こうもりがさのしょうじょ


 赤い唇が、蠢く。


ジショウヘキ自傷癖


 蝙蝠傘の下、喪服の少女はその柔らかい裾を風になびかせ囁いた。涼やかな、しかしどこか淀んだ声音が雨音の合間を縫って響く。


「かれらは、なにをもとめてやるのだとおもう? そのいたみに、なんのいみがあるのでしょうね」


 勢いよく降りしきる雨粒が、少女の上品な革靴をぬらす。ぶらり、と雨にさらされた黒い靴下に緑色のしみが滲んだ。ぴちゃり、と水溜りが生々しい音をたてる。


「しにたいのかしら。あるいは、そのいたみに生をみいだすのか。はなはだ、おかしなはなしだけれど」


 クルリと蝙蝠傘が踊る。拒絶された雨粒が宙を舞った。柔いはずのそれは硬質な光を宿していて。なんだか不思議だな、なんて。意味もなく笑いたくなった。

 柔い雨はささやかに、しかし確実に私達の耳朶を犯していく。


「死ぬのって、大変よね」


 ぼそりと声が落ちた。さらりと落ちた黒髪が、青白い頬に影を落とす。その目元はずっと、見えないままだった。


「よく言うじゃない? 死ぬにヤスク生きるにカタイ。でもそんなの、昔の話よね」


 青白い肌に浮かぶ、毒々しい程に生気を宿した赤い唇。あまりにも不釣り合いなそれは、やはりあまりにも美しくて。

 私の足は、動かない。


「生きるにヤスク、死ぬにカタイ」


 吐息が、呪いを吐いた。薄い雲が彼女の口から生まれ、消えていく。本当に、と目を細めた。こんなにも消えることは容易いのに。彼女が死ぬには、あまりにもこの世界は生き易過ぎて。


「死ぬために頑張るなんて、コッケイだと思わない? よく言うわよね。死ぬための努力ができるなら、生きるための努力だってできるはずだって」


 馬鹿みたいだ、と彼女は笑った。口元しか見えないけれど。笑ったのだと思った。あるいは、口だけで笑ったのか。

 その瞳は、隠されたままだった。


「生きるのに、努力なんていらないじゃない。生きるために必要なのは、ダセイ惰性で。努力しないと死ねないのよ、きっと。私達は、もう」


 踏みつけられた水面が揺れる。彼女の足は、縫いつけられたように水溜りを踏み躙った。彼女は動かず。私は動けず。同じように傘の下にいるのに、なんて違うのだろう。これではまるで違う国だ。昔戯れに張りあった、小さな王国。でもあれは、決してこんなことのためではなかったのに。

 

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