第4話 痴女ではありません!
「(漫画ってお前……漫画描いてるのか?)」
「(ええまぁ、そんなところではあるんですがーー、)」
「んぉっ……?」
「(降りる駅ですよ?)」
これもこいつの超能力が成せる技なのか俺にその意思がなかったのにも関わらず、自然と足が開いた扉へと向かい、ホームに降り立った。
振り向けば閉まる扉の向こうで朗らかに小さく手を振る姿が見える。
「マジで意味わかんねぇなあいつ……」
走り出した電車に愚痴をこぼし、まだ頭の中に直接声が飛んでくるかと思ったが圏外になったらしい。電車が走り去った後は静寂が辺りを包み込む。
なんだかなぁ……?
嘘をつかれてる気はしないが、弄ばれてる感じは否めない。
第一、漫画って。女子高生が漫画? 漫画家目指してるってのか? 超能力少女が……?
一体どんな設定だよって歩き出しながら溜め息を付く。あいつ自身の存在が漫画みてーなもんなのにソイツが「漫画を描く」とか意味わからん。そもそも漫画を描く為になんで「エロい妄想」が必要になるんだ。青年誌での掲載でも狙ってんのか、あいつは。
「(いえいえ、別にそう言うわけではありませんよ)」
翌日。例によってぎゅーぎゅーに押し込まれた満員電車に乗り込むと案の定反対側の扉の前にそいつは待ち構えていて、なんと言うか自然に。俺としてはもっと扉から離れた車両の真ん中の方へ行きたかったのだが、人の流れに押し込まれてそのポジションに収まってしまった。
「(これも超能力じゃねーだろうな……)」
人の足を固定でき、さらに歩かせることができると言うのなら俺を誘導、もしくは周囲を操ることすら難しい話じゃないような……。
図星だったのかそれとも答えるつもりがないのか、そいつは笑顔を浮かべるばかりだった。
「(別にプロの漫画家を目指しているわけではなくてですね、趣味なんです。言い換えればライフワーク、生き甲斐、人生のエッセンス!)」
自信満々に告げられるが、その傍迷惑な趣味に俺は巻き込まれているわけだ。なるほどなー。マジいい迷惑。
「(良い迷惑ってマイナスにマイナスかけてるからプラスですよね?)」
「(屁理屈こねんな)」
この場合の良い迷惑は嫌味だろ。グットジョーク的な。
説明したところでどうでもいい。問題は趣味だってところだ。
「(なんで趣味でエロい妄想必要になるんだ。やっぱり痴女か)」
「(痴女違います! それにエロいじゃなくてえっちなです! 間違えないでください!)」
「(同じだろう……)」
「(違いますよぉ!)」
最近の若いもんはわからんなぁー……。エロいもえっちも同じだろ。なんとなくエロいは直球でえっちは歪曲されていると言うか緩衝材を挟んでいる感じはあるけど、エロいものはえっちだろうしえっちなものはエロいだろう。
「(エロいエロい連発しないでください恥ずかしいっ!)」
「(なんでだよ!?)」
「(恥ずかしいものは恥ずかしいんです!)」
意味わかんねーを通り越して理解不能だぞ女子高生……。みんなそうなのか? 最近の若い子はみんなこうなのか……? そもそも学生時代それほど女子と絡んだ覚えもないからどうなのかわからないが、それでもここまで意味不明な生き物じゃなかったと思うぞ。
呆れつつも相変わらず密着している体をどうにか引きはがそうとするが弾力性のある胸を僅かに膨らませるだけに終わる。
「(まじで痴漢だって言われたらそこで人生終了だよなぁ……)」
客観的に見てそう思う。
いくら満員電車だからって向かい合わせにくっついてる奴らなんてほとんどいない。ンなことしてるのは頭のおかしいカップルと性的なことにオープンな外人の奴らだけだ。少なくともそんな奴らはこんな時間帯に電車に乗っては来ないのだから、やっぱり異常なのは俺たちだけだ。
せめてもの足掻きで体を少しだけ捻って肩を割り込ませてみるがーー、
「(ぁ……)」
結果的にもっとひどい形になった。
即座に無心に切り替え、何も考えないようにする。行き場の失った視線が宙を舞い、ごそごそと肩を元の位置に戻そうと奮闘してみるが元あった場所は他の人の背中が既に埋めており、身動きが取れない。
むにむにと電車が揺れるごとに伝わってくる感触、耳元に吐き出される、
「ふっ」
「いッ……?!」
吐息が明確な悪意を持って耳元を襲ってきた。
「(お前なぁっ……!?)」
