Last NAME 閃光の英雄と闇の奏者 第十章

精霊玉

宣戦布告と創造主


 三ヵ月後。修一戦でのけがから回復した凛珠は執務室で書類の決裁をしていた。

―――……修一のやつ、この三ヶ月間まったく行動を起こしていないな。不気味だ。

 凛珠は決済の合間の休憩中窓の外を眺めながら思った。予測では即座に自分が戦闘不能の間に戦いを仕掛けると思ったのだが……。

そのときこんこんとドアがノックされ、千尋が入ってきた。

「……怪我のほうはもういいみたいだね」

千尋は平坦な声音で言った。この三カ月、千尋は凛珠にほとんど近寄らなかった。修一を闇に落としたのは自分だとずっと責めていたらしく自分の部屋にほとんどこもりきりだったと愛紀那から聞いた。

「ああ。……愛紀那のやつから聞いたぞ。お前、ずっと自分のことを責めていたとな」

その言葉に千尋は目を伏せた。……いまだにそうらしい。

「確かに修一が闇に堕ちたのはお前のせいだな」

凛珠のその言葉に千尋はびくっとした。

「だが、修一は遅かれ早かれそうなっていただろう。たまたま今回そうなっただけだ」

淡々とした凛珠の声が室内に響く。

「もういい加減自分のことを責めるのはやめろ。責めるのをやめてあいつを助ける手でも考えろ。このバカ軍師」

「……誰がバカだ」

千尋が地獄の底から響くような声で言った。その言葉に凛珠は鼻を鳴らす。

「馬鹿だろう。おまえ、あいつに会ったとき何も感じなかったのか?」

その言葉に千尋はいぶかしげに尋ねる。

「何もって何?」

「……」

千尋のその言葉に凛珠は何も返答のしようがなかった。どうやら自分は感じた(’’’’’’)が千尋は何も感じなかったらしい。

「……俺の感じた限りでは、あいつの心はほんのわずかだが残っている。だが、それをどうやったら元に戻せるかがさっぱりわからない。それをお前が考えろ」

「は?」

凛珠の言った言葉に千尋の思考はついていけない。

「は?じゃないだろうが。とっとと考えろ!」

凛珠が叫んだ。



 その日の夜のことだった。凛珠は誰かによばれた気がしてそっと部屋を抜け出した。そして、走り出す。

 『神域』のひとつ、月闇の渓谷へ



 月闇の渓谷はいつものことながらひっそりとしていた。足を踏み入れる者もいない。かつて月の神が降臨したという『神域』。そこに修一が待っていた。

「久しぶりですね。私の親友」

二コリと笑って修一は言う。

「何の用だ」

相対する凛珠の表情は険しい。冷たく修一を見据える。その様子を見て修一はくすりと笑うという。

「私はあなたに言いたいことがあってきたんですよ」

その言葉に凛珠の目が剣呑なものになる。

「言いたいこととはなんだ?」

凛珠の声はあくまでも淡々としていた。修一は凛珠の対して言った。

「私は、お前の率いる玉京国に宣戦布告する」




 その言葉に凛珠は目を伏せた。まるで修一が何を言うのか分かっていたように。

「そうか。ならば俺は全力で貴様を倒すまでだ。たとえどんな手を使うことになろうともな」

 凛珠は言う。冷たい声音で。親友に向ける態度とは思えないほど冷淡で。

「俺は、この国の王だ。俺にはこの国を、民たちを守る義務がある。それに危害を加えようとするやつはたとえなんであろうとも排除する。お前だとしてもな」

 修一に剣を突き付け凛珠は言う。

「ひとつ聞きたい」

その言葉に修一は軽く眉を挙げた。少しだけ意外だったらしい。

「ふーん、それでなんだい?」

凛珠は一度眼を閉じた、そして言った。

「問う。お前はいったい何だ。修一ではないだろう?……カオスとでも呼べばいいのか?」

冷たく凛珠は言う。その言葉に修一は言う。

「私のことは好きに呼べばいい。別に『私』自身には名前がないのだからな」

「……あっそう」

