Last NAME 閃光の英雄と闇の奏者 第十四章

精霊玉

桜舞い散る

 璃音は目的地に空間転移で到着した。そしてあたりを見回す。

「……なんか、嫌な感じが漂っているな」

ぼそりと彼女はつぶやいた。あたり一面に漂うものは濃い闇の力の気配。ここまで濃いのはそうそうない。あまたの戦場をかけてきた彼女でも早々経験したことのない濃さだ。

「なんかあの『カオス』を思い出させるな、この気配は。でももう存在しないのだからありえないはずだし……」

そう言いつつも彼女は歩いている。周りの状況を見ながら。

―――やっぱり、今回も逃げられたみたいね。ここでもそうだから、多分他の連中のところもそうかな。

彼女はそう考えた。

「それにしてもここまで派手に破壊できるのって……いるのかね」

彼女の周りは破壊の限りが尽くされていた。生きているものは彼女以外にはいない。……ここまですさまじい破壊は彼女も目にしたことはない。しかも短時間に破壊されたのだ。普通だったらあり得ないというだろう。

「…………あら?なんか、今回残っているのかな?」

彼女の他者を察知する能力に何かが引っ掛かった。今まで感じたことのない気配。……彼女はその気配がとてつもないものだと悟った。近寄るべきではないと本能が警告を発している。だが、彼女としては見逃すことはできなかった。

「やばくなったら……逃げよう」

彼女はそう決めるとそこへ足を向けた。




 修一は自分が破壊の限りを尽くしたここに誰かが来たのに気づいた。

「おや、誰か来ましたね。……この気配は……どうやら凛珠の血筋のものですね。しかもかなり血が濃い……。どうやら少しは楽しめそうだ」

くくくと修一は嗤う。そして、その気配の主が姿を現した。

 璃音はその男を視た瞬間ぞっとした。凄まじいほどの闇の力。光の血を濃く受け継いだ彼女にとってはすぐさま回れ右して逃走したいくらいだった。だが、この男は……。

「あなた、もしかして玖翠 修一?」

冷たい声音で璃音は言った。攻撃をしかけてきたら速攻逃げるつもりで。

「よくも、私のことを知っていたな。凛珠のやつは私のことが知られないようありとあらゆる記録を抹消したはずだが」

 その言葉に璃音は大体のことがわかった。なるほど、そういうことか。

「それにしてもあなたは随分血が濃いですね。まあ、凛珠には及ばないにしても」

「……」

その言葉には璃音は何も言わなかった。どうやらこの男は正真正銘玖翠修一らしい。凛珠たちが必死で存在を隠したがっている、今の黒白の一族の現状を作り出した男に。

「よくも、私を前にして平気でいられますね。……もしかして、あなたはあの12人(’’’)ですか?」

「……それが、何?」

璃音は淡々とした声音で言った。自分にとって魂の力が大嫌いな分、そういういい勝たされるとカチンとくる。

「まさか、あいつの血筋から出るとは思いませんでしたね。……それもこれも、創造主との『契約』でしょうか?」

その言葉に璃音の眉がぴくっと動いた。

「まあ、これ以上話してはいられませんね。私がここにいることを話されたはまずいですし……」

その言葉に璃音は一瞬で姿を消した。それを見て修一はぽそりといった。

「最初から逃げることだけを考えていたみたいですね。……この分だと、あいつに会うことになるかもしれません。……しばらくぶりの再会ですか」

修一から逃げた璃音は一瞬で凛珠と千尋のいる奥津宮に転移した。修一が一瞬だけ発したあの力に璃音はめったにないことに恐怖を感じ、ここまで逃げてきたのだ。修一の力を見て一瞬でかなわないと思った。それほどまでに修一の力は強大だった。

「璃音、何の用?」

千尋が姿を現した。いきなり現れた彼女に不審な目を向けている。

「……玖翠、修一に会いました」

璃音の言葉に千尋の目が見開かれた。




凛珠は空をすさまじいスピードで飛んでいた。凛珠の頭の中には璃音がとらえている修一の居場所の情報がリアルタイムで入ってくる。璃音のもつ『追憶奏者』の力は修一を完ぺきにとらえていた。




『……あなたの、探し人が見つかったのならば、会いに行くべきだと思います。あなたは、あの方を助けたいのでしょう?』

奥津宮で凛珠が修一を追うべきか躊躇しているのを見て、璃音は言った。

『あなたはもう、自分の心のままに生きるべきです。あなたはもうこれまで黒白の一族のために尽くしてこられた。もう、よいではありませんか』

そのときにいつの間にかその場にいた凛樹も言った。

『俺は、あんたがやってきたことが絶対に正しいとは思わないが、あんたはいつまで役目に縛られているんだ?もう、いいだろう?』 

凛樹は凛珠が今まで背負ってきたことをすべて自分たちが代わりに背負うと言ったのだ。もう、凛珠のすべきことは終わったと言って。それでも躊躇している凛珠に対して璃音は言った。

