心の友よ!




 水着姿の女の子が剣を振り回す姿って、なぜか胸がどきどきするよね。

 水着と剣というミスマッチさが、男の本能を刺激するのだろうか。

 今、俺の目の前で黒いイモムシたちを斬り裂いた香住ちゃん。その姿は凛々しくも可憐でもあり、そして、水着姿ということもあってかどこか色気のようなものも感じさせた。

「え? え? あ、あれ?」

 でも、当の香住ちゃん自身は、自分が何をしたのかよく分かっていないみたいだ。

 まあ、いつものアレだね。聖剣が香住ちゃんの身体を勝手に動かしたのだろう。

 先程まで羽織っていたパーカーを脱ぎ捨てたのは、自由に動けるようになるためか。今もなお、イノとアルが香住ちゃんのパーカーを握り締めて尻餅を搗いているし。

 あの二人がパーカーにしがみついていたら、いくら聖剣でも自由に動けないよな。そこで、パーカーを脱ぐことで自由を得たのだろう。

 しかし、先程までの苦労が何だったのかと言いたいほど、香住ちゃんは簡単にイモムシたちを斬り裂いたよね?

 ひょっとして、あのイモムシたちが使っていた見えない障壁のようなもの、一定の方向にしか展開できなかったのかな? それで、俺に注意を引きつけておいて、その隙に香住ちゃんがイモムシの背後に回り込み、一気に斬り裂いた……とか?

 だとすると、納得できることではあるな。聖剣にとっては、俺と香住ちゃんを同時に動かすことは難しくないだろうし。俺を囮にしておいて、香住ちゃんで急襲するのはある意味で正解だったのかもしれない。

 勝手に囮にされたことはちょっとあれだが、香住ちゃんが囮になるよりはマシってものだし。

 しかし、この黒いイモムシたちは一体何だったのだろう?

「し、茂樹さん!」

 香住ちゃんの声に考えを中断した俺は、彼女が指差すものを見た。

 それは、先程まで俺たちが戦っていた黒いイモムシたちだ。そのイモムシたちは、香住ちゃんによって──正確には聖剣によって──縦に真っ二つに斬り裂かれているのだが……その死骸が見る見るうちに崩れ出したのだ。

 波に攫われる砂の城のように、見る見る内にぐずぐずと崩れていき、すぐに跡形もなく消えてしまった。

「あ、あのイモムシみたいなのは一体……?」

「お、俺にもよく分からないけど、例の『黒い霧』と関係しているっぽいんだ」

「え? あ、あの『黒い霧』とですか……っ!?」

 香住ちゃんも、あの「黒い霧」の恐さは身を以て知っているからね。「黒い霧」と関係があると聞いて、そのの上に恐怖を浮かべている。

「何か、根拠があるんですか?」

 あ、そうか。香住ちゃんにはあいつらの「声」が聞こえないもんね。だから先程聞こえたあいつらの「声」を、彼女は聞いていないんだ。

「ほら、前にも言ったあの『声』が聞こえたんだよ。だから、あのイモムシが『黒い霧』と関係しているのは間違いないと思う」

 そうそう、声と言えば聖剣の声らしきものも聞こえたよね。

 確か、虚無がどうとか言っていたけど……どういう意味だろうか?

「それより、少し茂樹さんの身体を見せてください! どこかに怪我をしていないか、しっかりと確認しますから」

 ちょっとムッとした様子の香住ちゃん。ま、まあ、今回は空高く打ち上げられたりしたもんなー。見ていた方とすれば、当然心配しただろう。

 ここは素直に言うことを聞こう。うん。

 け、決して、香住ちゃんの迫力に圧されたからじゃないからね! ないからね!



 背中などを中心に、香住ちゃんに怪我の具合を確かめてもらう。

 結果、身体のあちこちに擦り傷程度はあるものの、重傷と呼べるようなものはないようだ。

 もちろん、擦り傷とはいえ治療はしっかりと行っておく。あの「黒い霧」の悪影響とかあると嫌だし。

 まあ、擦り傷の大部分は空から落っこちて地面に転がったせいだけどね。

 香住ちゃんは丁寧に、俺の傷にエルフ印のエリクサーを塗っていく。一応、どんな危険があるか分からないので、エリクサーだけはクーラーボックスの中に入れておいたんだ。

「本当に茂樹さんは無茶ばかりして……私がどんなに無茶しないでって言っても、全然聞いてくれませんよね?」

「あ、ああ、あー、スミマセンです、はい……」

 手付きは優しいが、口調は厳しい香住ちゃん。これもまあ、心配させてばかりの俺が悪いんです。ええ。

「……でも、思ったよりも茂樹さんの身体って筋肉ありますね……」

 お? 気づいたかね、香住くん?

「聖剣を手に入れてから、ずっとランニングとかの自主練しているからね。少しは効果が出てきたんじゃないのかな?」

 と言いつつ彼女の方を振り向けば、香住ちゃんは頬を真っ赤にしていた。なぜに?

「え、え、え、え? そ、そそそ、そうですね! べ、べべべ別に間近で茂樹さんの身体を見てどきどきしていたわけじゃありませんじョ……?」

 い、いや、「じョ」って何さ? 噛むにしてももうちょっとこう……ねえ?

 顔を更に赤くし、あたふたとする香住ちゃん。な、何か…………今の香住ちゃん、す、すっごく可愛い……。

 うう、今すぐ彼女を抱き締めたい! で、そのままキスして、そのまま押し倒したい!

 きっと、香住ちゃんも嫌ではないはずだ。もしも嫌なら、二人きりで異世界へなんて来ないだろう。

 だけど……だけどさ!

