第15話 決戦前

 それからというもの、毎日放課後になると、

 全員が討伐で出て行くことになった。

 私はというと、常に京さんと愛さんが横にいてくれることになった。


 その度に、たくさんの悪魔を倒してきた。


 それでも、ティターンを見つけることは出来ない。

 それは私たちだけでなく、露草先輩も、森川先輩も、

 樫儀さんも同じことだった。


 結果として、あの時以来、

 一度も会えずして「バルティナの歪み」を迎えてしまう。

 夕刻になろうとする頃、全員が集まってからの作戦会議が始まる。


「さて、ティターンに会うことすらままならず、この日を迎えてしまったわね」


「遺憾としか言いようがないな。

 まさか、あれほどの巨体を探すことがこれほど難しいとは思わなかった」


「そうね、私も想像以上だった。

 ま、とりあえず、そんな愚痴をこぼしてても仕方ないわ。

 今日の「バルティナの歪み」でどうにかするしかないわけだしね」


「そういうことだな」


 気分を新たにするように、露草先輩が咳払いを一つする。


「さてさて、まずは陣の配置なんだけど。

 まずはこれからしてセオリー通りには行けそうにないわ。私が考えたのはね」


 ノートにさらっとそれぞれの配置を書き連ねる。

 扉を一番右に描いて、

 その左に狩野2、間をおいて樫儀と森川と朝生、一番左には露草とある。


「なるほど、私と千里を一緒にして、雑魚相手には力を温存するわけか」


 森川先輩が呟く。


「ええ、そんな感じ。

 私の負担は大きいけど、そのくらいならやってのけてやるわ。

 ただ、ティターンは草薙で1回だけ斬るつもり。

 後は任せて、雑魚に専念するから、そのつもりでお願い」


「それだけやれば充分だ。

 あんまりやりすぎて、戻ってからぶっ倒れられても困る」


「ふふ、それもそうね。加減には気をつけるわ」


 小さく笑う露草先輩に、にやりと笑う森川先輩。


 何というか……

 この2人は、仲がいいのか悪いのか。

 非常に迷うところだ。


「あ、あの。露草先輩が倒れるって、どういうことですか?」


「そっか、いっちゃんにはまだ説明してなかったっけー。

 結構説明漏れが多いなぁ」


 京さんが横から突如として現れ、人差し指で眼鏡を直す仕草をする。

 もちろん、眼鏡はかけてないけど。


「ボクらが色々と技を出してるのはいっちゃんも見てて分かると思うんだけど、

 その技はやっぱりイメージから創られてるんだ。

 そして、そのイメージを具現化させるのは、残念ながらタダじゃない。

 きっちり魂を削っているんだ」


「魂を削る……?」


「何て言うか……ゲームで言うところの、マジックポイントってやつだね」


「京さん、それは違うわ。ヒットポイントのほうがより正しい」


 露草先輩の鋭い突っ込みが入る。

 ただ、鋭いというより、若干むきになってる気がした。

 思わず京さんも声が詰まる。


「う、まぁそうかも。ヒットポイントが無くなったら死んじゃうよね。

 それと同じってこと」


「つまり、命を削ってるわけですか」


「そういうことっ!

 んで、やっぱり森川先輩のシングメシアなんかは相当に消費するわけ。

 だから、大技は出来るだけ避けた方が身のためってわけだね。

 ボクの手なんて、常時大きいの発動させてるから、実はとても大変なんだよ!」


 うんうん、と自己満足に浸る京さん。

 そんな京さんを余所に、露草先輩が咳払いをしてから続ける。


「ま、あとは、最終手段も残しておく感じかな。

 いざというときにも備えて、ね。もちろん愛さん、分かってるわね?」


「……はい」


 僅かに間をおいて返事をする愛さん。


 愛さんが最後の砦となる最終手段とは。

 果たしてどんなものなのか。

 とても気になるところだけれど、

 それを使うというのは、やはり相当な非常手段なのだろう。


「ティターンが出てき次第、私はシングメシアを回収するよう努める。

 状況を見て、苦戦してそうなら……京、悪いがサポートを頼むぞ」


「了解です、森川先輩っ!」


 敬礼して返答する京さん。

 そして、あとはみんな何も言うことが無くなったのか。

 わずかな静寂が場を支配した。


「よし。今回こそ、ティターンを倒すわよ!」


「おー!」


 全員が、拳を上げて露草先輩の檄に応えた。






 再び来た巨大な扉。


 今でこそ、その重厚な扉は固く閉ざされているが、

 もう間もなく扉は開け放たれてしまう。

 そして今回は、扉へ帰ろうとする悪魔たちの侵入を防がなければならない。


 「バルティナの歪み」は、ディアボロスを除いて、一方通行らしい。


 どういうことかというと……


 例えば、前回は魔界から扉を経て私たちの世界へ侵入してきたから、

 次の「バルティナの歪み」では私たちの世界から扉を経て魔界へ帰る、

 といった具合とのこと。


 前者を迎撃戦。


 後者を殲滅戦という。


 常にどちらかに対応すれば良いため、

 その点は、こちらが優位に立っていると言える。


「さてー、一子。私がこの中央に配置されている理由は分かりますかー?」


「えっ?」


 樫儀さんの言葉に、思わず疑問で返してしまう。


「一子は、今回は私が守るでーす。

 だから、私の側をぜーったいに離れないでくださいねー」


「は、はい!」


「今回は殲滅戦だから数こそ少ないですけど、

 私に愛先輩みたいな守るための力は無いです。だから必死で守るです」


「うん……ありがとう」


 扉を背にし、向こうを睨みつける樫儀さん。

 その決意の固さを物語るように、目は鋭く光らせている。


 そんな樫儀さんに、肩を叩く人が1人。

 同じ配置の森川先輩だ。


「千里、あまり気張るんじゃないぞ。私の獲物がいなくなるからな」


「大丈夫でーす。

 先輩に気配り出来る後輩ですから、ちゃーんと残しておくですよ」


「そうか、それは困ったな。

 撃ち漏らしを貰うだけなら、いっそ何もしないほうが楽でいい」


「分かったでーす、私は出来る子ですよ!」


 そう言うと、弓を構える仕草をする。


 でも、心なしか。

 樫儀さんは、さっきより肩の力が抜けている気がする。

 これも、森川先輩の、先の会話の意図するところだったのだろうか。


「一子」


「は、はい!」


 森川先輩が私に声を掛ける。

 何というか、森川先輩に呼ばれると、やはり何か緊張する。


「願いになるようなことを、喋ってはダメだ。

 ただ、考えることは出来る。

 だから、何があっても、願うようなことを「口にはするな」。

 たとえ何があっても、頭の中で連呼するに留めるんだ」


「はい」


「私も、慣れないうちはそれで凌いでいた」


 森川先輩もそんな時期があったのか、

 と、つい口に出そうになったのを押し込めた。

 その瞬間。


「来るわよっ!」


 露草先輩が叫ぶ。

 同時に、後ろからは扉が開く音が聞こえる。


 この扉から出てくるものは無い。

 出てくるとすれば、ディアボロスだけだ。

 今回の敵は、その正反対から現れる。


 そして、少しずつその敵が迫り始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る