番外編 魑魅魍魎02



「ここって、初めて訪れる異世界なんでしょうか?」

 周囲を見回しながら、香住ちゃんが問う。

 それに釣られるように俺も周りを見てみるが、見えるのは豊かな大自然のみ。人工物なんて何も見えない。

「ひょっとしたら、瑞樹たちのいる『もうひとつの日本』の過去の時代じゃないかとも思ったんだけど……」

 ほら、先ほどは〈鬼〉みたいな怪物とも遭遇したしね。だけど、あれが〈鬼〉なら俺たちに襲い掛かってくるわけがないんだよな。

 〈鬼〉は刃物を持つ者には近づかない。それが『もうひとつの日本』の常識なのだから。

「だとしたら、ここはどのような異世界なのでしょうか?」

 ミレーニアさんが首を傾げながら言う。うん、それは俺も気になっているところだね。

「おそらくここは、初めて来た『小世界』……〈過去の日本に酷似した『小世界』〉だと思うんだ」

 俺は先ほど出会ったダイカクという人をちらりと見ながらそう言った。彼が身に着けている衣服や剣などからして、時代的には平安辺りだろうか?

「どうしてそう思われるのですか、シゲキ様?」

 ミレーニアさんの質問に、俺は自分なりの考えを答える。

 俺たちはこれまでに何度も、セレナさんたちのいる「近未来世界」に行ったことがある。だけどあそこは俺たちがいる世界の未来ではなく、「近未来世界」という異世界であり、時間を超越したわけではないと考えている。

 だとしたら、「日本の過去に酷似した『小世界』」があっても不思議ではないだろう。

「なるほど……言われてみればそうかも」

「それに、店長も今はまだ聖剣は時間を越えることができないって言っていたしね」

 やがては聖剣も時間を越えることができるようになると店長は言っていた。だけど、今の段階ではまだ無理だとも言っていたっけ。

 果たして、聖剣先生が時間さえも超越するのはいつのことやら。俺としては、その時がちょっと楽しみなんだよね。

 とまあ、そんなことも合わせて考えた結果、ここは「過去の日本に酷似した異世界」だと思うんだ。


◇  ◆  ◇  ◆


 シゲキ殿たちの話が終わったようだ。

 彼は自分の式神と何やら話していた。あれほどの力を有する式神を常時顕界させていられるとは、一体彼はどれほどの霊力を有しておられるのだろうか。

 不動明王の利剣に孔雀明王の衣、そして、二体の強力な式神たち。

 考えるだけで実に途方もない。正直言えばシゲキ殿こそが魍魎の類なのではと疑いもしたが、これだけ神々しくも希少な品を持つ者が魍魎のはずがないと判断した。

 以上のことを考えるに、シゲキ殿はそくではなく極めて霊力の高い陰陽師ではないだろうか。

 優婆塞と陰陽師では大きな違いだ。先ほどやつがれは彼のことを優婆塞と呼んでしまったが、謝っておいた方がいいかもしれない。

 優婆塞と陰陽師は仲が悪い場合が多い。優婆塞を陰陽師と呼んだり、その逆に陰陽師を優婆塞と呼んだりした場合、激怒することも珍しくはないのだ。

「シゲキ殿、誠に申し訳ありませんでした。シゲキ殿は優婆塞ではなく陰陽師だったのですね」

「は? え? お、陰陽師……? い、いやいや、俺はそんな大層なものじゃありませんけど……?」

 きょとんとした顔をするシゲキ殿。いやいや、ご謙遜を。あなたほど霊力の高い陰陽師は都でもまずお目にかかれますまい。

 いや、もしやその逆だろうか? シゲキ殿は本来都を守護している陰陽師──アシヤやツチミカドの血族に連なる者やも知れん──であり、今は何らかの理由でここにいるのではないだろうか。

