すこしフューチャー

中谷干

選択肢

ピローン♪


携帯端末の通知音が響く。

……ったく、映画見てる時に……。

少し面倒に思いつつ、VR映画の映像空間にARオーバレイ表示された携帯に手を伸ばす。

僕の携帯端末はVRゴーグルとペアリングしてあるので、VR空間上でも必要な時は端末の置いてある場所がわかる。端末の画面もVR上で確認できるので、VRゴーグルをわざわざ外す手間がない。

画面を一瞥。メッセンジャーの通知だ。この気の抜けたアイコンは……タカシからか。

通知をタップしてメッセンジャーアプリを立ち上げると、そこにはフキダシの形をした枠の中に、『今ヒマ?』というタカシからのメッセージ。

そのすぐ下で「?」マークを漂わせながらうねうね動いているのは最近急に流行りだしたB級キャラのスタンプだ。こういう流行り物をすぐ取り入れてくるあたりがタカシらしい。


スタンプのさらに下には、「ヒマってほどはヒマじゃないけど、どした?」「まあね」「ごめん、ちょっと立て込んでる」とラベルされた3つのボタンが表示されている。

僕はその中から「ヒマってほどは…」を選んでタップ。即座に僕のメッセージとして送信された。

この3つのボタンは、僕の端末の人工知能が「僕がいま一番したそうな返信」を自動生成して選択肢にしたものだ。

僕が返信したいと思う内容と合うものがあれば、選んでタップするだけで返信ができる。文字の入力が要らずスピーディに返信ができるので、お気に入りの機能の一つだ。


携帯端末でのメッセージ入力が面倒なのは今も昔もそんなには変わってない。

いや、昔に比べれば指での入力も音声入力もだいぶマシになったとは思う。それでもやはり頭で考えるよりはずっと遅いし、早く入力するのにはそれなりの技術もいる。ブレイン・マシン・インターフェースの時代になればその辺綺麗に解決するって噂だけど、まだまだ実用化には時間がかかるらしいし。

だからこうして人工知能の力で、「僕が入力しそうなこと」を選択肢にしてもらえるのはとてもありがたい。

これなら何も入力せず、ただ選ぶだけ。しかもだいたい僕が選びそうなものが一番最初に出るので、毎度返信がとてもスムーズだ。


ちなみに候補に出てくる返信は、僕が人工知能と共有してるたくさんのデータを元に生成されている。

返信する内容は、僕の性格や、これからのスケジュール、今のバイタル/メンタルの状態、相手との関係性などを元に。

言葉選びは、僕がこれまで書いたメッセージやメール、電話、SNSでのやりとりなどを元に。

だから、僕の気分や意思と違うものは滅多に出てこないし、僕が使わないような言葉も出てこない。だいたいいつも僕が考えて書こうと思った内容が、そのまま候補としてそこにある、という感じだ。

さらに言えば、ほとんどの場合、一番最初の候補が自分の返したい内容になっている。


……ので。


「タカシには悪いけど……」


メッセンジャーのメニューを開く。

メニューの中から「自動返信モード」をタップ。

メニューが閉じられると、メッセンジャーの画面では「自動返信モード」という表示とともに、僕が何も操作しないのに僕とタカシのメッセージのやりとりが始まった。


自動返信モードにすると、人工知能が僕が一番しそうな返信――要するにさっきの3つの返信の一番最初の選択肢だ――を自動で返してやりとりしてくれる。

人工知能だけではどうしても判断できない時だけは通知で教えてくれるけど、長らくたくさんのアクティビティを共有している人工知能なのもあって、そんな機会は滅多にない。


もちろん人工知能任せにするのはあまり褒められた行為ではないし、バレると相手に嫌な顔をされる事もある。

でも、それで怒られたり嫌われたりするようなことはない。失礼だとかそんなことも思わない。みんな普段から「相手は自動返信モードにしているかも」くらいのことは織り込んだ上でやりとりしているし、人工知能が返信したからってその内容が信頼に足らないとかそんなことも思わない。相手の事を誰よりも――時には本人以上に――よく知る人工知能が返信をしているのだ。相手の言いたいことを正しく伝えていると思っていいと思う。それくらいは人工知能も信頼されている。