『いま、私の力で彼の居場所をとらえています。今ならまだ間に合います。早く、追ってください。というよりも早く行けといいたいですね』

璃音のその言葉に、凛珠は修一を追うことに決めた。そして、千尋にあとのことを託すと、すぐさま修一を追った。

凛珠は修一がどこに向かっているかに気づいてはっとなった。

「よりにもよってあそこか。修一のやつ、趣味が悪いな」


凛珠がそういうのにはわけがある。修一が向かっているのは創造主が生まれたとされるあの場所なのだ。普通の神経を持っているやつならば、まず近寄りたくないような、すさまじい力が渦巻く、桜の森。


桜吹雪が舞っていた。桜の森についた修一は自分を凛珠が追っていることを感じ取っていた。だからこの場所を選んだ。すべての始まりの場所であるここならば、自分たちの決着をつけるのにふさわしい。

そして、サクッという青草を踏む音とともに現れた凛珠を見て、修一は笑みを浮かべた。


千尋が不意に顔を挙げて言った。

「始まったか……」

その言葉に璃音が振り返る。

「はじまったよ。すべての始まりの戦いが。……果たして凛珠は、あいつを元に戻せるのかな」

千尋はただ、ずっと空をみていた。



凛珠と修一はしばらく黙ったままだったが、不意に凛珠が言った。

「どうして、この場所を選んだ?」

その言葉に修一は言う。

「ここは、私たちが決着をつけるのにふさわしいだろう?なにせ、ここからすべてがはじまったのだから」

修一の言葉には凛珠は何も言わなかった。ただ、冷たい目で修一を見ている。

「私は『カオス』で、お前は『コスモス』。闇と光の最終決戦場所としてここはふさわしい。違うか?」

その言葉に凛珠はため息をついていった。

「たしかにそうだが、お前、ここを選ぶとは自殺行為だな」

その言葉に修一はくくくと笑って言う。

「そう言われたらこちらとしては何も言えませんね。……いい加減、はじめませんか?」

そう言って修一は大剣をすっと取り出し構える。凛珠も双剣を取り出すと、すっと構えた。

「それでは、はじめよう」




桜舞散る中で神の血をひく二人は戦っていた。凄まじい速さで繰り出される剣技は常人ならば光の軌跡にしか見えないだろう。磨きに磨きあげられた二人の剣は激しくぶつかり合う。時には火花が散るほど。

「なかなかやるねぇ。凛珠。でも君は私にはかなわない!!」

凛珠の一瞬のすきを突いてくり出された剣は凛珠の右手の剣を弾き飛ばした。凛珠は眉根ひとつ変えずに左手の剣を繰り出し修一を後退させた。そして修一にけりを食らわせてよろめかせたそのすきに弾き飛ばされた剣を取りに行き、すっと右手に構えなおす。

「ひとつ、聞きたい」

凛珠が不意に言った。修一はぴたりと剣を止めると言う。

「何をですか?」

凛珠は目を閉じて言った。

「『カオス』は凛樹が消した。お前は修一の中に残ったカオスの残りかす的な存在だろう」

「……」

「いつまで、修一の体を乗っ取っているつもりだ?いい加減出て行け。そして、あいつを返せ」

凛珠の口調は淡々としていたが、それが余計に凄味を与えていた。その様子を見て『カオス』はふっと笑って言う。

「『修一』を取り戻したくば、私を消すことですね。ですが、お前に出来るか?」

そういうと『カオス』は奏者の力を使った。



凛珠は修一の奏者の力によってみるみるうちに周囲が闇に飲み込まれていくことに気づいた。

―――これが、奏者の力、か。実際に見るのは初めてだな。

自分いやみがまとわり突いてきても、凛珠はあわてもせず、すっと剣を構えると彼の体から淡い燐光が放たれた。闇を一掃する、『光』の神の力。そして……。



「そういえば、千尋様、陛下、修一を助けるといってましたが、どうやって助けるおつもりなのですか?闇に飲み込まれたものは、助けられないのでしょう?」

璃音が不意に千尋に尋ねた。

「……お前は『追憶奏者』だったな」

千尋が言う。

「それが何か?」

璃音が不審そうに言った。いきなり何を言うのかこの人は的な目をしている。

「修一の力はほとんどが『闇の奏者』でな。……あいつの奏者の力を消すことができれば、あいつは元に戻るとあるとき知った」

璃音は千尋の言葉に対して言う。

「奏者の力を消す?そんなの無理でしょう?私やあいつの力でも、そんなの無理ですよ」

彼女や、凛樹の力は消滅系の力で、ありとあらゆるものを消せるが、『奏者』の力だけは別で、いかなる異能を消せるこの二人の力であっても『奏者』の力だけをそっくり消すなんていうことはできないのだ。

