第6話 バルティナの歪み
張りつめた空気の中、轟音が響きわたった。
巨大な扉。
動きそうもない、その巨大な扉が、音を立てて僅かに開いた。
少しずつ開かれ、動くたびに軋む音が木霊する。
その音が止んだと思うと。
扉の中から一斉に、黒く小さな生物が大量に飛び出してきた。
「さぁみんな、行くわよ!」
先輩の言葉に、みんなが動いた。
「はぁ!」
すぐに動き出したのは、私のすぐ側にいる狩野姉妹だった。
愛さんが両手を合わせて何かを唱え始める。
すると、大きな球体が、私と京さん、愛さんの3人をすっぽりと覆った。
「さっき露草先輩が言ってたこと、忘れないでねー。
それじゃ、ボクもお仕事に掛かるからねっ!」
京さんは、両手を大きく広げると、気合一閃。
すると、手が鮮やかに光り始める。
ふと扉のほうを見ると、巨大な手が現れており、扉を少しずつ閉め始めていた。
「ふんぬぅぅぅううう!」
何だかすごい形相をしてそうだけど、後ろからでは見えない。
そうこうしているうちにも、洪水のように、黒いものが溢れ出ていく。
「こ、こんなにいるんだ……」
思わず声が漏れる。
そして、無自覚に視線を反らした。
何故だか分からないけど、直視出来ない。
それほどまでに、生理的なおぞましさを覚えている。
自然と扉から一番遠くにいる、クラスメイトのところに視線が行った。
羽織袴の樫儀さんが、弓を構えている。
いや、構えているわけじゃない。
構えているだけのように見えるだけ。
その弓からは、絶えず矢が発射されている。
それも、普通では考えられないほどの速度で。
連射。
連射。
連射。
1秒で放っている本数は果たして何本あるのか。
私では数えることなんて出来ない。
でも、確実に。
矢が放たれるたびに、黒い点が消えていく。
「必ず私のところで食い止めるでーす! かかってくるでーす!」
言いながらも、外へ行こうとする悪魔たちを、次々と射止めていった。
そうして、悪魔の数は無くなっていく。
樫木さんのその先には、露草先輩がいた。
宙に浮いた露草先輩は、随所に御札を配置している。
その御札と御札の空間に、非常に薄い和紙のような壁が出来ており、
それぞれが五角形を象っている。
一見、障子のように簡単に破れそうなものに思えるのだけれど。
「露草のお家芸、護方結界を通れる子はどのくらいいるかしら?」
1匹の悪魔が壁に触れる。
すると、その悪魔は、小さな閃光と共に消滅してしまった。
何匹当たってこようと同じ結果を繰り返している。
だが、当たるにつれて、御札が少しずつ燃えていることに気づく。
それに合わせて、薄い壁も更に薄くなっている。
その結界が弱くなった部分を補強するように、
燃えかけていた御札を張り直すことを繰り返している。
悪魔たちが、露草先輩の結界を通る前と通った後では、
その数はまさに雲泥の差だった。
結界の手前では真っ黒な塊となっていた悪魔は、
通った後には数えるほどになっている。
そして、まばらになった悪魔たちは、樫儀さんの手ですべて射止められていた。
「すごいでしょう? 露草先輩の護方結界」
目を閉じながら、愛さんが呟くように言った。
「それでもね、その前にはもっとたくさんの悪魔がいるのよ」
露草先輩の、その先。
その先を見た瞬間に、悪寒が止まらなくなった。
黒。
いや、そんなものじゃない。
底知れぬ闇が迫るような。
ブラックホールにでも飲み込まれるかのような。
威圧感。
闇という黒。
黒という闇。
ある地点を境に、そんな恐ろしい闇が広がっている。
その境目。
その境界に立っているのは。
「唸れ、シングメシアッ!」
言葉と共に放たれる光の波。
その巨大さは、無限に広がっているかのようで。
天より高く。
そして、水平線より広がっていく。
あれほどまでに恐ろしい闇は、この一撃でほとんどが消し飛んでいた。
それでもなお、扉からは無数のどす黒い塊が、幾度となく吐き出される。
しかし、その度に放たれる光の波は、悪魔たちを飲み込んでは消し去っていく。
よもや、森川先輩の後ろには、あれだけ恐ろしかった闇は無くなった。
漆黒の闇に、聖なる光が中和するかのごとく、
凄まじい数の悪魔たちは、その姿を消していった。
森川先輩の攻撃を凌いで奇跡的に通った悪魔たちは、
露草先輩の結界を通って更に数を減らし、
結界を通り抜けたとしても、樫儀さんが撃ち落とす。
すごい。
こんな完璧な防御体系…………
破られる気がしない!
「ふんぬぅぅぅううう! よ、よし。もうちょっとおおおお!」
気が付けば、扉はあと少しで閉まろうとしている。
京さんが操っている巨大な手は、あの途方もなく重そうな扉を、
確実に動かしている。
すると突然。
黒い塊が急に私たちの目の前に迫ってきた。
それは、たくさんの悪魔の塊であることは容易に想像がつく。
あれだけの壁を越えてなお、これだけの数を撃ち漏らしているということ。
そして、その生存した悪魔たちは、
さながら蜂の群れのごとく私たちのいる場所に襲いかかってきた。
大量に降り注ぐ悪魔たち。
思わず目を瞑り、腕が反射的に顔を覆う。
「頼むよ、愛ちゃんっ!」
「任せて、京ちゃんっ!」
異様な音。
僅か数センチ先に響く、聞いたことのない、鈍い音が響く。
恐る恐る目を開けると、やはり相応に異様な光景が広がっていた。
愛さんが作った球体。
その球体を取り囲むようにびっしりと張り付いている悪魔たち。
やはり、中には入れないようで、どんなに叩こうが突つこうが、
割れるような気配は無い。
1匹の悪魔と眼が合う。
すると、宝でも捜し当てたように、眼を輝かせ始めた。
そして、どこからか囁く声。
「ねぇ君、何か願いは無い? 何でも叶えてあげるよ」
1匹がそう言うと、連鎖して私に囁き始めた。
「ねぇ、願いは?」
「何かあるでしょう? 何でも叶えるよ」
「願い事、言えばいい」
「願い、よこせ」
「叶えよう。何でもいいぞ」
「さぁ、願いは何だ」
まだまだ聞こえてくる小さな声。
1つ1つはか細い声だが、それが10どころか、
100も軽く越えそうな数に囁かれ続けると、
凄まじい不協和音になって襲いかかる。
思わず両手で耳を塞ぎ、その場にうずくまるも、
悪魔たちの囁きは一切留まることを知らない。
「やめて!」
思わず出た言葉。
一瞬、時間が止まったかのように思える。
静寂。
そして、無数にくっついていた悪魔たちは、突然私たちから離れていった。
辺り一面、真っ黒だったはずの周囲が、一瞬にして明るくなる。
ようやく去ってくれた。
ほっと一息。
ため息を漏らす。
「いけないっ! 京ちゃん、ゲートはっ!?」
「もううううちょっ…………とおおおおお!!」
私たちの周囲から去った悪魔たち。
そいつらは、まっすぐにハデスゲートを目指していた。
それに、共通することが1つ。
小さな光を持っている。
「えっ……まさか!?」
あれが「願い」?
私が思わず言ってしまった「やめて」という言葉。
それを叶えるために……?
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