とはいえ、まるっきり人工知能に全てを任せるのも少しくらいは不安だし、何より会話する楽しみがなくなってしまうので、普段だったら僕も普通にやりとりするのだけど。

今回は大好きなVR映画を見ている時に連絡してきたタカシが悪い。うん、奴が悪い。


しばらくすると、端末から会話が終わったことを知らせる通知音が鳴った。

キリの良いところで映画を一時停止して、人工知能が要約してくれた会話ログをささっとチェックする。

「お、明日は鎌倉に17:00集合ね。楽しみだな」

どうやら遊びのお誘いだったらしい。

人工知能の自動でのやりとりで、明日タカシ達と遊ぶ予定が決まったようだ。

人工知能は僕の予定も当然把握しているし、僕のバイオリズムや心の状態、僕のしたいこと、会いたい人もだいたい把握している。だから望まないような予定が入ることは滅多にない。万が一望まない予定を入れられてしまっても、それを人工知能に伝えればすぐに相手の人工知能との間でカドが立たないように調整してくれる。

だから僕はこうして好きな時に邪魔されることなく映画を楽しむことができるし、好きなことのために友達との関係を犠牲にする必要もない。まったく人工知能様様だ。そんなことを考えながら、僕は再び映画の世界にダイブした。


◆ ◆ ◆


映画がエンドロールを迎える。

さすがこの監督は毎度いい作品を作る。こういうの好きだったはずだし、明日タカシに会ったらオススメしておこう。

映画の後味を噛み締めながらググッと伸びをすると、VRゴーグルの視界がARモードに切り替わり、自分の部屋の様子がフェードインしてきた。

窓の外は快晴。部屋は明るい光に満たされている。

ゴーグルを外してもう一度伸び。VR映画は毎度刺激的だけど、長い時間じっとしているのはやはりちょっと疲れるし、次は体を動かすアトラクション型の作品でも観に行こうかな。そんな事を考えていると、キッチンのほうからコーヒーメーカーの動作する音が聞こえ、コーヒーのいい香りが漂ってきた。

さらに横のスクリーンでは、人工知能が気を利かせて同じ映画を見た人の感想や分析なんかをネットから集めて表示してくれている。

映画を観た後、コーヒーを飲みながら色んな人の感想を見るのは僕の大好きな時間のひとつ。さすが僕の人工知能、気が利く。

キッチンにコーヒーを取りに行ってひと啜り。この味と香りはキリマンジャロか。ワイルドなアクション映画を見た後の気分にはバッチリのナイスチョイスだ。

机に戻り、ネットの皆の感想を読んでみる。予想通り概ね好評みたいだし、今回も大ヒットになりそうだ。

もちろん読むだけじゃない。僕も自分なりのレビューを書いて投稿。こうしてレビューを書く時も、人工知能が「僕が書きたそうなレビュー文」を候補に出して補助してくれる。時々はお節介に感じる事もあるけど、自分ではうまく言葉にできないような時にはそこを補ってうまく言葉にしてくれたりもして、自分の頭を整理する意味でも本当に助かる。

書き終わり、投稿完了するタイミングを見計らったかのように、スクリーンの右端に受験を考えているVR映画学科のある芸大の受験要項と、在校生のライフスタイルなんかの情報が表示された。いずれこの学校に入って、自分もあんな映画を作ってみたいものだけど……まだまだ遠い夢物語だな。


さて、と。

窓の外に目を向ける。まだ日は高い。

タカシのお誘いで明日の予定は決まったとして、今からどうしようか…。

ふと人工知能に尋ねる。

「僕のしたい事って、なんだろう」

「あなたのしたい事は――」

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