凛珠は修一の言葉に気の抜けた返事を返した。凛珠のその態度に対して修一は気分を害したように言う。

「なんだそれは?」

その言葉に凛珠が言う。

「はあ?何が」

「お前のその態度だ!!」

修一が叫んだ。凛珠はその言葉にむかっとした様子で言った。

「別に俺がどのような反応をしようが俺の勝手だ。違うか?」

凛珠のすがすがしい主張に修一は呆れたような顔になった。

「……お前がとる反応だけは昔と変わらんな」

凛珠のつぶやきは修一の耳には入らなかったらしい。凛珠は毅然と顔を挙げ言う。

「俺は、お前を絶対に倒す。たとえ何年かかろうともな」

その言葉に修一は言う。

「はたして、あなたはそんなことができるのでしょうか?私を倒すということが」




 修一が去ったあと、ふいに凛珠は言った。

「いつからいた?」

その言葉に戩漓が暗闇から姿を現す。

「途中の、修一がお前に宣戦布告をしたあたりからだな」

戩漓の言葉に凛珠は言う。

「お前は、……こうなることを知っていたんだろう」

その言葉に戩漓は黙った。否定する根拠はなかったので。凛珠は戩漓のその様子を見て言う。

「……お前のことだからどうせわかっていたんだろう?お前の持つ異能のひとつ『未来視』。それを使えばどういうことになるかはわかっていたんだろう?」

「………あいかわらずだな。ところで、お前はこれからどうするつもりだ?修一のやつは……本気だ」

戩漓の言葉に凛珠は少し考え込んでから言った。

「俺の言ったことに嘘や偽りはない。俺はあいつをなんとしてでも倒す。たとえ何年かかろうともな」

「……」

凛珠の言葉に戩漓は彼の覚悟を感じ取った。凛珠はたとえおのれにとってどれほどつらいことであろうとも、どれほど後悔にさいなまれることになろうとも、情に流され、とるべき判断を間違えることはない。彼は正真正銘王なのだ。

「……これはお前に伝えるべきか迷ったが、教えよう。………葉月一族が修一に側にまわった」

戩漓のその言葉に凛珠は眉一つ動かさなかった。まるで知っていたかのように。

「やはりな。どうも最近おかしいとは思っていた。紅陽の当主がずっと本邸にいるのは何かあったとは思ったが……どうやらあの一族は芯から腐ったらしい。これで心おきなくつぶせる」

凛珠は建国当時から葉月一族の存在は煩わしく思っていた。葉月一族の影響力は凄まじく、国政にも影響を及ぼすほどだったからだ。凛珠たちは機会があればたたきつぶしたいと思っていた。葉月一族の力は国にとっては必要がなく、危険以外の何物でもなかったからだ。

「いいのか?葉月一族をつぶすということは燈華の一族を消すということだ。…………お前はそれでいいのか?」

戩漓のその言葉に凛珠は言う。

「情に惑わされて、判断を誤るなと言ったのはお前だったはずだが」

「確かに俺はそう言ったな。だが、お前はそれでいいのか?」

戩漓の言葉に凛珠は激しい語調で言った。

「だからと言ってあいつらを野放しになどしておけるか!あいつらを放置しておけば昔に逆戻りだ。個人の感情を優先して何かいいことでもあるのか?ないだろう?」

その言葉に戩漓は押し黙る。しかなかった。

「お前はそう言われると何も言えなくなるよな。まあいい。俺は帰るぞ」

そういうと凛珠は姿を消した。

「個人の感情を優先して何かいいことでもあるのか、か……確かにそうだが凛珠。お前にとってそれがどんなにつらいことなのか分かっているのか?」

戩漓の言葉は凛珠には届くことがなかった。



ある日の真夜中 


凛珠は中庭に降りる小さな階段に一人、腰掛けていた。修一が宣戦布告をしてから三年たった。あの日からずっと修一と凛珠の戦いは続いている。しかし、民たちはそのことを一切知らない。知らずに毎日の変わらぬ日常を過ごしている。