なんとか首だけ捻って睨みつけ、けれどもそいつは楽しそうに笑うばかりだ。
「(弱いんですねっ?)」
「(驚いただけだっつーの!)」
不意打ちにも程がある。これ、俺が逆に痴女で訴えたら勝てるんじゃないか……? 完全に被害者だろ、俺……。とはいえ、そんなこと申し出たところで俺の言い分を聞いてくれるとは思えないし、頭のおかしい奴だとあしらわれるのがオチだ。
不公平だなぁ……この社会は……。
別にそのことを悲観しているわけでもないが、当面の悩みとしてこの好き勝手する女子高生をどうにかしてくれ。
おじさんは扱いに困ってますよ、とほほ……。
「(おじさんって言うほどの年でもないですよね?)」
「(自虐だよ……気にすんな)」
「(ふーむっ)」
しげしげと見つめられるとそれはそれで欝陶しい。ヒゲは剃ってきてるが鼻毛が出てても知らんぞ。
「(出ていませんでしたっ)」
「(そりゃどーも)」
なんなんだろうなぁこの状況……。おかげで通勤時間に楽しんでた落語もすっかりご無沙汰だ。
聞いてもいいんだろうが、人に話しかけられている(?)のにイヤホンを耳に差すのも気がひける。いや、気にしなくてもいいんだろうけどさ。こいつには。
ひどいですねー、なんて文句を言いながら恐らくそのことを止めようとはしてこない。あくまでも俺の意思を尊重し、「お願い」している体は崩さないつもりらしい。
「はァ……」
そんな待ちみたいな態度を取られると気を使うのはこちらの方だ。
「(それで、漫画が……なんだって……?)」
エロいだのえっちだのの話で本筋が見えなくなってた。
結局こいつは何をさせたくて何をしたいんだ。
「(同人誌ってご存知ですかっ……!)」
「(ああ知ってる。存在だけはな)」
「(わぁっ……!)」
「…………」
こう言うタイプの人種を知らないわけでもない。否、知っていた。
やはりと言うかこいつもと言うか、自分の趣味に一定の知識を示してくれる相手には一種の感動を覚えるらしい。覚悟を決めたように目を鋭くして「同人誌」と言う単語を出したのに今ではもうキラキラなんだか変な光まで舞って見える。これも超能力なら欝陶しいから消してくれ。マジで。
「(実は同人誌を作ってるんですよ、私! だからお兄さんに協力して頂きたいんです。スペシャルサンクス枠です!)」
「(生憎だが仕事が忙しくてな、ンなことしてる余裕はない)」
休日は休日で平日の疲れを癒すと言う重要な予定が二日間ギッシリ入っている。完全週休二日制。いやぁ、すばらしい。唯一我が社で誇れる制度だ。そのぶんサービス残業があることについては改善して頂きたい。切に。
「(原稿の方は私一人でできますよー、部活だって入ってませんし、そこそこ勉強もできるんですっ。使える時間は多いのでっ)」
学生の特権だなーと羨ましくも思う。ただ、俺も大半の時間は趣味に当てていた気がするしその件に関してはどっこいどっこいだ。赤点まみれでなけりゃ誰だってそうする。
「(じゃあ俺に何させようってんだよ)」
「(ですから、えっちな妄想ですよ! 私では想像出来無いような、えっちなっ……可愛らしい女の子が悶え悦ぶようなシチュエーションやセリフを想像して頂きたいんです!!)」
こいつの「よろこぶ」って言葉が「悦ぶ」の方で変換できた俺も大概だとは思うが、意味ワカンネー。何言ってんだこいつ。
「(だって、私一応女子高生なんですよ? 以前にも言ったと思いますけどやっぱり男性向けのそう言うことって男の人の方が想像できると思いますし、私が考えてもそんなにえっちじゃないって言うか、可愛いだけっていうか……)」
「(はぁ……? なんだよお前、まるでお前がエロマンガ描いてるみてーじゃねーか)」
同人誌と言われるとエロのイメージが先行するがそうでもないと以前力説されたことがある。
大体全体の3割程度。殆どの同人サークルは健全な「二次創作活動」だと。
「(言ってませんでしたっけ? 私、エロ同人専門の個人サークルなんですよ)」
きょとーんと今更そんなこと言われてもあれー? みたいな不思議そうな顔で告げられる衝撃の告白。
頭の中に送られてくるイメージが全て俺の妄想であって欲しいと心の底から思った。いや、俺が「エロ同人サークルをやっている女子高生」なんてのを目の前の女子高生から連想していた場合の方が重症かもしれないけれど、いや、あの……なんつった……?
