この素晴らしい世界に、少し不思議な話を。

貞子 ~呪いの手落下~

「連れてきた子供」




うちのパーティーには、女神がいる。




女神というだけあって、アンデッドやら悪魔やらにはメチャクチャ強い。




大抵のアンデッドや悪魔は、アクアの魔法一発で浄化してしまう。




そりゃ魔王幹部やらには、さすがに一発とはいかないけれどさ。




それでも、対アンデッドになれば、頼れる存在だ。




当然ながら、あいつは、そういった存在も普通に見える。




俺たちには見えないもの。でも、あいつには見えちまう。




あいつによると、この屋敷にはな、

貴族の隠し子だった幽霊がいるらしい。




悪い子……いや、悪い幽霊じゃないって理由で、徐霊はしていないらしい。




そんな、慈悲深いなんちゃって女神、アクアやめぐみん、ダクネスと一緒に暮らすようになってからの話。























冒険者ギルドで飲んだ帰りから、話は始まるんだけどさ。




ほろよい加減で、一人で帰り道を歩いていたんだよ。




日は沈みかけており、人は少ない。




どこかの家から、魚を焼くいい匂いがする。

そろそろ晩御飯の時間か。




一度日が落ちると、暗くなるのは早い。

本格的に暗くなる前に屋敷に帰りたい。

その一心で、帰り道を急いでいた。




急に、右足が思うように動かなくなる。

擦ってみるが、痛みは無い。




足の違和感。しかし思い当たるふしはあるんだ。

この間、クエストで体を横から真っ二つにされたんで、そんときの後遺症だろうな。




死んだときの記憶を思い出しただけで、嫌な気持ちになる。




ほろ酔いでいい気持ちだったのに。




何回経験しても慣れないこの気持ちを抱きながら、うまく動かない足を引きずっていった。



















「あんた、なに子供つれて来てるのよ」




食事の支度を手伝っていたアクアが、振り向きざまにそう言った。




「え? まじ?」




振り向いたけど、誰もいない。




それを聞いためぐみんは、まるで見たくないというように、俺に背を向けた。




「いきなり怪談とか、やめてくださいよ。

そういうのはもう少し明るいときにお願いします」




チラッと表情が見えた。

嫌なんだろうな、顔をしかめている。




「大丈夫よ、めぐみん。

その子は悪い幽霊じゃないから」




「いえ、そういう問題じゃないんです。

あのですね、もう夜なんですよ。幽霊とか、私はそういう話、あんまり得意じゃないのです」




「大丈夫だって、そのうち帰るわよ」




「だめです、今すぐ帰ってもらいましょう。……それか、連れてきたカズマには今日だけ外泊してもらうか」




「そんな話聞いてから夜道歩くの嫌だって!」




「二人とも怖がりねぇ~

あ、ねぇねぇダクネス。徳利もってきてくれた?」




アクアの声に苦笑しながら、食事当番だったダクネスが、キッチンから出て来た。




「ほら、徳利と猪口だ。さて、これで準備できたぞ。さぁみんな席に着いて……おや?」




ダクネスが、怪訝な表情で俺を見る。





「カズマ、おまえ何を連れてきた?」





「うっそ見えんの!? てかマジいるのかよ!」




「ダクネスまでやめてくださいよ! てかダクネスも見える人なんですか!?」




「私は神に仕えるクルセイダーだからな。本職のプリーストとは違い、気配を感じることくらいが限度だが」




「なぁダクネス、子供の霊がついていたみたいなんだよ。頼むよ徐霊してくれよ」




「いや、さすがに徐霊は専門外だ。アクアに頼めばいいんじゃないか?」




「アクアが徐霊してくれないんだよ。

なぁ頼むって」




「だから言ってるじゃない、悪い幽霊じゃないんだから大丈夫だって。

ほらあれよ、ウィズの親戚の子供と思えば大丈夫でしょ?」




すでに着席し一升瓶と徳利を用意していたアクアにたいして、めぐみんはイヤイヤと首を降る。




「思えるわけないじゃないですか!

お願いですアクア、徐霊してくださいよ。アクアやダクネスは平気でも、私もカズマと同じでそういった怪談は苦手なんです。

……あれ? カズマ、どうしましたか?」




そっか、ウィズの親戚の子と思えば……

まぁ、怖くはないな。




「ちなみになんだけどさ、今いる子供の幽霊って女の子?」




「ん~、男の子だけど」




「あーそれじゃあダメだな。さっさと徐霊よろしく」




「おまえってやつは、女なら幽霊でもいいのか……」




「うっわぁ~、ひくわ~。幽霊でもいけるロリニートとか、ひくわ~」




「いやいや、それはないから!