「……はたして、この戦いに終わりは来るのか?」

凛珠はつぶやいた。そのとき不意に後ろから声がした。

「……こんなところで何をしておいでなのですか?体が冷えますよ」

凛珠が振り返ってみるとそこには燈華がいた。燈華の目は憂いを帯びていた。最近、凛珠を見るときずっと同じ目をしている。

「燈華。お前こそこんなところで何をしている?」

凛珠は言う。燈華はその言葉には答えず、持っていた毛布を凛珠に掛ける。そして不意に後ろから抱き締めた。そして言う。

「つらい?さびしい?どうして一人で抱え込んでいるの?わたしじゃ、だめなの?」

燈華の言葉に凛珠は言う。

「つらいさ。……でも、俺は言えない」

凛珠のその言葉に燈華は言った。

「どうして!?どうしてあなたはいつも一人で抱え込むの?……私はいったい何のためにいるの?」

燈華の目からはボロボロと涙が出ていた。凛珠はそれを見てぎょっとし珍しくおたおたした。

「……いや、その……悪かった」

「悪かったですむ問題じゃない!!」

燈華に怒られた。凛珠は燈華のその様子にビビりながら言った。

「今度からちゃんと言いますので許してクダサイ……」

凛珠の言葉に燈華は涙をぬぐって言った。

「ちゃんといってね」

「……わかった」

その言葉に燈華はほほ笑んだ。その様子に凛珠もつられて笑う。しばらく時間がたった後、凛珠が不意に言った。

「なあ燈華、三年前のことなんだが」

「ん?」

燈華は小首を傾げた。

「修一が闇にのまれたあの時と、最後に修一にあったとき、俺は感じたんだ。感じたというよりもわかったというべきか。あいつの心は完全に闇にのまれたわけじゃない。あいつの中にあるあの血の力……あの力をどうにかすれば元に戻せるかもしれないとな」

「……どうにかすれば、ね。でも方法がわからないんだよね?」

燈華が言った。その言葉に凛珠は頷く。

「あいつの持つ力は強大だ。今のおれでは全く太刀打ちできん……情けないことにな」

凛珠のその言葉に燈華はきゅうっと凛珠を抱きしめる。

「大丈夫、信じていれば絶対に見つかるよ」

にっこり笑って燈華は言った。その言葉に凛珠もいう。

「そうだな。ちゃんと、気持ちを強く持たないと……」

 自分も、闇に堕ちてしまう。




 数日後のことだった。凛珠は朝の会議中にこんなことを言った。

「俺は神の森の奥にある、ある社に行く。その間の全権は千尋に託す」

凛珠のその言葉に千尋以外の者たちは驚いた。

「ある社ってあの社じゃないですよね?」

昴が尋ねた。神の森の最奥、そこにははるか古よりあると言われている創造主を祀る社がある。ただそこに行くには危険な場所をいくつも通らなければならない。

「その社のことだ、スバル。俺があそこに行くのは危険だと言いたいのか?」

その言葉に昴は頷く。他の者たちも同様らしい。

「そんなことは百も承知だ。……俺は、あそこに行かなくてはならない」

「それはどうしてですかー?」

航也が尋ねた。他の者たちは頭に疑問がぷかぷか浮いているらしい。

「……俺は、あそこに行かなければならない。どうしても知りたいことがあるからな」

「……」

他の者たちは皆、黙り込んだ。凛珠が知らなければならないこと、それはいったい何なのか。今すぐにでも本人に問いただしたいが、それをしたらまずい気がするというのは皆、一様に感じ取った。

