第38話 東太平洋大海戦二 索敵

 八月七日未明、サンディエゴ西方二一〇浬に到達した三艦隊は、『利根』『筑摩』から偵察機を発艦させた。いや、重巡に限らず、空母からも九七式艦攻が偵察機として発艦し始めていた。各空母ではさらに、整備員が第一次攻撃隊に参加する航空機を甲板に並べ、暖機運転を開始する。

 偵察機は、サンディエゴのみに向けられたのでは無かった。三艦隊は各方面に二重索敵を行なっていた。

 というのも、太平洋を横断中に彼らは敵潜のものと思われる通信電波を傍受していたのであった。これにより、三艦隊ではこの攻撃が米海軍に察知されている恐れがあり、それならば敵空母が出撃している可能性があるとして、二重索敵を行うことを決定したのであった。

「敵空母は出てきますでしょうか」

「出てきてもらわなければ、困りますよ」

 草鹿少将の言葉に答えたのは、源田中佐であった。

「そうだな。敵も空母四隻を有している。防げる数とみなすだろう」

「まさか、逃げはしないでしょうな」

「それはないだろう」

 源田中佐の発言に答えたのは、草鹿少将ではなく、南雲中将であった。

「逃げたりしたのなら、米海軍は西海岸の防衛を放棄した事になる。それは敵も避けたいだろう。先のパナマの件もあるしな」

「そうですね、あの作戦こそ、我々がやりたかったのですが……」

「そういうな参謀長。あの時まとまって一定以上の機数を運用できるのは二航戦だけだった。それに『加賀』が無事だったとしても、二八ノットしか出せない。ヒットアンドアウエイの重視されるあの作戦にはどちらにせよ参加できなかったさ」

 南雲中将が言葉を切ったことにより生じる会話の空白。それを狙ったかのように、通信室からの言葉が艦橋に飛び込んできた。

「『利根』第一偵察機より入電!『サンディエゴに艦影は見られず』」

「なに!」

 源田中佐は思わずそう叫んだ。

「本当に、察知されていたというのか」

 南雲中将も悪い予感が的中した、その現状に憎々しげに吐き捨てた。

 それを断ち切ったのは、草鹿少将であった。

「どちらにせよ、サンディエゴは潰さなければなりません。雷装の艦攻を除き、攻撃隊を出撃させましょう」

 その言葉に、源田中佐も頷いた。第一次攻撃隊の艦攻は雷装と爆装が半分ずつの割合で存在していたため、必然出撃する艦攻の数は半分となった。

 零式艦戦三三機

 九九艦爆四二機

 九七艦攻三三機

 これが機動部隊の放った第一の矢であった。

「しかし、いくら我々の出撃が分かったからと言って、サンディエゴほどの港を空にするのは不自然、というより不可能でしょう。我々がハワイから出港するその前より、準備を進めていたのでは……」

「海軍の暗号が暴かれたというのですか?」

 草鹿少将の言葉に、源田中佐が反論する。ばかばかしい。そう言いたげな口調である。草鹿少将は冷静にそれに答える。

「可能性の一つとして考えられるだけだ。間諜が潜伏していた可能性も有る。しかし、これ程の大仕掛け、それ相応の信頼できる情報でなければ為しえないことだろう……」

「なんてことを言うのですか。そのようなこと……」

「二人ともその辺にしておけ」

 熱くなる両参謀を、南雲中将がいさめる。

「そのようなことはこの海戦が終わった後に考えれば良い。今考えるべき事は他にあるだろう」

「敵空母の行方……」

「そうだ。サンディエゴ空襲が知られているとすれば、米海軍とすれば、我々を返り討ちにしてやろうと、虎視眈々としているだろう。すると、この近海にいる可能性が高い」

「そうですね。では……」

 草鹿少将はそこで言葉に詰まった。その先の言葉が出なかったのだ。この場で彼らが行える行動はひどく限られていた。おまけにその主たる行動である索敵は、すでに行っていたのであった。

「歯がゆいな……だが、しょうがない。索敵機はきっと見つけてくれるさ」

 南雲長官の表情は、しかしその言葉とは裏腹の物であった。

 しかし、待てど暮らせど、索敵機から『敵艦発見』の報告は一向に来なかったのである。

 敵空母は本当に存在しているのか?三艦隊の首脳部がそのような疑心暗鬼の状態に陥ったときであった。

「上空敵機!」

 見張員からの報告が、響いた。

「機種は、何だ!」

 南雲中将の言葉に答えたのは、またもや見張員だった。

「機種は不明ですが、単発機です」

「何!」

 南雲中将は愕然とした。

 米軍の航空機は航続距離の短い嫌いがあるので、敵基地からの偵察機とは考えにくい。それに、それを使うなら、航続距離に優れる双発以上の機体を使うはずである。それより、導き出せる結論は一つであった。

「空母か……」

 敵空母は近くにいる。


 ドーントレスはまもなく撃墜されたが、それ以前に三艦隊を発見したとの報告電を打っていたことは疑いようもなかった。三艦隊は敵機動部隊との索敵合戦において敗北を喫してしまったのであった。米機動部隊に先手を打たれてしまうことは疑いようもなくなった。

 空母同士の戦闘において、先手を打つという事は、勝敗に直結しかねないほど、重要である。空母は爆弾一発ですら戦闘能力を失うのだから。

「まずいな……」

 誰の共分からぬ独白が、艦橋で木霊した。

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