好きになる、この瞬間。
柚木咲穂
真っ逆さまに、恋に落ちていく。
高校の入学式からはや2週間が経とうとしている。入学式の時に満開だった桜は散り始め、葉桜へと変わっていった。春とはいえ、風は少し肌寒い。クラスの雰囲気にも慣れてきて、友達もできた。私だけじゃなく、他の人もそうだ。ただ…1人。1人だけを除いて。
「
「……」
ヘッドフォンをして、今話しかけた女の子を無視した男の子。塩見
だが、それに1番困っているのが私、
「はぁ……」
思い出すだけでため息が出る。
「実來?どうしたの、急にため息なんかついて」
いっけない。今、
「う、ううん。何でもない。」
「何でもないことないでしょ!私の話、全然聞いてなかったでしょ!」
…おっしゃる通りでございます。高校に入って初めてできた友達の
「それは災難だね。やけに静かだと思っていたらそういうことだったのね。」
な、なんと
「どうすればいいと思う?」
「そりゃ、来月の席替えまで我慢するしかないでしょ。」
だが、助けを求めてもスパッと切られてしまった。来月まであと1週間と少し。頑張るしかないか…。
✽
「今日の日直は、塩見と平!よろしくな!」
翌日、担任にそう言われ顔が青ざめていく。なぜか私の学校は出席番号順に日直が当たるのではなく、出席番号順に座った時の隣の人と一緒に日直をする。そうだよ、日直も一緒にしないといけなかったんだ…!本当にこの席を恨む。彼に好意を寄せている女の子たちから『いいな~』という声が聞こえた。全っっっ然よくない!気まずすぎる!普通に聞いても無視されるんでしょ?当の本人は珍しく寝てるし!はぁ…仕方ない、1人でしよう。それからというものの、彼は授業中は起きていても休み時間は寝ていた。なぜ今日はヘッドフォンをして音楽を聴かず、寝ているんだろう。寝不足なんだろうか。元々1人でするつもりだったし、その方がいいかもしれない。どうせ、黒板消しと日誌を書くだけだから問題ない。
全ての授業が終わり、他の人たちは部活動に行ったり帰宅したりで、教室には私と塩見くんの2人だけになった。私は日誌を書いているが、彼はまだ寝ている。帰らなくていいのだろうか。眠いのだったらこんなところよりも、早く家に帰ってベッドで寝ればいいのに。彼から日誌に視線を戻し、またシャーペンを動かし始める。が、気になって集中できない。起こすべきか、起こさないべきか。悩ましいところだった。
集中できなかったものの何とか書き終え、あとは戸締まりをしないといけない。…もうさすがに起こさないと、このまま起きないかもしれない。仕方なく起こすことにした。
「あの…塩見くん。」
彼の席の前に立って話しかけるが、反応がない。
「塩見くん。」
今度は身体を揺すってみる。するとガバッと起き上がった。とても驚いた顔をしているが、驚きたいのは私の方だ。
「今…何時?」
「え?今は4時半だけど…。」
4時半とは言っても、授業が終わってから1時間以上経っている。
「……そっか。」
会話終了。うん。そうなると思ったよ。
「日誌は?」
会話はまだ終わっていなかった。まさか話しかけてくるなんて思ってもみなかった。
「書き終わったよ。今から戸締まりしようとしたから起こしたの。」
「…何でもっと早くに起こしてくれなかったの?」
…え?『もっと早く起こして』?いや、そもそも自分で起きて下さい。っていうか休み時間もずっと寝ていたのは誰ですか。そう文句を言ってやりたいが、そんなことができるはずがなく。
「…ごめんなさい。」
私に残されたのは謝ることだった。穏便に済ませるにはこの方法しかない。
「いや、謝ってほしいんじゃなくて。俺は話しかけてくれるのを待ってたんだけど。」
…はい?いつもの塩見くんと感じが違うのは気のせいですか?あと言っている意味が分からない。
「俺、平さんと話したいなと思って。でも平さんは俺のこと、あんまり好きじゃない。違う?」
…図星だった。本人にバレていたのか。頑張って隠していたのに。
「あっ、えっと……」
「いや、俺のことをどう思おうが人の勝手だから別にいい。でも俺は平さんのこと気に入ってるから、こういうふうにただ話したいだけ。でも話しかけたら嫌がると思ったから、話しかけられるように寝てた。」
ちょっと待って。今、爆弾発言しました?あと、今日に限って寝ていたのは、私に話しかけてほしかったからってこと?