 今はそんなことするわけにはいかないよね……。

「す、すげー……」

「す、砂浜の悪鬼と浅瀬の邪鬼を……たった一人で倒すなんて……」

 だってほら、イノとアルがじっと俺たちのことを……いや、俺のことを見ているんだ。少年である彼らの目の前で、香住ちゃんといちゃつくのはさすがにちょっとまずいと思う。

 そんな彼らの視線には、畏敬の念が込められているっぽい。先程のどこか胡散臭そうに俺を見ていた時とは大違いだ。

 どうやら、あの巨大ゴカイと巨大エイを倒すことは、相当な偉業らしい。

 あ、あれ? そういえば……ロクホプの奴はどこいった?

 ついさっきまで、イノとアルと一緒に、香住ちゃんの後ろに隠れていたはずだけど……?

「ふははははは! よくやったぞ、草……いや、人間の剣士よ! 見事、砂浜の悪鬼と浅瀬の邪鬼を打ち倒した。さすがはこの私が見込んだ人間! 我が目に狂いはなかった! ふはははははは!」

 突然、横合いから自信に溢れた高笑いが聞こえてきた。もちろん、その声の主は考えるまでもない。

 生温いものを含ませた視線を声のした方へと振り向けば、そこにはやはり奴がいた。

 黄色い眉毛のような飾り羽を、手……じゃなくて羽でばさりと跳ね上げたポーズを決めて。

「さすがは我が心の友だ! 貴様……いや、貴殿なら、きっとあの二体のじゅうどもを倒すと信じていた!」

 にこやかな笑みを浮かべながら、奴……ロクホプはとてとてと俺の方へと近づいてくると、両手──両羽?──でしっかりと俺の手を握り締めた。

「改めて聞こう、心の友よ! 貴殿の名前を我に教えてくれまいか?」

 いや、おまえ……それってどうよ?

 名前も知らない相手を友と呼ぶなっての。それとも、この世界ではそれが普通なのか?

 それに……「心の友」って言葉、どこぞの国民的アニメのガキ大将の台詞以外で初めて聞いたよ。

 まさか、実際に自分がそう呼ばれることになろうとは……しかも、その相手が人間ではなくペンギンだなんて。

 本当、世の中分からないことだらけだよね。



 あまりにも調子の良い……いや、調子の良すぎるロクホプ。そんな彼に──こいつって「彼」だよね?──俺と香住ちゃんが思わずしょっぱい視線を向けても仕方ないと思う。

 そのロクホプはと言うと、俺たちの視線にはまるで気づくこともなく、まだぺらぺらと喋り続けていた。

「しかし、見事の一言! 我らペンギーナ族でも一個師団を動員して、それでも倒せるかどうか分からない砂浜の悪鬼をたった一人で倒すとは! しかも、浅瀬の邪鬼も同時に打倒せしめている! このことは、我の口から我らが皇帝陛下に奏上すると確約しようぞ! さすれば、貴殿も名誉ペンギーナ族として我らが帝国の一員となれよう! はははは、我が心の友が晴れてペンギーナル帝国のはらからとなるのだ。こんなにめでたいことはないというものよ!」

 いや、確かにゴカイを倒したのは俺……というか聖剣だけど、エイの方は俺たちが倒したわけじゃないぞ? 気づいた時にはもう、エイは動かなくなっていたんだからさ。

 それに、名誉ペンギーナ族ってなに? ペンギンじゃなくてもペンギンの仲間として認められるってことかな?

「それに、そちらの雌もまた見事であった! 我が友と巧みに連携し、謎の黒い生き物を一刀のもとに斬り伏せるとは! その剣の腕は見事という外はない!」

 な、何か、楽しそうだな、ロクホプ。

 いろいろと問題のある奴ではあるが、こうして楽しそうな姿を見せられるとどうにも憎めないんだよな。

 見た目が愛らしいペンギンだから、だろうなぁ。

「それで? 本音は何だ?」

「わははははははは! 無論、貴様のように破格に強い力を持つ草を放置するわけにはいかんからな。適当なことを言って、我が帝国の奴隷として扱き使ってや……や、や、や、やろ……うと……?」

 うわー。

 絶対に何か裏があると思って試しに聞いてみたら、素直に白状しちゃったよ。

 ってか、こんな誘導尋問でも何でもない真っ正面からの質問に、ぺらぺらと素直に答えるのってどうよ?

「ふーん、なるほどねぇ……」

 俺は再び腰から聖剣を引き抜いた。そして、その切っ先をロクホプへと向ける。

 俺の気持ちを察してくれたのか、聖剣の刀身がばちばちと帯電し始める。よしよし、さすがは聖剣。いい仕事だ。

「おまえも砂浜の悪鬼の後を追って、転がり落ちてみるか?」

「こ、転がり落ちる……? ど、どこを転がり落ちるというのかな……?」

「決まっているだろ? おまえが転がり落ちるのは──」

 この言葉、この世界ではきっと通じないだろうな。でも、前々から一度言ってみたかった台詞なんだよね。だから、言っちゃうぞ。

「──黄泉比良坂よもつひらさかさ」

 ぱちり、と。

 聖剣に纏わり付く電気が、一際大きく弾ける。

 もちろん、本気でロクホプを殺すつもりなんてない。ただ、脅しただけだ。

 言葉の意味は分からなくても、俺の気持ちを何となく悟ったらしいロクホプは、そのまま脱兎のごとく逃げ出した。

「…………はぁ。ホントに何なんだろうな、あのペンギンは……」

 すっげぇ勢いで走り去っていくペンギン騎士の背中を見つめながら、俺は大きな溜め息を吐きつつ聖剣を鞘へと収めるのであった。



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