「凛珠のもつ魂の力はな、璃音。『奏者』の力を完全無効化するある意味とんでもない力だ」

「……はい?」

千尋の言葉が璃音には信じられなかった。普通、考えたらありえないからだ。歴代の黒白の一族の中で、そんな力を持っていた者はいなかった。

「お前がそういう反応をするのもめったにないな。……お前は信じられないかもしれないが、これは事実だ」

その言葉に璃音は少しの間沈黙した。

「……それほどの力ならば使うときの代価も大きいのでは?」

「確かにそうだな。だが、お前たちがその代価を支払った」

千尋の言葉がさっぱりわからないという顔を璃音はした。

「お前たちがあいつを役目から解放したからだ。あいつのあの力は膨大な力を使う。……役目に縛られたままでは絶対に使えなかっただろうな」

その言葉に璃音は納得した様子で言った。

「……そうですか」



 凛珠の力が修一を包み込んだ。

「何ですか、これは……!?」

凛珠の持つ力が修一の『闇の奏者』の力を浄化していく。そして、すさまじい光が当たりに満ちた。

夢は不意に顔を挙げた。今、とてつもなく強大な神の力を感じた。

「凛珠陛下?」

夢はつぶやくと、兄たちの元へ行くべく立ち上がり、祭壇の間から出て行った。

そのころ、任務中だったアルヴィンは地面に死屍累々と広がる死体をどうしようかと考えていた。すると、

「桜……?」

桜の花びらが、空からふわふわと落ちてくる。舞散り、あたり一面桜の花びらで覆い尽くされていく。

「……陛下は、無事に目的を達せられたみたいですね」

そう言うとアルヴィンは踵を返し、本部へと帰って行った。


千尋は凛珠の帰りを待っていた。そこに桜の花びらが天から降ってきた。

「千尋さま、これは?」

不思議そうに璃音が言った。その言葉に、千尋は言った。

「どうやら、終わったみたいだね」

そう言ってにっこりと笑った。



凛珠は倒れている修一に駆け寄った。

「シュウ、起きろよ」

そう言って彼をゆする。そうすると彼は目を開けた。

「あー、ソウ?」

その能天気な声音に凛珠が怒鳴った。

「……本当に手間かけさせやがってこのバカ野郎!!」

思いっきりぶん殴った音が響いた。



 十年後 ある、春のうららかな日のこと凛珠は庭で昼寝をしていた。

「おや―ソウのやつ寝てるよ。こんな昼間っから」

修一が凛珠の顔を覗き込んでいった。その様子の千尋があきれた様子で言う。

「悪趣味だよ。寝てるんだからほっとけばいいじゃないか」

「ほっとく?顔にいたずらできるチャンスなのにか?」

そういって修一はペンを取り出して凛珠野顔に落書きしようとしたが、描く寸前でがっと腕をつかまれた。

「お前……なに人の顔に描こうとしていたんだ?」

「おや、起きちまったか」

その言葉に凛珠の額に青筋が浮かぶ。

「起きちまったじゃないだろうが。お前な、がきじゃないんだからいたずらするのはいい加減にしろ」

本気で怒った声音だった。

「別にいいじゃん。……顔に落書きするくらい」

その言葉に凛珠が怒った。そしてぎゃーぎゃーいい始めたからたまらない。

「二人とも、いい加減にしなよ?」

千尋の氷点下の声が響いた。その言葉に二人とも固まってギクシャクと千尋のほうを見た。

「いい年してやめたら?」

にっこりと笑っているが、目が笑っていない。

そのあと千尋が二人に対して説教をした。



「にぎやかだね」

璃音は奥津宮から聞こえてくる声に対していった。

「それがあの人たちにとって自然なんじゃないのかと思うが」

凛樹は言った。その言葉に凛伽が笑って言う。

「確かにねー。でもさ、うるさいよね、ちょっと」

凛伽のその言葉にノクトはいう。

「あなたのほうがうるさいと思うますが」

「なんだとー!?」

凛伽のそのぷんぷんした様子にそこにいるものたちはみな、笑った。




凛珠は、親友を取り戻した。そして今、彼は三人で楽しい日々を送っている。






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