いいか、俺の好みはなぁ、美人でスタイルの良いお姉さんだ」




なぜか目があったダクネスは、ふふんと笑う。




「そう言いつつ私を、ねっとりと、体のラインをしゃぶるように見つめてくるおまえの汚ならしい視線。

ふふっ、やはり本物は違う。さすがだな」




「たまたま目があっただけで、そこまで妄想されるとか普通にキモいんですけど」




「っ! ……今は食事前だ。そういった話は、あとでゆっくりと聞こう」




「なんですか、この人たちは。

怪談が始まるかと思いきや、ただ変態と鬼畜ロリコンの性癖が明らかにされただけの虚しい会話が始まっただけでした」




「そんなことより、せっかくの熱燗も冷えちゃうわ。早く飲みましょ~よ~」




「おい徐霊は……あーもういいわ。腹も減ったし、メシにしようぜー」




「カズマはそれでいいのですか?」




「なんか、こんな馬鹿話してたら霊とか気にならなくなってきた。

よく考えてみたら、首無しデュラハンとかリッチーとかヤバイものと会っているのに、今さら子供の幽霊とか」




「まぁ、そうですね。

それにしてもせっかくの怪談も、ここまでかき回されると台無しですよ」




こいつらと話してると、怪談が怪談に成らないんだよなぁ。子供の幽霊とか、もはやどうでもよくなってきたし。




席に着く前に、アクアが一言。




「いい加減カズマから離れなさいな」




そう言った瞬間、右脚がすっと軽くなった。




そっか、今まで足にしがみついていたのか。




こういうのは、深く考えちゃいけない。




ここはデュラハンやらリッチーやらがいる世界。当然、幽霊だって存在する。

日本では勘違いとか気のせいとかで済ませることができたけど、それができないんだ。




今は夜、これから先は寝る時間なんだ。

考え過ぎると、眠れなくなる。



















その後はとくに何事もなかった。




食事、食後の団らん、入浴まで。

いつもと同じような会話、雰囲気、空気。




アクアやダクネスが自室に戻るまで、俺も幽霊とか忘れていたんだ。




めぐみんが「それでは、おやすみなさい」と声をかけるまで。




この広い空間に一人にされると考えたとき、無性に怖くなってきた。




「なぁめぐみん」




「なんですか?」




「その……今日の幽霊騒動についてなんだけとさ」




「言わないでください、いま私は寝ようとしているんです。せっかく忘れかけたんですから、眠れなくなりそうなこと言わないでください」




「結局さ、あの子、なにがしたかったのかな? それが一番怖くないか? 悪霊から命狙われるとか、そういうんじゃなくてさ。

なにがしたいのかわからない、勝手にやって来て、気づいたときにはいなくなる。そういう考えても理解できない幽霊って、不気味だよな」




「カズマ、おやすみなさい!

明日も良い一日でありますようにっ!」




もう聞きたくないとばかりに、耳を塞ぎつつ走り去っていった。




「前から思ってたんだけど、怖がるめぐみんって、たまんないよな」




めぐみんの自室の方向から、ばたんと扉を閉める音を聞きつつ、一人しみじみと呟いた。




さて、めぐみんいじって怖さも軽減したし。

眠くないけど仕方ない、もう寝ますか。




今日は夜更かしする気がおきない。

夜中に起きることがないよう、俺は就寝前のトイレを忘れずに済ませてから、部屋に向かった。


















そろそろ寝ようかと思っている頃、誰かが扉をノックする。




扉の外からは、ダクネスの声。




「カズマ、まだ起きているか?」




「起きてるよ、鍵は空いてるから入ってこいよ」




「ーー夜分失礼する」




「そんな薄着で何しに来たの? エロい格好で来られてもさ、俺どうすりゃいいの?

そんなに俺との子供が欲しいの? いいよ、作っちゃう? でも一夜だけの関係で的中するとは思えないから、これから毎晩仕込むことになると思うけど、いいよな?」




「開口一番どうしてそういう話になる! 仕込むとか、セクハラも度が過ぎているぞ!

ーーほら、さっきの子供の霊の話だ」




「いや、この夜中にそんな怪談もってこられても迷惑なんだけど」




「別に怪談をしに来たわけではない。少しだけ様子を見に来ただけだ」




「俺、怪談で眠れなくなるほど子供じゃないし」




様子見ってなんだよ、おまえ俺の母親かよ。




するとダクネスは、なにやら納得した様子でニヤニヤと笑いだす。




「あぁなるほど、いま幽霊なんて思い出したら、怖くて眠れなくなるかもしれんしな。

さきほどのセクハラも、そんな馬鹿な話でもしないと、怖くて仕方なかったんだろう?」




「いやそういうわけじゃ」




「ふふっ、かわいいところもあるじゃないか。ほら気にするな、幽霊というのは誰だって怖いものだからな。だからな、恥ずかしいことじゃないんだぞ」




「だからそうじゃないから!

