お宅拝見、竜の城



 さて。

 ミレーニアさんと情報交換をした俺は、ようやく周囲をゆっくりと見回してみた。考えてみれば、突然ここに飛ばされて、突然ドラゴンと戦わされて……と、周囲をよく見ている暇なんてなかったからなぁ。

 確か、ここは邪竜王の居城とか言っていたよな。で、今俺たちがいるこの場所が、その居城の中心であり、あのドラゴンの住み処ってわけだ。

 広さはかなり広い。ひょっとすると、某ドーム球場ぐらいの広さはあるんじゃなかろうか。ちなみに、俺は某ドーム球場の中に入ったことは一度もないので、あの球場の具体的な広さを実感したことはないけど。

 磨かれた石造りの床に、壁際には何本もの柱。きっと、あの柱もかなり太いと思う。今は遠目だから推測でしかないが。

 天井はかなり高く、目算では10メートル以上。そういや、さっきはあの天井近くまで飛び上がったんだっけか。

 そして、床に横たわった黒いドラゴンの身体と、でろーんと舌を吐き出している黒いドラゴンの首。うわ、また見ちゃったよ。もう見ないようにしようと思ったのに。

 の、呪われたりしない……よな?

 建物の中はかなり明るい。どうやら、天井は透明ってわけでもないのに光を透過しているらしい。どんな素材が使われているのか、見当もつかない。

 で、遠く離れたところに扉が一つ。その向こうも天井同様に明るいので、外に繋がっているんだろう。きっと、ミレーニアさんがここに来る時に開けたんだろうな。

 そういや、このドラゴンはどこからここに出入りしていたんだ? あの扉、どう見ても人間サイズだ。ドラゴンが通れる大きさじゃないぞ?

 俺が不審そうに扉を見つめていることに気づいたのか、ミレーニアさんが天井を指差した。

「あの天井は開閉式になっていて、あそこから邪竜王はここに出入りするようです。わたくしがここへ連れて来られた時、天井が開いてここに降りましたから」

 なるほど、ここは開閉式のドーム球場だったようだ。いや、球場じゃないけど。



 俺とミレーニアさんは、城の外へと出た。もちろん、あの聖剣は腰に佩いている。

 城……とは言ってもあのドラゴンの住み処があるだけであり、他に部屋なんてなかった。そのため、何となく馬鹿でかい犬小屋を想像しちゃったんだけど……あながち間違っていないかもしれない。

 眷属であるリザードマンたちは、城を取り囲むように建てられた塔の方に住んでいたらしい。塔は全部で八つもあり、その内の一つが、ミレーニアさんが幽閉されていた場所だったってわけだ。

 ところで。

 実は俺、さっきからすっげえ気になっていることがあるんだ。

 で、その気になるものを秘かに探していたんだけど……今のところ、それらしいものはまだ見つかっていない。

 ちょっとそわそわしている俺の隣で、ミレーニアさんもまた周囲を見回していた

「どうやら、邪竜王の眷属たちは完全に逃げ出したようですね。辺りに全く気配がありません」

 ミレーニアさんいわく、邪竜王の眷属たちは邪竜王とは何らかの繋がりがあるのだそうだ。そして、主である邪竜王が俺に倒されたことを、彼らはその繋がりを通して即座に感知した。

 邪竜王様が勝てなかった相手に、自分たちが勝てるはずがない! ってなことで、リザードマンたちは早々にここから逃げ出したんだとさ。

 そして、ここはこの辺り一帯のボスである邪竜王の居城。他の魔物とか野生動物は、決してここに近づかないのだそうだ。

 そりゃそうだ。あんなおっかないドラゴンの住み処に、好き好んで近づく奴なんていないだろうし。

 以上の理由から、現在ここはとっても静か。天気は良く、降り注ぐ太陽の光がとても気持ちいい。

 うーん、それより……さっきから気になっていること、ミレーニアさんに聞いてみようかな? でも、お姫様相手にこんなこと聞くのもアレだし……どうしよ?

 と、俺が内心でもんもんと悩んでいると、そのミレーニアさんが不意に俺の手を取った。

 どきりとして、顔が熱くなるのを感じる。

 も、もしかして……悪いドラゴンを倒した俺に恋しちゃったとか? ほ、ほら、ドラゴンを倒した勇者とお姫様が結ばれるのって、昔からあるパターンだよね?

 こんな天使みたいなお姫様が俺を……い、いや、待て! 待つんだ、俺! そんな都合のいい展開は物語の中だけだぞ? 女の子が助けてくれた相手を一瞬で好きになるなんて、そんなの漫画や小説の中だけだ、と大学の友人が言っていたじゃないか。あいつ、無駄にモテやがるから妙な説得力があるんだよな。

 それに、俺にはバイト仲間の香住ちゃんって心に決めた女の子が……って、勝手に俺が想っているだけなんだよなぁ。あ、ちょっと悲しくなってきた。

 そ、それに、吊り橋効果って奴は確かにあるとも言うし……も、もしかして……。

 どきどきする心臓を意識しつつ、俺はミレーニアさんを見た。きっと今の俺の顔、真っ赤に違いない。

「どうかされましたか、ミズノシゲキ様? もしかして、どこか身体の具合が……?」

「い、いや、だ、大丈夫! 大丈夫だから! あ、あはははは!」

「そうですか? ならば、そろそろ戻りましょうか」

 不思議そうに首を傾げつつ、ミレーニアさんはそう言った。戻る? 戻るってあの馬鹿でっかい犬小屋……じゃなくて、ドラゴンの住み処へ?

