22回目:緋山咲耶<月明かりの狂想曲>

 緋山ひやま咲耶さくやが異世界に転生して最初に目にしたのは、極限まで布地を削減することに成功したボディビルダー専用パンツを穿いた、超筋肉兄貴の股座またぐらだった。


「……ひ、……いやああぁぁぁぁ!!!」


 咲耶さくやの魔力を乗せたこぶしが風を切り、うなりをあげて、男の股間に炸裂した。そこを中心として拡散した魔力が嵐のように荒れ狂い、あたり一帯の家屋を吹き飛ばしていく。しかし、目の前の男は微動だにすることなく、白い歯を見せて爽やかに微笑みながら、咲耶さくやに声をかけてきた。


「やあ、お嬢さん。俺の名はカプリス。キミのその力、キミも女神の祝福を授かった転生者なんだろ?」


 なるほど。まるでボディビルダーのような外見のカプリスと名乗ったこの男が、女神トレーネが祝福を授けた異世界転生者ということか。

 トレーネとは女神アカデミーの同期生で、私の数少ない友人の一人だ。今回は彼女と協力して、各々の選んだ転生者を同じ世界の同じ場所に送り込んだというわけだ。


「……は?」


 しかし、私が転生させた咲耶さくやは状況が飲み込めていないようで、明らかに警戒した視線をカプリスに向けている。だが、自分が闘病の末に十七歳の若さで命を落としたことを思い出した咲耶さくやは、それでもしばらくは頭の整理に時間がかかったが、ひとつ大きく深呼吸をすると、改めてカプリスに視線を向けた。


 カプリスは逆三角形の上半身を強調するかのように腰の辺りに手を当てて立っている。パンツ以外は何も身に付けていない全身は何故か黒光りしていて、体毛は髪の毛を含めて一本たりとも生えていない。……普段から筋肉最高と豪語しているようなトレーネだったが、なるほど、彼女はこういうのが好きなのか。でも、この格好で旅をするのはどうかと思うのだけれど。


「……いちおう、話はわかった、気がするけど、……ええと、私は緋山ひやま咲耶さくや。よ、よろしく?」


 おずおずと右手を差し出す咲耶さくやに、カプリスは喜色満面で握手をして応えた。


「ああ、サクヤ。これからよろしくな!」


 こうして二人の旅は始まったわけだが、咲耶さくやたちがいた場所にあった村は吹き飛んでしまったので、二人は近くの街に向かうことになった。街の場所は、地面がえぐれるほどの力で垂直跳びをしたカプリスが、遥か雲の上の空から探し出した。


 街に着けばパンツ一丁のカプリスが衛兵に連れて行かれそうになったり、パンツから取り出した金貨で旅の支度を整えたり、冒険者ギルドに立ち寄って情報収集したりと大忙しだ。

しかし、カプリスが購入した水や食料をパンツの中に収納していたが、あれはどういう仕組みなのだろうか……?


「はあ。なんかよくわからないけど今日は疲れた。……ただ、病気は治ってるみたいだし、外をあんなふうに歩き回れるなんて思ってもみなかったな」


 冒険者ギルドで紹介された宿に備え付けられた露天風呂に浸かりながら、咲耶さくやはぼんやりと物思いにふけっていた。長く黒い髪をまとめ上げることによって生み出されたうなじが色っぽさをかもし出している。


 露天風呂付きの宿となれば請求される金額もそれなりだったが、カプリスは平然とした様子で支払いを済ませていた。女神トレーネが転生者に授けているのは戦うための能力だけではないらしい。


「明日からはもっと歩き回ることになる。今日はゆっくりと休むといいさ」


「うん、そうだね。……え?」


 一糸纏わぬ姿の咲耶さくやの隣には、何故かパンツを穿いたままのカプリスがタオルを頭に乗せながら湯に浸かっていた。


「ねえ、なんでここにいるの?」


「ん?なんでって、ここは混浴だからな。俺がここにいても不思議はないさ」


 確かにその通りなのだが、混浴であることを知らなかった咲耶さくやは羞恥で白い肌を赤く染め上げていく。


「あ、え、えっと、わ、私、出るねっ」


 混乱した咲耶さくやはその場に立ち上がり、月の光の下に裸身を晒してしまう。カプリスの口笛が聞こえた。


「あ、あ、あ……いやあああああぁぁ!!」


 恥ずかしさの頂点に達した咲耶さくやを中心に爆発が巻き起こる。無意識のうちに暴走させてしまった魔力は街を半壊させ、後に残されたのは全裸の咲耶さくやとパンツ一丁のカプリスのみだった。