「ちょ、ちょっと待って…!塩見くんって、そういうキャラなの?」
「そういうキャラって?」
「いつもは素っ気ない感じっていうかあまりしゃべらないのに、今はけっこうしゃべっているから…。」
こんなにしゃべるんだったら、彼のファンが騒ぎそうだ。
「俺は必要以上に人と話さないだけ。そうしないと、いろいろめんどくさいから。」
…過去にそういう経験でもしたんだろうか。そんな言い方だ。
「でも平さんと話したら、面白そうだなって思った。友達と話している時とか、いろんな表情してて可愛いし。」
「…へっ?」
桃香としゃべっているところを見られていたなんて…。ってそれよりも!!
「かっ、可愛い!?私が!?」
「うん。特に笑っている顔は、俺に向けてもしてほしいなって。」
今、どういう状況になっているのか。彼のイメージがいつもと違うわ、さっきから私に好意を寄せているような発言をするわで頭がこんがらがってきている。
「し、塩見くんって…私のこと好きなの?」
自意識過剰かもしれないが、そこははっきりしておきたかった。
「そうなるね。」
そうなるねって…。えっ!?私のこと好きなの!?
「何で!?」
「いや、何でって言われても…。恋って気づいたらしてるって何かで聞いたことあるし。正直分からない。でも話したいなって思って、今話せてるのは嬉しいって思う。」
顔がだんだん熱くなってきた。異性が私に好意を持ってくれるなんて初めてのことだった。
「で、でもさ…!私と英語の授業でペアになった時、素っ気なかったよね?」
あれはどう考えても私のことが好きっていう態度じゃない。
「あの時は俺のことあんまり好きじゃないって分かってたから、様子を見てた。」
そ、そういうことか…!っていうかそんなに前から見抜かれていたのか。
「…さっきから、顔赤い。」
彼が右手を伸ばし、私の左頬に触れた。
「ひゃあっ…。」
びっくりしすぎて変な声が出た。
「へぇ…男に免疫ないんだ。まぁ、その方が好都合だけど。」
ば、ばれた…!勘が鋭すぎる…!
「じゃあ、これも?」
彼が席を立ち、ぐっと顔を近づけてきた。私の鼓動の速さが最高潮に達し、顔も相当赤くなっているだろう。私の視界には彼の目しか映らないほど近い。
「ふっ…反応が素直。可愛い。」
このままキスされそうな近さなのに、金縛りになったように動けない。何でだろう。私はこの後の展開を期待しているのだろうか。
「ねぇ。俺のこと、好きになった?」
胸が高鳴った。この距離で聞くのは反則だ。でも私は人を好きになったことがないから、分からない。肯定することも否定することもできない。
「…分からない。今まで人を好きになったことがないから。」
正直に答えた。
「じゃあ、今、ドキドキしてる?」
「…してる」
そう答えると、彼は私を抱きしめた。
「ほんとだ。ドキドキしてる。」
逆にこんな時に嘘なんてつけるはずがない。それに私の心音が彼に伝わっているというのは、とても恥ずかしい。しかし、その代わりに彼の心音が聞こえてきた。余裕そうな顔をしているが、少し心音が速い気がする。彼もまた、ドキドキしているみたいだ。
「今、安心してる?」
「……安心?」
「こうしていると、落ち着く?俺を拒否しようって思わない?」
拒否をしようとは思わない。ただ、聞こえてくる彼の心音が一定で…心地いい。相変わらずドキドキはするけど、彼の言うとおりだ。
「…落ち着く。何かこのままでいたいって思ってる。」
なぜか、彼がピクッと動いた。そしてふっと笑った。
「それが好きってこと。よかった、気づいてくれて。」
恋って気づいた時にはしてるって、こういうことなのか。全く分からなかった。
「実來。」
少し身体を離したと思ったら急に名前で呼ばれて、また胸が高鳴った。
「好きだよ。」
…彼は私をドキドキさせる天才なのかもしれない。
「私も……りょ、涼のことが………好き、です。」
この1日で関係が変わるなんて思ってもみなかった。私が抱いたことのなかった感情を教えてくれた彼を、私はずっと好きでいたいと思った。
「ここでキスでもしとく?」
「…へっ!?あっ、えっ!?」
「戸惑っているところも可愛い。」
この調子だと、先が思いやられる。
好きになる、この瞬間。 柚木咲穂 @saho_yuzuki
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