 であるならば、おそらくそれ相応の理由があってのことだろう。そしてその理由とは、単なる優婆塞でしかない僕には全く関係のないことであるのは明らか。

 ここはあえて、彼がこの場にいることは問わない方向で接するがよかろう。

「して、シゲキ殿はこれからどちらに向かわれるのでしょうか?」

「そ、そうですね……特に目的地はありませんが、できれば人が多い所へ行ってみたいです」

「おお、ならば僕と一緒に都へと行きませんか?」

「都ですか……ダイカクさんさえ良ければ、是非ご一緒させてください」

 シゲキ殿は式神たちと何やら相談した後、僕にそう告げた。

 こうして。

 僕は、一時の旅の道連れを得たのだった。



 何とも、シゲキ殿という御仁は不思議な人物だった。

 常に二体の式神を限界させるほどの高い霊力を持つ一方、土地の知識や今のまつりごとの様子、そして何より、魍魎たちのことはまるで知らないのだ。

 もちろん、土地の知識などその地に住んでいる者しか知らぬことであるし、一般的な民にしてみれば政など関わることがないので興味さえないのが普通ではある。

 だが、魍魎は違う。

 貴族であろうがただの民であろうが、魍魎は脅威だ。

 そのため、魍魎が集まりやすい場所や、名のある魍魎が棲むと言われる場所には誰も近寄ろうとはしない。

 何らかの理由で旅をしなければならない場合は、入念にその土地その土地の魍魎に関する情報を仕入れ、危険な場所には近寄らないようにしながら旅をするのが常識である。

 それでも、運が悪ければ魍魎に遭遇してしまうのだが。

「なるほどー。それがこの『小世界』の常識なんですね」

「ショウセカイ……?」

「あ、いえいえ、こちらのことですよ。はははは」

 ぱたぱたと両手を振るシゲキ殿。そのシゲキ殿と様々なことを話しつつ、大地に刻まれたみちを行く。その後を、二体の式神がついてくるのだが、この式神たちは互いに何とも楽しそうに話している。まるで、本物の女のようだ。

「ところで、ダイカクさんはこんな場所で何を? 先ほどは旅の途中と聞きましたが……?」

「僕は自らを高めるため、故郷の出雲を飛び出して旅をしております」

「なるほど、修行の旅というわけですか」

 と、シゲキ殿には控えめに告げたが、僕がここまで旅をしていたのは別の理由があった。

 いや、旅に出た最初の目的は、確かに自らを高めるためだった。旅の途中、実際に僕は遭遇した魍魎を何体も追い払うことに成功していた。

 その内、僕は自分の力を過信してしまったのだろう。自分には力がある。魍魎を撃退できるだけの力が。

 その思いは日に日に強くなっていき、自分を過信する思いも徐々に高くなっていったのだ。

 それが単なる錯覚であったことを、僕は先ほど思い知った。思い知らされた。僕の隣を歩く、途轍もない力を有する陰陽師と出会ったことで。



「ここから平城の都へ向かうのであれば、葛城の御山を迂回すべきでしょうな」

 隣を歩くシゲキ殿に、僕はそう進言する。

「迂回するのは構いませんけど、何か理由があるわけですか?」

「はい。実は葛城の御山には、魍魎の主が棲んでいると言われております」

「も、魍魎の主っ!? そんな恐ろし気なモノがいるのなら、ダイカクさんはどうしてこんな所にいるんです?」

 今、僕たちがいる場所は葛城の御山にほど近い場所だ。左手に目を向ければその葛城の御山が見えているほどに。

 実際、御山に棲む魍魎の主を恐れて、この辺りに近づく者はまずいないらしい。それなのに、僕がこんな場所にいる理由。それこそが、自らの力を過信していたからだった。

 僕ならば、葛城の御山に棲む魍魎の主を倒せる。そう思い上がっていたからこそ、僕はここにいるのだ。

 もっとも、その過ぎた自信も先ほど完全に打ち砕かれてしまったわけだが。

 葛城の御山には魍魎の主が棲む。

 それは、遥か昔からある言い伝えである。

 そして、言い伝えには続きがあった。

 魍魎の主が討たれた時、全ての魍魎はその勢いを失う、と。

 そのため、昔から力自慢たちが葛城の御山に分け入り、魍魎の主を討たんとしたが……今もなお、魍魎の主が健在であることから、魍魎の主に挑んだ力自慢たちがどうなったのかは推して知るべしである。

 そんなことを言う僕もまた、無謀にも魍魎の主に挑もうとしていたわけだが、今は挑まなくて良かったと心から思っている。

「じゃあ、ダイカクさんの言う通り、葛城の山を迂回して都に向かいましょうか」

「はい、そうしましょう」

 その時だった。

 空から強大な「ナニか」が地響きを立てて、僕たちの目の前に降り立ったのは。



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