5

 たくさんの大人がいた。

 皆自分を見下ろして、口々に何かを話し合っている。

 色のない世界。全てが薄灰色に染まった世界で、ただ一人、色づいた男がいた。

「どうかこの子が、不便なく暮らせるように」

 彼はそっと右の頬を撫で、愛おしそうに自分を見下ろしている。

 この優しい人を、自分は知っているはずだった。

 なんとか記憶の糸を手繰り寄せ、思い出そうとするが、それを阻むように睡魔が襲いくる。

「共に生きよう、――」

 祈りにも似たその呟きは、意識と共に闇へ溶けて消えていった。



 すっかり日が落ち、月が闇夜を照らす頃。

 リュールは一人、暗い夜道を歩いていた。

 王との面会の後、リュールとクロウの二人は一時帰宅を指示され、それぞれ家で仮眠をとることになった。

 帰宅し、すぐにベッドにもぐりこんだのまでは良かったのだが、とにかく夢見が最悪だった。

 内容は忘れてしまったものの、なんとなく胸の底に重いものが漂っているような気がして、いまいちすっきりしない。

 ついでに、寝相が悪かったのか、右頬が妙に痛いのだ。触れてみると、ほんのり熱い。

「せっかくの初任務なのについてないなぁ」

 と小さくぼやき、数歩。街の中央、国のシンボルが姿を現した。

 レヴィアントの鐘。

 3時間毎に時を告げる、平和の象徴である。

 その足下に人影を確認すると、リュールは足早に駆けていく。

「お待たせ」

「恋人かよ」

 待っていた赤髪の少年と、挨拶代わりに軽口を交わし、合流。並んで城への大通りを歩き始める。

 いつも活気に溢れるこの通りも、夜になれば静かなものだ。

「お前、その頬どうしたんだよ」

「寝る体勢が悪かったっぽい」

「跡残るって、相当寝相ワリィな」

 いつもと何一つ変わらない会話をしながら、二人並んで石畳を行く。

 今夜は満月だ。

 丸く黄金色に輝く月が、美しくポッカリと夜空に浮かんでいる。

「なぁ、クロウ」

「んー?」

 頭の後ろで手を組みながら一歩前を歩いていたクロウが、上半身だけをこちらに向ける。

「クロウはさ、なんで騎士になったの?」

「何だお前、いやに突然だな」

「昨日、父さんに聞かれたんだよ」

 なるほどね、と呟き、クロウはややしばらく考え込んでから、

「俺は、親父みたいになりたい」

 と答えた。

 クロウの父ファングは、リュールの父と肩を並べる、アースウォリア指折りの騎士であった。燃える氷の知将と呼ばれ、とても頭の切れる騎士だったとリュールも聞いている。

「でも、俺は親父みたいに小さい子供残して死んだりしねぇ。絶対、自分の子供と一緒に生きるんだ」

 そんな彼の父親は、10年前、若くして流行り病でその命を落とした。当時まだ5歳だったクロウにとって、父の死が与えた影響は大きく、時が経った今でも屈折した想いがあるようだった。

「具体的ねぇ」

「ばーか、こういうのは具体的なほどいいんだよ。で、お前は?シウバさんに聞かれたんだろ」

 問われ、リュールはううんと唸った。

「答えられなかったんだよね」

「なんでよ」

「……それは、さぁ」

 急に口ごもるリュールに、クロウは、ははんと意地悪く笑う。

「なるほどー、そりゃ自分の親に、レイア王女のためです、なーんて言えないわなぁ」

「違うよ!!」

 思わず顔を赤くして怒鳴り、ハッとする。大通りで住宅は少ないとはいえ、今は夜だ。

「じゃあなんでよ。シウバさんみたいになりたい、でも十分だったわけじゃん?」

「それはそうだけど……なんか、答えとしてどれもしっくりこなくて」

「ふぅん?」

 しっくりこない、というのは正確な表現ではないと思う。本当は、答えはほとんど見つかっていて、でもそれを明言してしまうと引き返せないような気がして言えないだけだ。たった1%でもあるかもしれない可能性を、自分自身で塗りつぶしてしまうのが怖いのだ。

 そんなことを言えるはずもなく、一日中ただもやもやと自問自答を続けている。

「……ま、お前の真実はおいといてさ」

 クロウははんと鼻を鳴らし、考え込むリュールの背を思い切り叩いた。無防備に入った平手に、思わず咳き込む。

「今日の仕事、初めてのまともな騎士の仕事なわけじゃん。なーぜか、お前は騎士になった理由はわからないようだけど、多分その目的に近づける一歩であることは間違いないわけで」

 リュールの言葉にできない悩みも、付き合いの長いクロウにはお見通しのようだった。普段おちゃらけてはいるが、こういう時の空気を読み方はいつもながら感心する。

「んーな暗い顔でレイアに会いに行ったら、アリーシャにぶっ飛ばされるぜ」

「お、俺がそっちとは限んないだろ!」

 カッと顔が熱くなる。ゲラゲラとクロウが笑った。

「陛下でも同じだって。やらかしたらまたリボンだぜ」

「ぐ……」

 昼間の地獄を思い出し、自然と拳に力が入る。あの人ならやりかねない。

「っつーわけで!」

 ちょうど街角に差し掛かった頃だった。クロウは、一直線に行く先を指さし、ニヤリと笑う。ここからまっすぐ行けば、城門である。

「先についた方が勝ちな!」

「あっ、ずるいぞ!待て、クロウ!」

 先に駆けだした親友を追いかけ、リュールは石畳を蹴り出す。

 長い夜の、幕開けだった。

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