「(ですから、えっちな本を描いて出してるんです。新進気鋭の今話題のサークル主なんですよっ? これでも!)」
えっへん、と突き出される胸が腕で押しつぶされるがもう思考回路がついていかない。と言うよりも理解することを半分諦めかけていた。
つまりこいつは超能力が使える上にエロい漫画を描いてるバカな変態女子高生だと。
「(後半は余計ですっ!)」
顔を真っ赤にさせての抗議だが俺からすればまさにその通りでしかない。
100歩譲って「思春期の好奇心から」男どもがどう言うエロいことを考えるのか気になったのだと言うのであれば(まぁ、それも十分に頭おかしいが)俺も納得ができる。男子高校生の頭ん中は真っピンクだろうからな。女子高生がそうだったとしても……いや驚くがー……ぁー……。
「(頼むから別のやつを当たってくれ……)」
もう頭がいたい……。
テレパシーを受けすぎた弊害だとか言わないだろうなぁ、これ……?
そもそもエロい妄想ならそれこそ同じクラスの男子の頭の中を覗けば万事解決だ。ちらっと目の前で屈んでやるか手でも掴んでやれば地平線の先までノンストップだろう。エロい妄想なら永遠に垂れ流してくれるに違いない。
「(だってそれだと私や私の友達のえっちな所を想像させることになるじゃないですか……)」
「(ダメなのか)」
痴女なのに。
「(痴女違います!! 私でえっちなことを考えるの禁止です!! お兄さんもダメですからね!?)」
「(はぁー……?)」
散々体を密着させておいて? 今も身動きが取れないのをいいことに胸を主張してきているくせにー……?
慣れと言うものは恐ろしいもので一周回って冷静になった頭は状況を的確に判断してくれる。
一方自覚がなかったのか女子高生の方はみるみるうちに顔を赤く染め、
「やっ……ぁっ……これはっ……」
慌てて体を俺から引きはがそうとしている。
いやいやていうかおい、声に出てるッ……!!
「ぁーっ……?」
僅かに後ろ側のおっさんやおばさんからの視線を背中に感じる。
「(すっ……すみません……)」
「(次からは気をつけてくれ……)」
マジで犯罪者一歩手前だ。そうこうしているうちに終点に着き、いつものように駅のホームへと吐き出される乗客たち。
俺と女子高生も足を止めることはなく、ただ黙ってホームに降り立つとお互い改札口へと向かっていく。
「(協力するとは言えないからな)」
「(わかってますっ。わかってますけど期待はしてます)」
「(意味不明だ)」
「えへへっ」
そう言って一足先にかけだし、俺をおいていく女子高生。
「(お兄さんはいい人ですのでっ)」
振り返りざまに笑顔を向け、そのまま人混みの中をトテトテと駆け抜けて言ってしまった。
なーにがいい人だよ。
呆れつつも俺も会社へと向かう。
何をどう勘違いすればそんな馬鹿げた話に乗るように思ったのかは不明だが、明確に断り切れていないのも事実だった。
「ったく……めんどくセーなぁ……」
引き受けるつもりはさらさらない。
いくら女子高生とお近づきになれるから、と言っても生憎俺の守備範囲に奴はいない。嬉しくもなんともないのだ。
だが、それでも、
「……はぁ……」
暫くの間、落語を楽しむ時間は減ってしまいそうだった。
「めんどくセー……」
今日も一日、仕事が始まる。
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