補正

ピローン♪

携帯デバイスに、小さな効果音とともにアラートが表示される。

「宅配便が届きました」

きた!

カズミはわくわくしながら玄関までダッシュ。ボックスに届けられた荷物を早速回収する。

部屋に戻り、いそいそと包装をひっぺがすと、中から出てきたのは一枚のコート。

「これよこれ」

持ち上げて目の前で広げる。

ぱっと見た感じは、まあ普通のかわいいコートだ。

でも、これはどこにでもある普通のコートではない。

表面を薄く覆う、なんだか不思議な光沢。そして襟のあたりにぶら下がった「光学補正機能つき」のタグ。

何を隠そうこのコートは、「光学補正」という最先端のすんごい機能を秘めたコートなのだ。


「光学補正」というのは、最先端のナノなんとかいう素材で光を屈折させ、体型を補正してくれるっていう機能。

仕組みは難しくてよくわからないのだけど、たとえばメガネを前後に動かすと目が小さく見えたりするのと同じように、光の屈折をうまく使って体のラインを変えて見せることができるっていう……要するに最先端技術を使った究極の着痩せ服って感じ。

最近一部の人の間で話題沸騰中で、本当に手に入れるのに苦労したんだよね……。

でも、そんな苦労をした甲斐もあったというもの。なぜなら――

「これで私もこの体形からおさらば…!」

部屋の隅に置かれた鏡に目を向ける。

そこに映し出されるは、お世辞にもスリムとは言いがたい自分の姿。鏡さん相変わらず容赦ない。

この太ましさ、何割かは遺伝的なものらしい。

実際、親兄弟もみな少しふっくらしているし、骨格もちょっとがっしりしてる。ちょっと食べるとすぐに太るし、運動などがんばってもなかなか痩せない。

おかげで可愛い服は似合わないし、学校でも時々男子にバカにされたりする。

こればっかりは親を恨みたくもなる。

「そんな私のためにあるような服よね」

カズミは胸を踊らせながら、早速コートに袖を通してみる。

携帯端末でアプリを立ち上げて、コートとペアリング登録。鏡を見ながら、補正のレベルを調整する。

腰回り、全体的な体のラインなどスライダーを動かして少しずつ調整していってみると……。

「……!!」

その効果はもう驚くしかなかった。

鏡に映った自分の姿が、みるみるうちにスリムになっていく。その上、正面から見ても横から見てもどこから見てもまるで違和感がない。

リアル3Dフォトレタッチ、なんて言われて一部の人には詐欺扱いされたりするのも納得だ。

「すごい……」

さすがに身長を伸ばしたりはできないので、「9等身スレンダー美人」とかにはなれないけど、少なくとも体のラインは自由に調整できる。

胸を大きく見せたりもできるけど、さすがにこういうところの補正は憚られるかな…。

なんにしてもあまりやりすぎるとすぐにバレそうだし、急に痩せたりしたらみんなに心配されたりもしそうだし。

コートは脱ぐこともあるから、過剰にやるとおかしなことになるし。

違和感のない範囲で「少しやせたかな?」レベルの補正を加える、くらいにして様子を見てみることにした。


翌日。

「あれ、カズミ、痩せた?」

光学補正コートを着て学校に行ってみると、その効果はテキメンだった。目ざとい女の子達にすぐに取り囲まれる。

「え、そう?」

あら意外、みたいな顔で返事をしながらも内心ちょっと嬉しい。まあ、実際のところは痩せてはいないので、少し複雑な気持ちもなくはないのだけど。

「ダイエット?」

「あー、うん、ちょっと運動とか……」

運動なんてしてないけど、さすがに「光学補正」だとは言いづらいのでそれっぽい事を答えておく。

「いいなぁ…私最近ダイエット頑張ってるのに全然痩せなくてさぁ」

「私もー」

「どんな運動してるの?」

とダイエットトークに花が開く。

いつもは私の事に気を使ってくれてるのか、ダイエットがらみの話題は控えめなので、なんだか新鮮。

っていうか、みんな私に比べたら全然太ってなんてないのに、ダイエット情報にこんなに目をキラキラさせててなんだか不思議だ。

私が思ってた以上にみんな悩んでたり、密かにがんばっていたりするのかもしれない。


そんなこんなも含めて、ちょっと体型が違って見えるだけでも、周囲の反応はまるで変わった。

何より毎度バカにするような事を言ってくる男子達がバカにしてこない。

ないならないでちょっと物足りないものね……ってそんな事を思える日がくるなんて。


別に中身は変わってない。変わってないのだけど、周囲の扱いが変わると、なんだか自分が別人になったような気分。

服装やメイクにうるさい友達が、「ファッションって男の子にモテるためにするわけじゃないから」って熱弁してたけど、やっとちょっと意味がわかった気がする。

いい服を着て、お化粧も頑張って、綺麗になって。

自分で自分を磨くことが、周囲のムードを変え、自分自身の気持ちも変える。

これまでの私は、ずっと体形のことばかり気にして、どうせ磨いても大したことないからって、綺麗にしようとしてこなかった。

それってなんだかもったいない事をしてたのかもしれない。


そんな事にも気づけたし、さらにはストレスとかコンプレックスみたいなものから少し開放されたからだろう。

笑顔も増え、肌にハリも出てきて、「カズミ、なんか綺麗になったよねー」「ツヤツヤしてる」なんて褒められることも次第に増えていった。


それからはバイトも頑張って光学補正の服を増やして。

美味しいものをいっぱい食べて、おしゃれもして。

何もかもが順風満帆で、とても人生がキラキラしているようなカンジ。

ファッションすごい。

光学補正すごい。



でも、そんなキラキラした日々も、ずっと続いてくれるわけではなかった。

異変に気づいたのは、光学補正の服を着はじめてから半年ほど経った日のこと。


なんだか最近おかしい。

体が重い。

妙に疲れやすい気がする。

息も切れるし、動悸も激しいし。

嫌な汗もかく。


最近友達に「なんかカズミ、最近ちょっと顔パンパンなカンジじゃない? 大丈夫?」って心配されたけど、あれも関係あるのかな。

何か悪い病気にかかってしまったのだろうか。

カズミは不安になって、医者にかかることにした。


一通りの検査を終え、医師と対面。

恰幅のいい初老の医師は、検査結果を見て、数度聴診器を当て、

「ふーむ。なるほど…これは」

お医者さんの表情がほのかに歪む。

カズミはドキドキしながら次の言葉を待つ。


「……ただの肥満ですね」

「え……?」

「最近、体重計乗ったのいつ?」

そういえばこのところずっと乗っていない。

「光学補正の服を着ないで鏡を見たのはいつ?」

太い自分はあまり見たくないから、光学整形の調整の時以外は鏡は見ていない。

言われてみれば、お風呂に入る時、前より少し太ったような気はしていたのだけど……。

「そこに鏡あるから見てごらんなさい」


恐る恐る鏡を覗く。

「……!」

そこには光学補正の服を買う以前よりもだいぶふっくらした自分の姿。


「わかったかな?」

お医者さんは、はぁ、とひとつため息をつきながら言った。

「最近多いんだよねぇ……隠れ肥満」

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