第2話 内部議論
「軍令部としては、ただ真珠湾攻撃をするという作戦には賛成しかねます」
連合艦隊司令長官室には六人の人物がいた。連合艦隊、軍令部からそれぞれ三人ずつ参加している。連合艦隊からは司令長官 山本大将、参謀長 伊藤整一少将、先任参謀黒島 大佐、作戦参謀 三和義勇中佐が参加している。軍令部からは総長 永野修身大将、第一部長 福留繁大佐、第一課長 富岡大佐、首席参謀 神中佐が参加していた。
開幕早々の神中佐の言葉を聞き、連合艦隊の参謀達がムッとした顔を見せる中、山本大将已が寧ろニヤリと笑みを浮かべた。
「ただ、とはどういう意味かね?」
その言葉を受けた神中佐は口の端を上げ、答える。
「ハワイを攻略する。それならば軍令部第一課は賛同する、という意味です」
その言葉に室内にざわめきの声が走る。その中で神中佐だけが澄ました顔をしていた。
「どういうことだね?神中佐」
山本大将の言葉はその場の大半の人物の意思でもあった。
「言葉通りの意味です。機動部隊を一過性の攻撃に使用するのはハッキリ言って勿体無いのです。利に合わないとも言えますが。それならば当初の予定通り南方の攻略に使った方が燃料の不安から見ても良い。であるならどうすれば機動部隊をハワイに向ける理由が出てくるか?そこはハワイ攻略しかないと思います。機動部隊によってハワイを徹底的に叩き、その後に上陸部隊によって攻略する。此処までは行うべきでしょう」
「そのような話しは聞いておらん!」
とうとう永野大将がそう怒鳴った。
「第一課はどうなっておる!富岡大佐!」
「いえ、この四月は軍令部の幹部が異動するので急がしかったものですから……何処かで埋もれた様です。しかしこれも何かの縁。神中佐に直接説明を聞く良い機会ではありませんか」
富岡大佐は寧ろ落ち着いた様子で答えた。だが、永野大将はその言葉に寧ろ眼光を鋭くした。
「では神中佐。貴様の案では現在軍令部が検討立案している米豪遮断作戦はとうするのだ?ハワイ攻略となればそれ相応の兵力が必要だ。そうなれば、米豪遮断作戦は満足には行くまい」
「いえ、米豪遮断は行いません」
「何⁉︎」
神中佐の発言には永野大将どころか、山本大将までも驚いた様で、目を丸くしていた。しかし、神中佐はその反応などどこ吹く風とでも言いたげに、素知らぬ顔をして次の言葉を続ける。
「いえ、正確には、ハワイ攻略の暁には行う必要が無くなると言ったほうが良いでしょう。合衆国は太平洋、それも豪州辺りにまで兵力を出すにはハワイを拠点とする必要が有ります。それに豪州の海軍兵力は矮小なものです。島嶼間の奪い合いとは、制海権を奪った方が勝利しますから、我が軍が過度に支配領域を広げない限りは敗退する恐れは有りません。それにもし、機動部隊が真珠湾奇襲に失敗した暁には従来の作戦通りにやれば良いでしょう」
永野大将はそれを聞き、思わず、うむと頷いてしまった。神中佐はハワイ攻略を理論立って説いてきた。それもそれによる合衆国との講話などという非現実的な話ではない。ハワイ攻略を米豪遮断の目的を持って行おうとしている。これでは神中佐の言うことに利点があり、説き伏せることは困難であろう。
この中佐はかなりの切れ者である、そう永野大将は思った。
「しかし、そう易々とハワイ攻略だ、米豪遮断だ、と切り替えられるものなのか?勝手が違うだろう」
「いえ、何方も本質的には敵前上陸とそれに伴う地上戦です。それにハワイの場合は戦艦や空母の攻撃が先立って有りますので、おそらく相当漸減されて、フィリピン攻略より多少は楽になるかも知れません」
「では、想定される陸軍の動員人数は?」
「凡そ二個師団程度で十分でしょう」
永野大将と山本大将から繰り出される質問に神中佐は落ち着き払って答えていった。
「二個師団か…そのような数を陸軍から出させることができるのか?」
「ラバウル方面の部隊を転用すれば一万人程度は補えます。後は国内にいる師団を動員出来れば…」
「だからそれをどうやって行うというのだ」
永野大将の問いに神中佐はにっこり笑い口を開いた。
「山本大将、長門型の二隻は開戦時に何かしらの作戦に参加しますか?」
「うむ、
山本大将は神中佐の急な質問に不意を突かれたが、意図を読めないままに頷いたが、慌てて問うた。神中佐はそれには答えず、更に質問を重ねる。
「では、長門型をこちらの言うとおりに動かしてもらっても宜しいですか?」
神中佐の職務を大幅に逸脱した-抑も上官の質問に答えていない-言葉に誰もいきり立つ事をしなかった。その場にいた全員が彼の言わんとしていることに予想が付いていたからである。
「まさか、それで陸軍を動かそうというのか?」
「ええ、『長門』『陸奥』で陸軍をハワイ迄護衛します」
「しかし矢張りそれで陸軍が動くとも思えんが…神、陸海両軍の確執はおそらく貴様が思っているより深いものなのだぞ」
永野大将の忠告とも取れる言葉に寧ろ笑って応えた。
「大丈夫です。それより、陸軍の同意がなされた暁には永野長官にも賛同してもらいます」
永野大将は神中佐のあまりの頑固さに呆れたように頷いた。
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