「あーあ、これはやばいなぁ。衛兵に捕まったら旅なんて続けられないぞ」


 至近距離で魔力の暴走に巻き込まれながらも平然としているカプリスは、全ての魔力を使い果たして気を失った咲耶さくやを抱きかかえて、こっそりと街を離れるのであった。




 咲耶さくやとカプリスの旅はおおむね順調だった。カプリスが衛兵に尋問されたり、咲耶さくやの服が街中で弾け飛んだり、カプリスが街の石畳を踏み抜きながら歩いて捕まったり、咲耶さくやの魔力暴走で国が消滅したりといったちょっとした事件はあったが、それでも、二人は世界救済に向けて着実に前に進んでいた。


「サイドチェストぉぉ!!」


 カプリスの胸の筋肉が発光して放たれたエネルギーの塊が、大空を舞う老竜エルダードラゴンを打ち落とした。グレイフェリア王国を百年に渡って苦しめてきた悪しきドラゴンの脅威は去ったのである。


「カプリス、これで魔王四天王はすべて倒したのね」


「ああ、これで魔王が待ち構える浮遊要塞の結界が消滅したはずだ。ついに、俺達の旅が終わるときが来たんだな」


「それを言うのはまだ早いわ。最後まで筋肉を引き締めるのよ」


「ハハハ、それもそうだな。……サクヤ」


「ん、どうしたの?」


「魔王を倒して世界が平和になったら、俺と……いや、今はやめておこう」


「何よ、気になるわね」


「あとで、必ず言うさ。だから、勝つぞ、サクヤ」


「ええ!」


 グレイフェリア王国の王宮に招かれていた咲耶さくやとカプリスの見上げる空には、雷雲をまとった浮遊要塞が鎮座していた。二人は力強く頷き合うと、咲耶さくやはカプリスの背中におぶさる格好になり、そして、二人の体を淡い魔力の光が包んでいく。


「サクヤ、しっかり捕まってろよ!」


 カプリスの言葉に咲耶さくやはしがみつく腕の力を強めた。直後、カプリスが跳躍する。カプリスの常軌を逸した筋肉と咲耶さくやの膨大な魔力が合わさった跳躍は、まるで大爆発を起こしたかのような衝撃波を生み、グレイフェリア王国の歴史は幕を閉じた。


 月夜の光に照らされて、腕を組んだ筋肉男が錐揉み状に回転しながら星空の下を横断する。浮遊要塞から放たれる魔力粒子砲が二人を襲うが、筋肉と魔力が一体となった今の二人を止められるものなど存在しない。


 そのままの勢いで浮遊要塞に突撃した二人は、壁に大穴を開けて魔王ブルートの目の前に降り立った。結論を言ってしまうが、魔王は倒された。しかし、その戦いは凄まじいものだった。

 炎の魔槍レーヴァテイン雷神の鎚ミョルニルといった最上級に分類される攻撃魔術を扱う魔王を前にして、カプリスは傷付きながらも一歩も引かなかった。そして、カプリスが繰り出したモストマスキュラーという技で、魔王の体は崩れ去ったのである。



 ついに、私は世界を救済することに成功した。女神トレーネとの協力によって為し得たことであるが、とにかく嬉しい。早速、転生執行官を取りまとめる女神転生本部に報告を入れた。ああ、これで特別手当をもらったら、どこへ旅行に行こうかな。


 だが、本部から送られてきた返信に私は愕然がくぜんとした。世界救済を認められない、と書いてあるからだ。どういうことかと思ったが、理由も添えられていた。……セントウラネルド王国とグレイフェリア王国の消滅、および、世界各地の街や村の半壊や全壊による被害甚大、……人類の数が三割まで減少、原因は筋肉と魔力の……ぐぬぬ、魔王め。




「これで、終わったのね」


「ああ、……サクヤは、これからどうするか、何か考えてるのか?」


「うーん、特に何も考えてなかったなぁ。ゆっくりと世界を見て回るのもいいし、世界中の温泉でも巡ってみようかな。カプリスはどうするの?」


「俺は、そうだな……。サクヤ、ちょっといいか」


「ん、なに、カプリス」


「サクヤ、俺と、……俺と一緒に、生きてほしい」


「カプリス……」


 星空の下、ふたつの影が重なり合った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る