四鬼知一郎の修行時代

奈津川夜

1 プロローグ

 爺さんの遺言には、青春18きっぷで鈍行に乗っていけと書かれていたが、俺にはそんな苦行は似合わないので、北陸新幹線のグランクラスに乗ってやった。


 行き先は長野だ。

 長野で、爺さんの指示通り、5つの「宝賽ほうさい」を手に入れてこなければならない。それが俺、四鬼知一郎しきちいちろうに下された使命なのだ。


 四鬼しき家は、修験者として名高い役小角えんのおづぬの流れを継ぐ家系で、代々、呪力と法力を司ってきた。2つを合わせて呪法力と呼んでいる。

 呪力は修験道において会得できる力で、法力は仏教の修行によって授けられる力である。いずれも人間の力を遙かに超えた霊力なので、選ばれた者しか使うことができない。


 呪法力は、普通の人間から見れば、魔法や超能力のようなものに見えるかもしれない。何かを破壊したり、消したり生み出したりすることも出来る。化身のようなものを現出させ操ることだって出来る。その気になれば、世界を混乱に陥れることも可能だ。


 この恐るべき力を悪用されないように守ってきたのが、四鬼しき家である。

 ふだん、呪法力の源は「宝賽ほうさい」というサイコロのようなものに封じられ、結界が敷かれたやしろに隠されている。有事の際のみ封印を解き、力を我が身に宿らせるわけだ。


 今までこの「宝賽」を管理してきたのは我が爺さんであるが、この世を去るにあたって、後継の管理人として選んだのは、何を隠そうこの俺だったのだ。

 順当に考えれば、跡を継ぐのは俺の父親であったはずだが、生前から爺さんは自分の息子には力を管理する素質がないことを見抜いていた。俺の父親は幸か不幸か、ただの普通の人間だったのである。


 隔世遺伝なのか、とんでもない力を管理できる素質は、爺さんから俺に受け継がれた。いや、厳密に言えば、俺と俺の妹にである。

 妹の幽子ゆうこはまだ17歳であるが、俺よりしっかりしているし、少し変わった能力も持っているので、たぶん呪法力の管理人として俺より優れているはずだ。しかし妹はまだ未成年なので、とりあえず俺が管理人におさまることとなった。


 呪法力を管理するための素質とはなにか。

 俺もきちんとは説明できないが、自然への感応力があるかどうかだと思う。

 感応力があると、わずかな気配を察したり、物事の因果を見抜けたり、ありのままに世界を眺めることができる。

 いわば自然体で精神を素直に解放できるか否かということだが、これが出来ないと、とてつもない力を自らの身体に受け入れることはできないだろう。

 爺さん曰く、こうした素質は生来のものなので、努力したところで身につくわけではないらしい。

 ちなみに管理人を継げなかった親父は、別に残念がるふうもなく、ただ俺に一言「がんばれよ」と言っただけだった。内心、俺が継ぐことになって、ほっとしていたに違いない。普通の人間にはこの役目は重すぎる。


 爺さんは遺言を残していた。

 そこには「宝賽」の管理人を俺が継ぐこと、「宝賽」は能力別に5つあること、「宝賽」の力に慣れるため、隠されている「宝賽」の封印を解き、おのれの身体に入れて修行すること、周りの者たちとともに「宝賽」を守り、決して他の者に奪われないようにすること、などが書かれていた。

 まずは「宝賽」を手に入れ、管理人としてその力に慣れるトレーニングをしなくてはならないようだ。

 遺言には、現在の「宝賽」の在処ありかと、そこに至る道程も丁寧に記されていた。


 「宝賽」は現在、長野の戸隠とがくしという場所にあるという。

 戸隠蕎麦で有名な、あの戸隠だ。

 古来から山岳信仰の霊山として尊ばれ、修験者、密教僧の修業の地とされてきた。

 その中心が、戸隠山のふもとに5つのやしろを構える戸隠神社である。

 5つの「宝賽」はその社にそれぞれ隠されているという。


 俺は「宝賽」を手に入れる旅に出た。

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