5-4 男は語り始める

***


 俺はね、あぁ、まずは自己紹介からかな。名前は――、本当の名前は『コフカ』っていうんだ。でも、三年前から『ブラッド』って名乗ってる。どっちで呼んでくれても良いよ。それとも、君が新しい名前をくれても良いけど。


 ああ、まぁ、そんなに睨まないでよ、白熊くん。君とは……初対面だったよね?


 俺がここに来たのは十年くらい前だったかな。その時は、小さい女の子と婆さんの魔女がいてさ。君は……その時の女の子だよね? いやぁ、まぁ、可愛らしく成長したね。欲を言えばもうちょっとヴォリュームがあっても良いんだけど。


 いやいや、だからさ。いちいち警戒しないでよ白熊くん。話しにくいなぁ。こういう性格なんだよ、俺。ごめんって。



 でね、ええと、どこまで話したっけ?

 ああ、そうだ。その時俺がこの小屋に来たのはね、本当に魔女ってやつがいるのかなっていう好奇心だった。もし本当に絵本の通りの魔女がいて、薬の材料にされちまうんだとしても、良いかなって思ってたんだ、その時。


 俺さ、死のうと思ってたんだよ。


 で、冥土の土産に魔女の顔拝んどくのも良いかなって。まぁ、もし全然おっかなくない魔女だったらさ、どうせ死ぬ気だったから、魔法ってやつでいっそ自分をガラッと変えてくれたりしねぇかなぁって思ったりもして。


 そんで、ここに来たらさ、拍子抜けするくらい何か普通の婆さんなわけよ。

 飯食ってけ、なんてさ。俺、そんな優しい言葉なんてしばらくぶりでさ、情けないけど、ちょっと泣いちゃってさ。そしたらその女の子……、まぁ、覚えてないんだろうけど、君がさ、ハンカチを差し出してくるわけ。そんなことされたらさ、もう止まらないわけよ、涙。


 結局、飯ご馳走になってさ、それもあったけぇし、すげぇ美味いの。

 何でだろうって思ったね。俺の身の回りにはこんなあったけぇもん食わしてくれる大人なんていなかったしさ、泣いた時に背中擦ってくれる女の子なんていないわけ。

 俺の飯って、冷めてのびたぐずぐずのマカロニとか、味のねぇスープとかなんだよな。まぁ、食わしてもらえるだけ感謝はしてたけど。


 で、何をどう話したかなんて覚えてねぇけど、婆さんは、ちょっと待ってなって言ってどこかに行っちまってさ。その間、君と遊んだんだぜ。トランプだったかな。何かカードゲームしたな。これでも年上だし、わざと負けてやったりもしたんだぞ? 覚えてねぇって? だろうな、わかってる。


 婆さんはたぶん二時間くらいで戻って来てさ、もう半分寝かかってた君を寝室で寝かしつけてから、グラスに入った薬を勧めてきたんだ。



「これを飲んだら、飲む前のあんたには戻れない。それでも良いかい?」



 婆さんはそう聞いてきた。

 その後のことはちょっとおぼろげなんだが……。

 まぁ、この身体になったってことは飲んだんだろう。気付いたら俺は見知らぬ場所にいるんだ。辺りを見回してみたけど、小屋はなかった。振り向くと足跡はあるんだが、運悪く雪が降ってて、たどることは無理だった。俺は、自分の村に帰ることも出来ず、ただひたすら歩いてた。



 ――一体、何の薬を飲んだの?

 ――さすがマァゴだよね。二時間で作れちゃうなんて。



 実は、俺もよくわからないんだ。正直検討もつかない。だから、会ってちゃんと聞きたいと思ってさ。まぁ、恨んじゃいないよ。俺の願いは叶ったんだから。何せ、俺はガラッと変わったからな。



 ――どんな症状が出てるの?



 俺ね、まぁこうやってお茶飲んだりはするんだけどね、味覚が無いんだよ。ただ、良い香りだなってのは感じる。嗅覚はあるからね。でもね、三年前にわかったんだ。唯一味がわかるものがある。



 ――それは……何?



 血だよ。人間の血。


 ああ、ちょっとちょっと落ち着いてよ、白熊くん。俺はその子の血を飲みたいなんてまだ一言も言ってないだろ? もぅ、その子が大事なのはわかったってば。ほら、座って座って。おっかないから睨まないでって。


 それに気付いたのはたまたまだったんだよ。

 その時付き合ってた子がさ、ちょっと不器用な子でね、料理してはよく指を切ってたんだ。いつもは事後報告で絆創膏を貼った指を見せてきてたんだけど、その時はたまたま俺が近くにいた時に切っちまったんだ。

 それで、大丈夫か、って思わず彼女の指を咥えたんだよ。もちろん、止血しようとしてだけどな。


 でも、その時に違和感があったんだ。ちゃんと味がある。こんな身体になる前に自分の血を舐めたことはあるけど、そういう味じゃないんだよなぁ。まぁ、これはたぶん俺にしかわからないと思うんだけどさ。


 彼女には病気で味覚を失ったって言ってたんだけどさ、まさか血だけは味がわかるから舐めさせてくれ、何て言えるわけないだろ? でもさ、一度味を知ってしまうと、もう耐えられないんだよなぁ。彼女が指を切るたびに何だかんだ理由つけて舐めてたら気味悪がられて振られちゃった。


 でさ、俺、全然腹が減らないんだよ。

 それも薬の効果なんだと思うけど。どれくらい食わなくても平気なのかなぁって試してみたんだけどさ、十日は持ったな。

 いや、空腹感はないんだけどさ、さすがに調子が悪くなっちゃって。無性に血が飲みたくなっちまうんだ。


 で、いまはとりあえず五日に一食、味のしねぇもん適当に食って過ごしてる。それでも少しは気が紛れるから、何とか我慢してたんだ。だってさ、人の血を飲むなんて、人間のすることじゃねぇだろ?


 たださ……、最近になって、どんなに飯を食ってももう自制が効かなくなってきてるんだ。血が飲みたいんだ。それで、近くの街でちょっと……。



 ――成る程、ゴラゴラの街のドラキュラって、あなたのことだったのね。

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