25回目:朧木環<永遠の指輪>

 異世界に転生した朧木おぼろきたまきは、指一本動かすことも、声を発することもできなかった。


(なんだこれ。俺は、どうなったんだ。あ……だれか、来る?)


「ん、これは、指輪か?」


 たまきが見上げる視線の先には、申し訳程度に赤い鎧で身を包んだ半裸の女戦士が立っていた。女戦士の引き締まった肉体に豊満な胸を前にしたたまきは全身から強い光を発し始める。


「これは……指輪が光って……、一体この指輪は」


 女戦士は身を屈めると指輪を拾い上げた。目立った装飾のない銀色の指輪だ。女戦士の胸に触れそうな位置まで持ち上げられたたまきは興奮し、指輪の輝きが強くなった。


「っ!?」


 それに驚いた女戦士の手から指輪が滑り落ちた。女戦士の、胸の谷間へと。


(ふおおおぉぉぉぉおおおおお!!)


 雄叫びを上げるたまきに呼応するかのように、指輪は辺り一面を白い光で覆い尽くした。


「くっ、なんという強い光だ。……まさか私は、この指輪に選ばれたとでも言うのか?」


 こうして、指輪として異世界転生したたまきと、女戦士の旅が始まったのである。


 女神である私が転生者を指輪にした理由、それは、ちょっとした思い付きからであった。女神の祝福を注ぎ込んだ指輪は、その使用者に絶大な力を与える。そして、指輪自身は決して傷付くことがないように強力な防護術が施されている。さらに、ここからが重要で、たとえ指輪の使用者が命を落としたとしても、指輪の使用者さえ変われば、たまきの異世界救済の旅は続けられるのだ。


 まさに完璧だ。これならば、いずれは世界を救うことが可能だろう。そしてもちろん、邪悪な心を持つ者にたまきを扱うことはできない。そんなことをすれば、即座に指輪の聖なる力が邪悪な者を焼き払うだろう。


 また、使用者から長時間離れた場合のことも考えてある。その場合は、使用者として相応しい心を持つ者のいる場所に自動的に瞬間移動するのだ。海の底へ落ちようとも、溶岩の中に投げ込まれようとも、宇宙空間に放り出されようともたまきは不滅だ。


 さて、女戦士は、旅の中で出会った仲間たちとともに、お湯に浸かって日頃の疲れを癒していた。女戦士の右手の人差し指には銀色に輝く指輪がはめられている。


「くうぅぅ……。やはり、風呂はいいな。疲れが吹き飛ぶようだ」


「ん~、そうだねー。私もお風呂って大好きだよー」


「同意します」


「ボク、毎日お風呂はいりたーい」


「アタシもー」


 動物のような耳を頭に生やした獣人や森の妖精と謳われるエルフのほか、ハーフリングやエリンなど多種多様な種族の女の子たちがキャッキャウフフと温泉の湯気を纏ってたわむれている。


(ぬ、ぬ、ぬ、……これは、天国! 異世界最高! 女神様万歳!)


 そうか、良かったね、たまき




 しかし、たまきの楽しい旅は長くは続かなかった。各地における女戦士の活躍を耳にした魔王軍四天王の一人が、直々に女戦士を葬りに来たのである。


 女戦士と四天王の壮絶な戦いの中で一人、また一人と倒れていく仲間たち。そして、女戦士の決死の一撃が四天王の首を跳ね飛ばし、だが、四天王の鋭い爪が女戦士の心臓を刺し貫いた。相打ちである。


 使用者を失ったたまきは悲しみに暮れる間もなく、次の使用者の元へと瞬間移動した。使用者に合わせて指輪のサイズを変えたたまきの前に現れたのは、申し訳程度に赤い鎧で身を包んだ上半身裸の毛深い男戦士だった。


「なんだこれは……指輪が光って……、一体この指輪は」


 男戦士は突如として空中に現れた指輪に驚きつつも、その指輪を手にとって指にはめた。黒く濁った輝きを放つ指輪は、しかしたまきの意思に関係なく、使用者に絶大な力を授けた。


「おお、力がみなぎってくる……! そうか、俺は、この指輪に選ばれたんだな!」


 こうして、新たな使用者と出会ったたまきと、男戦士の旅が始まったのである。


 たまきにとって不幸だったのは、男戦士の何気ない行動の数々だった。この男戦士は、戦いの前には必ず指輪に口付けをするのである。彼なりに自分に力を与えてくれる指輪に敬意を表しているのだろうが、そのたびにたまきの精神が削り取られる。


(ぐあああああ! やめろおっさぁぁん!! 気持ち悪いし、おまえの口、臭いんだよおぉぉ!!)


 たまきを苦しめるのは、それだけではない。男戦士には身を清める習慣がないのだろうかと思うほどに風呂に入らず、頻繁に体をむしっている。頭に頬、胸、腹、腋の下、そして、またぐらを……。


(うがああぁぁぁぁぁっ!! やめろ、やメロぉぉォォォォぉ!!!)


 精神を汚染されていくたまきを、私は見ていることしかできない。


(う、ア……ここは、地獄ダ……異世界なンテ、クソ喰ラえ……女神の……)


 意識が朦朧もうろうとするたまきを更なる悲劇が襲った。もはや、その光景は、私が説明することもはばかられるような、まさに、地獄だった。男戦士と似たような風貌の男たちが集まって……、いや、やめておこう。私も思い出したくない。


(ぐああああぁぁぁぁぁああああっっ!!)


 ついには断末魔の声を上げてたまきは精神を崩壊させた。使用者である男戦士の肉体を通してたまきの力が放出され、世界中へと降り注ぐ。


 世界を救済するはずの力が世界を焼き尽くす。

 そして、滅び去った世界で、朽ちることのない指輪が燦然さんぜんと輝いていた。


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