第11話 幽体のリスク

「あははー、一子ごめんなさい。謝りまーす」


「もう、ひどいよ樫儀さん」


 グラウンドのど真ん中。

 たくさんの生徒たちが練習している中、私は頬を膨らませて怒りを強調する。

 もちろん、私達のことは見えていないのだけれど。




 その後、見事に急降下した私。


 地面にぶつかる直前、樫儀さんが私の身体をキャッチしてくれていた。

 ただ、幽体であれば痛みも無いんじゃないかなと。

 そう思っていると。


「でも、本当にごめんなさいです。

 下手したら、一子に怪我を負わせるところでした」


「えっ、幽体でも怪我をするの?」


「厳密に言うと、幽体では怪我はしないです。

 でも、幽体は魂ですから、その魂が、傷を負ったことの記憶を刻みつけるです。

 すると、肉体に戻ったその時、その記憶から遡るように、

 肉体に痛みが走るです」


 樫儀さんの言葉を反芻して、疑問をぶつける。


「えっと、じゃあ、もし私が地面に激突してたら……?」


「今はともかく、肉体に戻った時に、全身が痛くなるです」


「じゃあじゃあ、もし私が頭から真っ逆様に落ちてたら?」


「下手すれば、脳震盪で、ちーんです」


 両手を合わせる樫儀さん。


「あの、ちょっと、樫儀さん。それ、洒落になってないよ……」


「ごめんなさい。反省してるでーす……」


 心底申し訳ない顔をする樫儀さん。

 それを見ていると、不思議と許してあげたくなってくる。


 けど、そのまま許すっていうのもちょっと。

 そう思い。


「……樫儀さん、駅前にあるマロンドってお店知ってる?」


「入ったことは無いです」


「じゃあそのマロンドのケーキセットを奢ってくれたら許してあげる!」


「分かったでーすっ! それでワッカナイでーすねっ!」


 和解ってことなんだろうけど、突っ込まないようにした。

 まぁ、とにかく、適当に交換条件をつけたほうが、

 お互い何かと気楽というものだろう。


「ごめんね、一子。私も、知識としては知ってるけど、

 実際に幽体になったのは、つい最近のことです。ほんとごめんねー」


「そっか、それもそうだよね」


 キーパーになれるのは私たちの年代……

 つまり15歳くらいから。

 となると、同学年の樫儀さんとて、知識はあっても実践経験は浅い。

 それなら仕方ないことだろう。


 などと思っていると、なにやら後ろから氷のような気配が忍び寄る。


 悪寒がして、恐る恐る後ろを見ると、笑顔で佇む露草先輩がいた。

 制服であることから、恐らく実体なんだろうけど、

 幽体の樫儀さんに対して、ニコニコしながらも頭に怒りマークをこさえて、

 グラウンドのど真ん中をズカズカと歩いてきた。

 そして、仁王像よろしく、目の前に立ちはだかる。


「樫儀さん、ちょっとお話があるんだけど。部室に戻ってらっしゃい」


「えっ……あの、一子の幽体離脱ツアーは??」


「それは京さんが引き継ぐわ。樫儀さんは、何も心配しなくていいですよ」


 ニコニコと怒る表情に、声はいつも通り。

 だから、むしろ怖くて仕方ない。


「朝生さんに大怪我を負わせかねなかったあなたに、

 任せてなんておけないですから」


「あ、あはは。あ、あの、それはそのですねー」


「言い訳なら部室でゆっくり聞かせてもらうから大丈夫よ。ほら、いらっしゃい」


 そう言って、懐から御札を取り出したと思うと、

 その札が一瞬にして糸のように細くなり、樫儀さんの首を一回りする。

 その状態で露草先輩が手を引っ張ると、樫儀さんの幽体も引かれていった。


「わ、わかりましたでーす! だから、引っ張らないでくださーい!

 痛い、痛いでーす!」


「痛みは感じないはずよ。ここでその首斬っても、きっと大丈夫よね」


「や、やめてくださーい! ホントに死んじゃうでーす!」


「あはは、ウ・ソ♪」


 あくまでも笑顔は絶やさない露草先輩。

 何というか、今までで一番怖いウソを聞いた気がする。


 それにしても、まるで犬の散歩をしているようだ。

 ただ、犬に見立てられている樫儀さんの表情は、

 さながら予防接種が行なわれる保健所に向かっているかのようだった。


「ぃよっしゃあああああ! いくぜ、いっちゃん!」


 2人の背中を見送っていると、声と共に上から何かが落ちてきた。

 言わずもがなではあるけど、京さんだ。

 前は軍服だったけど、今回は虚無僧の格好をしている。


 何というか、統一感が無い。


「樫儀さんはどこに……?」


「多分、露草先輩の説教部屋かなー?

 露草先輩のお仕置きは怖いからねー。いっちゃんも気をつけなよ」


 この口振りから察するに、お説教を受けたことがあるようだ。


「まぁ、それじゃちょっと歩きながら説明するよ。ついてきてね!」


「あ、はいっ!」


 京さんと、平行しつつも少し後ろをついていく形で校門へと向かっていった。

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