぶ濡れの状態でたたずんでいた。

近くに居た文官達が女王の側近、又は 女官 ――― 責任が取れる者を探して走り回っている。

 


( 折角、濡れたのに黒いころもじゃ意味 無ぇ……。 )

ライル王子は、雨に濡れても透けない花蓮女王の黒衣に落胆すると「 ここは 宮殿のどの辺りなんです? ――― 誰か来るのを待つよりも部屋に戻りませんか? 」と彼女を促した。


「 ごめんなさい、わからないんです……ここがどこなのか。 」


「 ご自分の宮殿なのに? 」


「 ―――……本当は、十六歳になるまで 自由に出歩け無いので…… 」


「 あー……聞いてます聞いてます。そうでしたね。 ――― でも、このままじゃお互い風邪をひくでしょう? 」


歩き始めたライルを追って花蓮カレンも歩き出し、二人は身体に付いた水滴 ――― 本日の清掃係が目にした瞬間に涙目になる事が予想される量の水滴を通路に垂らしながら歩き進んだ。


   


「 急いで湯殿と着替えの用意をしなくちゃ…! ――― 睡蓮スイレンは念の為、ここに残って!戻られたら この布をお渡しして、部屋までお連れするのよ!? 」 

雨に気が付いた紅魚ホンユイ睡蓮スイレン緋鮒ひぶなの所へ駆け戻ると、ぐに緋鮒だけを連れて女王の私室へ向かって走って行った ――― 。

何時いつの間にかナジュム達も姿を消し、部屋に独りきりになったと気付いた睡蓮スイレン白夜ハクヤ秋陽しゅうように散々聞かされた言葉を思い出して、ハッとした表情で蒼褪める。


( 独りになってしまっている……!! )



渡された布を抱きしめる様に両手で持ちながら、不安気に外の様子を見てみるが、普段は宮中に響いている波音が掻き消される程の雨音が響いており、次第に雷雨に変わろうとしていた。


急な雨で 通路には まだ 灯りもともされておらず、白地を他の色が染め上げて行くかの様に宮殿内は段々と薄暗くなって行く ―――

睡蓮スイレンは、初めて見る雨の日の宮殿の風景を目に焼き付ける様に眺めながら女王の帰りを待っていた。



睡蓮スイレン自身は気が付いていないが、彼女は稲光に怯える様な少女では無い ――― 。





―――――― 睡蓮スイレンと同じく、花蓮カレン女王も また、いかづちを気にする性質では無く、濡れたころもに苛立ちながらも、先を歩くライル王子の横を歩こうと歩幅を縮めて歩く事に集中していた。

ライル王子に自分から声を掛ける事は出来ないままだが、女王は彼と並んで歩けている事に満足していた。



「 ? ――― 雷が怖いのですか? 」


横を歩きたがる女王に気が付いたライルがたずねると、女王は「 ? ――― 雷? 」と、彼に言われて初めて雷音が鳴り響いてる事に気が付いた。


「 雷など怖くはありません! 」


「 それは頼もしい…! しかし、も落ち始めて暗いな。 ――― 宮殿の灯りは何時頃 全て灯るんです? 」


「 ……わかりません。専門の者に任せていれば良いと言われているので ――― 」



しばらく歩き続けると、女王は見覚えのある扉がる事に気が付き ――― の扉の前で立ち止まった。


「 ? ――― この部屋が何か? 開くんですか? 」


早く着替えたいライルが扉を開けようとしたが、鍵が掛かっていて開かず ――― 思わず、深い溜息を吐いた。

彼のの様子に気付かぬまま、花蓮カレンは恋い焦がれる相手を目にした乙女の様な瞳で扉を見つめると「 ここから先はわかります…! 」と、急に ライル王子を追い越して足早に歩き始めた。




女王の私室の前の通路に現れた紅魚ホンユイが、立ち止まらずに先に進みながら「 陛下は戻られた!? 」と訊ねると「 いや、戻られていない。 ――― 睡蓮スイレンは?」と、藍晶らんしょう達と交代した 白夜ハクヤが訊ね返した。

「 待機してもらってる~!! 」 彼に伝え叫んで、緋鮒ひぶなもそのまま 通路の奥の闇に走って行った ――― 。



「 御一人…なんですかね? でも、花蓮カレン様と王子が戻られるんだったら…――― 」蒼狼せいろうが声を掛けたが、白夜は考え込んだまま 彼に返答しない。


白夜ハクヤさん、流石に探しに行かれるのは……何処どこにいるかも分からないんですよ? 」


白夜が無言のまま佇んでると「 ほら!付いた… 」と、誇らしげに笑う花蓮カレン女王と見覚えの無い男 ――― ライル王子が目の前に現れる。

花蓮カレン様、びしょ濡れじゃ無いですか!? 早くお着替えにならないと…―――!! 」蒼狼せいろうが慌てると「 うん! 」と花蓮女王は笑顔で返事をして湯殿のほうへ駆けて行く ―――


花蓮カレン様、こちらの方は!? 」 白夜ハクヤの問いに振り返る事も無く「 えっと……あなたに任せる!! 」と言い渡して花蓮は通路の奥の闇に消えて行った ――― 。



「 任せるって…――― この方、もしかして…… 」蒼狼せいろうがライルのほうを見ると、彼は不機嫌そうな顔で「 そうだ、ライルだ。 ――― 何でも良いから 早く着替えさせろ!! 」と、蒼狼と白夜に溜め込んでいた怒りをぶつけた。

しかし、自国の言葉では無く、リエンの言葉で言い放ったのは王子の優しさなのかもしれない ――― 。

 

「 直ぐに御案内致します。――― で、どの棟にお連れすれば……? 」


「 知らねぇ。 」


「 取り敢えず、何か身体を拭く物を ――― 」


「 いらねぇから部屋に帰らせてくれ! 」


「 では、行きましょうか? ――― 蒼狼せいろう、後は 宜しく。 」


「 はいはい、ごゆっくりどうぞ~ 」( ――― ちゃっかり、この場から離れたな……。 )

白夜ハクヤと王子の背中を見送りながら、蒼狼せいろう白夜ハクヤ睡蓮スイレンのどちらが運が良いのだろうかと考え始めた。

 

 

 

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