「はい。そろそろ出現している頃合いかと」

「出現って……何が?」

「もちろん、邪竜王の財宝ですわ」

 にっこりと笑うミレーニアさん。おお、やっぱりあるのか、財宝。

 さっきから俺が気になっていたのって、実はそれなんだよな。



 西洋の伝説なんかでは、ドラゴンって奴は巣穴に莫大な財宝を貯め込んでいるとされている。そして、山のように積み上げたその財宝の上で高いびきをかくのが由緒正しいドラゴンの姿らしい。

 で、この異世界──俺はここが異世界だと思っている──でも、やはりドラゴンは塒に財宝を貯め込むものだそうだ。

 ただし、その財宝は山のように積み上げるのではなく、異次元的な場所に隠すとのこと。そうすれば、誰かに持ち逃げされることもないし、いつも自分のすぐ傍に財宝は存在するし。

 で、ドラゴンを倒してしばらくすると、その異次元的な隠し場所から財宝が出現するってのが、こっちの世界の常識なんだと。

 凄いな、ドラゴン。宝を異次元に隠せるとは、考えもしなかった。

 俺とミレーニアさんがドラゴンの住み処へと戻れば、確かにそれはあった。

 倒れたドラゴンの身体のすぐ横に、金銀財宝の山が出現していたのだ。

「おおおおおおおおおっ!! す、すっげえっ!!」

 思わず声を出してしまった。だって、こんな財宝の山、初めて見たんだよ。

 あれ? でも、この財宝って……俺のものってことでいいのかな?

 ちらーっと横目で隣のミレーニアさんを見てみれば、彼女は相変わらず微笑んだまま頷いてくれた。

「もちろん、この財宝は邪竜王を倒したミズノシゲキ様のものです。どうぞ、お好きになさってください」

 聞けば、ドラゴンの財宝はドラゴンを倒した者に所有権があるそうだ。

 もちろん、ドラゴンなんてそう簡単に倒せる相手じゃないから、これまでドラゴンを倒してその財宝を手に入れた者なんて、数えるほどしかいないそうだけど。

 ミレーニアさんのその説明を聞いて、思わず顔が揺るんでしまった。おっと、いけない。こんな天使なお姫様の前で、みっともない顔は晒せないぜ。

 にやつきそうになる顔を意思の力を総動員して引き締めつつ、俺は財宝の山へと近づいた。

 金貨や銀貨が山のように積み上げられ、天井から差し込む陽光にきらきらと輝いている。山の中には装飾品らしき物もあり、それに使われている色とりどりの宝石の輝きが俺の目を釘付けにしていた。

 とりあえず、手近にあった腕輪──宝石がいくつも使われたすっげえ豪華そうなヤツ──を一つ、拾い上げてみる。

 俺に装飾品の鑑定眼なんてないから、これがどれだけの値打ち物かなんて分からない。でも、これ一つで車が一台、新車で買えるぐらいの価値があったりするかも……なんて考えると、楽しいと同時に震えてもきた。

 だって俺、どこまでいっても小市民だし、こんな財宝なんて手に入るなんて思ってもいなかったし。

 とにかく、着ているスウェットの袖を捲り上げて、その腕輪を嵌めてみる。うん、全然似合わねえ。やっぱり俺は小市民なんだと実感した。

 他に何かないかな、ときょろきょろと周囲を見回してみる。

 金貨や銀貨、装飾品もあれば裸石状態の宝石もある。こんな無造作な状態で、宝石に傷がついたりはしないだろうか、なんて心配してしまうのもまた、俺の器が小さいからなのかも。

 宝石を二、三個、適当にポケットに放り込みながらよく見れば、装飾の施された剣や短剣なんかあることを発見した。

 おお、刀剣マニアとしては、やはり剣は手にしてみないとな!

 財宝の山から突き出ていた剣の柄を握り、金貨銀貨の中から引きずり出す。

 ずっしりと重いその重量に、再び俺の顔がにやけ出す。

 宝石や彫金などの装飾の施された柄と鍔、そして、同じ意匠で統一された鞘。その鞘から刀身を引き出せば、しゃらんと心地いい音がした。

 両刃の直刀。いわゆる、ブロードソードという奴だろうか。もっとも、ここはおそらく異世界なので、ブロードソードなんて名称では呼ばれていないだろうけど。

 綺麗な銀の刀身が、俺の顔を映し出す。これってただの装飾が施された剣? それとも、魔力が込められた魔剣って奴?

 そういや、この世界ってやっぱり魔法とかあるのかな? ドラゴンがいてお姫様がいるって、何となくテンプレなファンタジー世界っぽいから、きっと魔法だってあるだろう。なら、魔剣だってあるかもしれない。

 なんてわくわくしながら、俺は剣を振り上げてみる。

 うわ、すげえ重い。俺の聖剣とは違って、持ち上げようとすると身体がぐらつきそうだ。

 とてもじゃないが俺ではこの剣は振れないな、と思いつつ剣を鞘に収めて財宝の山に立てかけた。

 剣は重かったのでとりあえず置いておき、先程の剣と同じような装飾が施された短剣を上着のポケットにねじ込んだ。刃渡り二〇センチぐらいの短剣だが、これはこれで格好いいと思う。

 さて、他には何があるかな、と期待しながら財宝の山へと改めて目を向けた時。

「出てこい、邪竜王っ!! 我こそはアルファロ王国、フリード国王陛下の命を受け、貴様を倒しに来た者だっ!! 貴様を打ち倒し、ミレーニア姫を返してもらおうっ!!」

 と、若い男のものと思われる声が聞こえてきた。


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