てか、おまえホントに何し来たんだよ!」




「いまだに屋敷から離れない子供の霊のことが気になってな。

今はどこにいるのかわからないから、こうしてカズマの部屋に来てみたんだ。

もしかしたら、いるかもしれないと思って」




「は? まだいんの?」




「ああ、気配を感じる」




「マジか~……。

なぁダクネス、このまま一晩だけ話し相手になってくれないか?」




「さすがに一晩は厳しいな。今でさえ、少々眠気を感じてるんだ。まぁ少しならいいぞ」




「もしかしてさ、わりとヤバい幽霊だったりする?」




「そこまではわからん。クルセイダーにわかるのは、霊の気配を感じるくらいだ。

この霊は無害だと言うアクアを信用しよう」




そう言うと、ダクネスは俺のベッドに座る。




隣に人がいるだけで、安心感を感じた。

いや、これはダクネスだからこんなに安心できるんだと思う。




めぐみんやアクアが隣にいても、たぶん安心感を得ることができるんだろうけど。




なんていうか、ダクネスが隣にいると何があっても大丈夫だって思える。

さすが、仲間を守ることに特化したクルセイダーだ。安心感が半端じゃない。




変な恐怖心は消え、心にも余裕が生まれる。

その安堵から、なぜか身構えていた姿勢から、身を楽にしたくなる。




ベッドに仰向けになり、天井を眺めた。




「しかしアクアも変わったよな。

昔さ、ウィズを隙あらば浄化しようとしていただろ。それに比べて今は、屋敷の幽霊やら今の幽霊やら見逃すこともある。

今回に至っては野良の幽霊を見逃すとか、寛容過ぎるだろ」




「昔と比べると、アクアも丸くなった印象だな。やはりウィズの影響は大きいと思う」




「だよな~。なんていうかさ、アンデッドというか幽霊って、もっと怖いものだと思ってたよ」




「まぁ、ウィズ以外のアンデッドは恐ろしい存在には違いないぞ? 人間と敵対するモンスターだからな」




「そりゃそっか」




こうして横になっていると、しだいに眠気が出てくる。

ダクネスの声が、まるで子守唄のように聞こえる。




あいつ、外見だけじゃなく声も綺麗なんだよな。




その声がまだ聞きたくて、雑談を終わらせないように続けた。




「やっぱりアクアの言うとおり、連れてきた子供の霊っていうのも、悪い幽霊じゃないのかもな~」




「まぁ、そうだろう。あのアクアが徐霊しようとしないんだからな」




「てかさ、ガチな幽霊って見たことないかも。この世界のゾンビやゴーストって、俺たちの目に見えているだろ。

そう考えるとさ、日本的なホラーテイストの幽霊っているのかな?」




「ん? そのニホンというのはなんだ?」




あぁそうか。

日本を知ってるのはアクアと異世界移住者くらいだった。




「そのうち説明するわ」




「ん、そうか。

ゾンビやゴーストの話だったな。それらはモンスター化しているから見えるのだろう。

ただ、一般的な霊は普通なら見えない。

死は、別れを意味する。死者は、帰ってこない。蘇生魔法というのは、死者ではなく死者になろうとしている者を復活させる魔法だ。

生者の目に見えてしまう死者、生者に語りかけてくる死者、それらはもう人ではない」




ふと、最近お世話になったアクアの魔法を思い出す。

アクシズ教の蘇生魔法リザレクション。

リザレクションの英和訳は、たしか復活か。




「さすが神に仕えるクルセイダー」




「ふふっ、茶化すな」




そこで、大きなあくび。

なんだかんだで話し込んでしまったな。

いい感じに眠くなってきた。




この辺で、お開きにしよう。





「そろそろ寝るか~」





「ん、そうだな。あとは大丈夫だろう。私も、もう部屋に戻ることにするよ」





ダクネスはベッドから立ち上がり、軽く背伸びをする。

普段はあまり夜更かしをしないんだろう、かなり眠そうだ。





ビビりな俺のために起きていてくれたことへの素直な感謝を胸に秘めつつ、代わりに軽い冗談が口から出てきた。





「は? 一緒に寝ないのか?」





「まったく寝るわけないだろうが。

ーーあっ」





ダクネスの表情が変わる。






表情にはわずかに強ばり、目には戸惑いの影が見える。






「なぁカズマ、さきほど一般的な霊は見えないと言ったが……。

その、私たちのような生者にも見えてしまうことがあるんだ」






おい待てよ。最後の最後で、そんなこと言うなって。






霊など見えない俺は、鎌首を持ち上げた恐怖心を振り払うつもりで言う。






「はぁっ? おまえ今さらになって怪談はじめるのかよ!」






「いや、怪談というわけじゃないんだが……」







ダクネスは、指を差す。








「そこにいる」







窓から長く垂らしてあるカーテンが

子供の形にふくらんでいた。


















ーーー




読んでいただき、

ありがとうございます。



元ネタは、「連れてきた子供」です。





もし今後も描くことがあれば、

そのときはよろしくお願いいたします。

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