「 睡る花のような少女 」(六)



―――――― 白夜ハクヤ紅炎コウエンに連れられて、少女は海へ向かった。

白夜ハクヤに言われた通り、少女は彼の背中にしっかりと捕まっている。

 

間近で見る紅炎コウエンは迫力があり、今も 自分達を乗せて 力強く走っているが

瞳が優しそうな所が紅炎コウエン白夜ハクヤは似ているなと少女は思っていた。


( でも… さっき 私が思い出だそうとしたのは、紅炎の事では無かったような気がする……。 )



風に吹かれる中、その誰かの事を思い出そうと 最初の内は考え込んでいたのだが

少女の目に映り込む景色が、次第に 彼女の心を奪って行った。

  


「木々」や「鳥」、「空」、「花」などと言う名称は分かるのだが

視界の中を通り過ぎて行く景色の数々は、どれも初めて目にするかの様に新鮮で

少女の心を魅了し、眺めても眺めても見飽きる事は無かった ――― 。

 

 

 

海岸に到達し、紅炎コウエンが 歩みを緩めていくと

次第に 波の音や、潮の香りと言った『 海 』を感じさせる空気が白夜ハクヤと少女、そして紅炎コウエンを包み込むようにひろがっていった。

――― が昇り、海面が宝石の様に輝いている。

 

 

「 綺麗………! ――― こんな風に朝は始まるのですね 」

 

「 この直前の景色も綺麗だよ。いつか 見てごらん? 」 ――― そう言いながら、白夜ハクヤが 先に紅炎コウエンからり、

少女の手を引いて、そのまま 少女の全身を支え持つように 自分の胸で抱き留めてから下ろす。

 

 

 

「 あの… さっきから手をわずらわせてごめんなさい…… 」


少女は、おそらく、白夜ハクヤは自分より年上では無いかと薄々思い始めているのだが

そんなに 年齢は変わらないようにも見えるのに、先程から自分は一人で何も出来な過ぎでは無いかと内心 気になっていたので、何となく 少女は彼に謝ってしまった。



「 こんなの煩わせたうちに入らないよ!? 」――― 少女の謎の謝罪に白夜ハクヤは思わず和んだ様に笑う。

実際、白夜ハクヤからすれば 少女は小さくて軽いし、病み上がりの患者でもあるし

妹のようにも思えるので、世話を焼く事など 何て事はなかった。



( あ… ふくれっ面になってる。 )



少女の不満そうな顔を見て、白夜ハクヤは必死で笑いを堪えながら紅炎コウエンの手綱を近くの木に結ぶ。

そのまま紅炎コウエンには 休憩してもらう事にして、二人は水際を歩いて行く――― 。


少女が 白夜の家から借りて履いている靴が砂浜向きでは無かったので、二人は遠目から海を眺めた。



「 君は、あの辺に倒れていたんだ。 」


白夜ハクヤが指さした方向を 少女は見たが、特に何も感じはしなかった。

それよりも、遠くに見える 崖の上にある巨大な建物が気になる ――― 。



「 … あれはこの国の王様の宮殿ですか?」


「 うん、そうだよ。あの辺は俺は入った事は無いな… 」


「 すごく高い場所にあるのですね…? 」


「 うん、長~~い 階段を上らないと辿り着けない場所に建ってるんだ。

  宮廷勤めになったは良いけど、毎日 階段を上るのが 結構 大変だよ。 」


「 フフッ… それは大変そうですね 」


――― 少女から笑みがこぼれたのを見て、白夜ハクヤも微笑んだが

ふと、ある女性の事を思い出し、白夜は浮かない顔で海を眺め始める。



同じ海を見ながら、少女はリエン国の事を考えていた。

日葵ひまりから リエン国の話を少しだけいた時も そうだったが、宮殿を目にしても何も思う事は無かった ――― かと言って、他の国で過ごした記憶も無い。


( 私はどこから どうやって ここに辿り着いたのだろう……? )





「 どうかな、何か思い出せた? 」と、尋ねて来た白夜ハクヤの声を聞くと

ぼーっと考え込んでいた少女は、ハッとしたような顔で彼のほうを見た。



「 何も… ――― ごめんなさい、せっかく 連れて来てくださったのに…! 」


「 謝る必要は無いよ? ――― ここには ほぼ毎日来てるし問題ない。 」



白夜ハクヤの微笑みに 空笑いは見せたが、少女の心の中は 来た時よりも重く沈んだようになっていた。


秋陽しゅうよう達の言う通り、記憶が無くても どうにか生きて行ける自信はあった。

だが、名前も無く、生まれ育った国もわからず、家族も分からないと言うのは

想像以上に悲しく大変な事なのでは無いかと思い始め、真っ暗闇に独りでいるかの様なとても寂しい気持ちに襲われていた。



――― そんな少女の様子に白夜ハクヤは気づいていた。

最初に海の話をした時と同じような表情を少女がしている・・・と言うより

少女と身長差があるので、うつむかれてしまうと白夜からは顔がよく見えなくなってしまい

様子がおかしいのは一目瞭然だった。


 








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