第12話 実践してみよう

 太陽が夕日に姿を変え、穏やかな日差しを更に和らげる。


 校門を出てすぐの坂道には桜が所狭しと植えられており、

 春には花見の名所としても知られている。

 しかし、その坂道の傾斜のキツさから、棘のある綺麗な場所ということで、

 薔薇の桜道などとも呼ばれていた。


 そんな坂をふわふわと下っていく。

 降りるのもなかなか脚を刺激する坂道なのに、

 幽体ともなると、ものともしないようだ。


「あんなにキツい坂がこんなに楽に下れるなんて」


「幽体が癖になっちゃう?」


「あはは、そうですね」


「まぁ、思い切り楽しんでおいたほうがいいよ!

 こんな体験できるのは、いっちゃんはこの3年だけだろうから」


「そっか、それもそうですよね」


 おそらく、みんなは今後も同じような退魔師としての仕事をしていくのだろう。


 その点、私はポッと出の、偶然見えるようになった人間。

 この3年がすぎれば、こんな不思議な世界とはお別れだ。


 それを思うと、確かに満喫した者勝ちだと思う。


「でも、不思議だよねー。

 いっちゃんって、どこかそれらしい家の出ってわけじゃないんでしょ?」


「えっと、それらしいって言うと?」


「あー…………んとね。

 例えば露草先輩は神道の名家、早露家の分家。

 森川先輩は陰陽道の名家、森下家の分家。

 ウチは仏教の鹿子の分家。

 千ちゃんは教会の子で、ランバートの家の遠縁の子……だったかな。

 まぁ、色々あるんだよ。でも、いっちゃんってそういうのじゃないでしょ?」


「そうですね。そんな、それらしい家柄じゃないと思います」


「不思議だねー。大抵はそういうところから来るんだけど」


 そういう意味では、私は本当に例外中の例外のようだ。


「ま、深いことは考えないで、今を楽しむといいよ!

 色々と制限が掛かっちゃう高校生活だけど、それを持ってしても、

 他の高校生じゃ体験出来ないことを満喫するしかないっ!」


「……そうですよね。せっかくですからね」


 その制限というものがいまいち理解出来ていない私。

 でも、そんなことを考えるんじゃなく、今、この状況の、

 誰もが持てないアドバンテージを楽しもう。


 そう考える。



 よし、空を飛ぼう。


 目を閉じる。

 イメージする。


 今度は、変にイメージをごっちゃにしないで、鳥のイメージで。

 背中から翼が生えて、その翼をはためかせ、大空を駆け巡る。


 そんなイメージで。


 身体がフワフワしてくる。

 それに抗うことなく。

 そのまま空中に身体を預ける。


 フワフワと。

 フワフワと。


 しばらくして、ゆっくりと目を開ける。


「おー。やるね、いっちゃん」


 聞こえてきた京さんの声。

 眼前には地面が見える。


 …………地面?


 そこに見えるのは……

 確かに、見慣れた地面だった。


 しかも、本当に目の前に。

 私は、地面と平行するように、僅か5センチほどの高さを飛んでいる。


 それを認識した瞬間。


「わあっ!?」


 私は落ちた。

 悲鳴と共に落ちるが、ほんの5センチ程しか落ちてない。

 逆に言えば、5センチ程しか飛んでいなかった。


「あはは、いきなり飛ぼうとしても難しいよ!

 でも、しっかり浮けたんだから大したもんだね」


「笑い事じゃないですよー。いたた……」


「ありゃ、痛い?」


「そりゃ痛い……で、す?」


 痛みなど無い。

 落ちたと思ったから「痛い」と思っていただけだった。

 身体からは、いつも感じる痛みがない。


「あ、そっか。幽体だからですよね。さっき、樫儀さんから聞いたんでした」


「そういうこと。

 まぁ、このくらいの怪我なら身体に戻っても大して感じないかもね。

 でも、もし腕とか斬り飛ばされようものなら、

 身体に戻るとそれはもう、地獄を見ることに」


「気軽に怪我なんて出来ませんね……」


「そうだねー、痛覚の大事さを思い知るよ」


 確かに、痛くないからといって油断していると大変なことになりかねない。

 気を引き締めないと。


「あとは、言葉の使い方! これ、かなり注意ね」


「言葉の使い方?」


「そそ。キーパーたるもの、みんなそうなの。

 絶対に、何々したい、っていう言葉は使っちゃいけないの」


「あっ、そうか」


「そういうこと。察しがいいねー。

 悪魔たちは、独り言のような呟きでも勝手に願いを叶えようとするからね。

 うまーく言葉を避けて表現しないといけないんだ。

 これがなかなか、慣れるまで大変かも」


「そうですね。意識しておきます」


「うっかり言っちゃう場合もあるから、

 その時は頑張ってその場で悪魔を倒すしかないね。

 まぁ、ディアボロスでも無い限りは大丈夫だよ」


 そう言うと、どこからか取り出した巨大な卒塔婆。

 それを肩に担ぐと、元気に笑ってみせる。


「私じゃ攻撃方法が無いなんて冗談じゃない。

 私も、こいつを蠅たたきのごとく振り回して、悪魔なんて潰しちゃうんだぞ♪」


「あ、あはは」


 ひきつった笑いが出てしまう。


 虚無僧の格好をし、卒塔婆を担ぐ姿はやはり異様だ。

 卒塔婆の使用法にしても、そんな使い方をしていいものなのか。


 大いに悩むところだった。

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