「それじゃあ、陛下はいつから行くんですかー?」

航也が言った。

「これが終わったらすぐだ」

凛珠が行ってから一拍、

「えええええぇぇぇぇぇぇ!!?」

城中に叫び声が響き渡った。




「あ~あ、陛下行っちゃったよ。つーか、これでよかったわけ?軍師さん」

航也が窓枠に寄りかかりながら部屋の机で書類の決裁をしている千尋に言った。

「あいつが行きたいと言ったからね。こっちが止める理由などないだろう?」

顔も上げず千尋は言った。その様子を見て航也がやれやれと言った様子で言う。

「親友なのに冷たいですねぇ。……そういえば、陛下も修一のやつ同じく神の子供なんでしょう?」

その言葉に千尋は書き物の手を止めた。

「……それが何?」

千尋のことをちらりと見て航也は言う。

「なんであいつは神の血に飲み込まれずに済んでいるんだ?修一のやつは比較的あっさりとのみこまれたじゃん。やっぱあいつが『光』の神の子供だから?」

航也の言葉に千尋は少しの沈黙の後言う。

「それも関係はしているかもしれないけど、僕も細かいことは知らないな」

「ふーん?そうなんだー」

航也のその言葉に千尋が言う。

「凄まじく棒読みだな」

千尋の言葉に航也が鼻で笑って返す。

「別に棒読みでもいいじゃん。ま、でもさ、陛下ちゃんと帰ってくればいいけど」




 凛珠は神の森の中を歩いていた。神の森の内部には凄まじいほどの神気が満ちている。その内部を凛珠はひたすら最奥の社へ向かって歩く。自分の中にあるある疑問を知るために。

「普通の人間も、『異能』を持っている連中でも発狂しかねんな」

凛珠が歩きながらぼそりと言った。神の森の由来、ここは昔創造神が降臨したと言われている、その名残か何かは知らないがここには神気が昔から渦巻いている。常人ならば発狂するレベルだ。凛珠は平気だが。

「……そろそろ、か?」

凛珠はつぶやいた。神の森の先、ひらけた場所がある。

 「……あれが、創造主を祀る社、か。……の前に何かいるな」

 凛珠は少し考えた後、とりあえず近寄って見ることにした。




「て言うか、何これ」

凛珠は目の前の(いい方悪いが)物体を見て唖然とした様子で言った。

「我に対して何これとはなんだ?」

その物体がいきなりしゃべった。

「うわっ!しゃべった!!」

凛珠は一気に引いた。なんせその物体は……ぬいぐるみみたいな不思議物体生物の形をしていたのだから。

「しゃべったとか何とかで我に対して失礼だとは思わんのか?」

やけに偉そうである。

「……失礼か。お前はいったい何だ?」

凛珠がその物体に対して尋ねた。(凛珠は平気だが情人だったら気絶するかもしれない。ぬいぐるみみたいなのがエラそうな物言いでしゃべるのだから)

「我がいったい何か、か。ふむ……そうだな、我を知る者は『創造主』と呼ぶぞ」

その物体……『創造主』に愛して凛珠は唖然とした。

「は?こんなのが『創造主』?」

「こんなのとはなんだ、こんなのとは」

そのエラそうな『創造主』は機嫌を損ねたように言う。

「……俺にはお前がぬいぐるみにしか見えんが」

凛珠が言う。

「…………ぬいぐるみか。そう表現したのは二人目だ」

「二人目?」

凛珠が胡乱気に言った。

「お前の父親も我にあったとき同じことを言った」

「はぁ?」

凛珠はぽかんとなった。は?そんな話は聞いていない。

「お前が生まれる前の話だからな。それで、お前が我に会いに来た理由を話せ。話さんと我は消えるぞ」

その言葉に凛珠の目がすっと細められる。そして彼は言った。

「修一を助ける方法を、お前ならば知っているのではないかと思ってここに来た。あいつの心はまだ残っているのだろう?だったら……」

凛珠の言葉に『創造主』は冷たく言う。

「あることにはある。だが、それはお前には『選択』できぬ」

『創造主』は冷たく言い放つ。

「それは、どういう意味だ?」

凛珠が問う。『創造主』はしばらし沈黙していたが不意に凛珠に問いかける、

「では、お前は闇に堕ちた親友を助けるために人であることを捨てられるのか?」

『創造主』は静かなる声音で言った。



「人であることを捨てる?……つまり、俺の中にある『神の血』を目覚めさせろということか?」

凛珠は冷たく問う。

「そういうことだ。人のみではお前の親友を助けることなぞ 出来んぞ。我と取引し、己が望みをかなえるか?創造神の息子よ」

『創造主』は問う。凛珠はその言葉に黙った。人であることを捨て親友を助ける力を得るか、それとも人であり続けることを選ぶか。凛珠は不意に顔を挙げ、言った。


「俺は……

 あいつを助けられるならば人であることを捨てる」



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