1話 Last NAME 閃光の英雄と闇の奏者 第五章

精霊玉

天空の迷宮

葉月一族本邸へとつながる最後の中継地点、神の森のうちのひとつ、マティランス。そこに凛珠たちは空間転移で到着した。

「ここが、中継地点の最後となります。この次転移すると、葉月一族の本邸につきます。ですが……」

愛紀那の言葉に千尋は眉をひそめた。

「ですがって何?ハッキリ言ってほしいな」

愛紀那は躊躇したが、結局言った。

「葉月一族の本邸は、『天空の迷宮』と称されています。内部は複雑怪奇、言ってみれば、神の森に雰囲気が似ているかもしれません。迷ったら、一生出ることはかないません」

愛紀那の言葉に三人は顔を見合わせたが、さしたる問題ではないという様子でいた。

「そうじゃなきゃ、お姫様救出にふさわしくないと思うね」

千尋がなんともなしに言った。

「は?」

「単なる屋敷だったらつまらないよ。僕の」

いったん千尋は言葉を切って自分の頭をポンッと叩いた。

「頭脳が使えないからね」

千尋の言葉に修一は言った。

「お前そんなに頭いいのか?」

その言葉に凛珠が言った。

「千尋は真なる『天才』だぞ。気付いていなかったのか?」

その言葉に修一はぎょっとした様子で言った。

「なにそれ!?うわっ、この世に片手の指で数えるほどしかいないっていう、『天才』?」

「そういう反応されるといらつくね。僕がそうだったらなんなのさ。……僕がそうだって言うとみんなひくんだよね」

千尋が不愉快と言わんばかりの様子で言った。

「……そうか。悪かった。でよ、愛紀那」

「は、はいっ!」

修一に急に話を振られた愛紀那は飛び上がった。

「とっとと行こうぜ」

修一はあっさり言った。

「本気ですか?」

愛紀那の言葉に修一は言った。

「なんで嘘なんか言わなきゃいけねーの?無駄に時間を消費するよりはいいだろう?」

正論だが、愛紀那は言葉を失った。迷ったら一生出ることのかなわない迷宮にあっさり行くと言ったのだ。

「それに迷うなんてありえねーよ。俺たちの感覚は世間一般の人とは違うからな」

修一はこともなげに言った。凛珠や修一、千尋並みの実力があれば迷うなんて言うことはない。絶対に。

「………そうですか。では、行きましょう」

愛紀那は目を閉じ、最後の『道』を開いた。




 眼を開けた瞬間に、四人を殺気が襲った。目の前には黒装束の葉月一族。

「……俺たちが来ることは『予見』していたようだな」

凛珠が宙からふた振りの剣を出現させ、握るとすっと構えた。

「そりゃ、異能の名家じゃん?『先視』の力を持つもつやつくらいいるんじゃねーの?」

修一がすっと大剣をつかみ、流れるように構える。千尋は無言でふた振りの小太刀を腰の鞘から引き抜いた。

「さてと、……あいにくだけど、僕らは一人たりとも見逃す気ないから。……僕らを敵に回したことを、あの世で後悔して」

三人はためらいなく葉月一族のものを切り捨てた。




それぞればらばらに探索することにして四人は別れた。愛紀那は千尋についていったが。

―……平常時で、これか。

凛珠は襲ってくる葉月一族を容赦なく切り捨てながら邸の中を探索していた。配置は的確で、人数も多い。

―それにしても、こいつらの戦い方は、暗殺者のものだな。動きが

襲いかかってくる(多分)警備の連中と切り結びながら凛珠は思った。戦い方がかなり変則的なのだ。だが、自分の敵ではない。凛珠は警備の連中をバタバタと倒しながら今まで封じられていた異能、『千里眼』をひらいた。現と夢の狭間のあの場所であった父が、凛珠にかけていた異能の大部分を封じていた封印を解いたからだ。

『もうお前は大丈夫だな。お前の「異能」にかけていた封じを解こう』

だが、忘れるな。己が異能に頼りすぎるな。『異能』は下手をすればわが身を滅ぼす、危険な能力であるということを――……。

『千里眼』を使うと一瞬で燈華の居場所が見えた。ここからそう遠くはないが、凛珠の眉間にしわが寄った。

―ていうか、なんだよ。あれ……。

千里眼で『視』た光景。燈華が閉じ込められている場所に続く扉の前にいる怪物というか化けものというか、そう形容してしまうとんでもないものがいる。

―本当に人か?とてもそうは見えないな。

凛珠はそう思った。数ある化け物どものどれとも違う波動を感じる。厄介な相手だろうが、今は目の前の連中をさっさと片付けるべきだろう。凛珠はそう結論付けると剣をふるった。


 その男は一人、庭の滝の前で目を閉じていた。

「ほう……侵入者は『蒼き鳥』の蒼天華凛珠、狭間千尋、玖翠修一、それに紅陽一族の直系の愛紀那か。まったく、よくもまあこの天空の迷宮と称される葉月一族本邸に足を踏み入れたものよ」

 葉月一族現当主、葉月静覇は、閉じた目をゆっくりと開け言った。

「しかし、よくもまあわが一族を好き勝手に切るか。そんなに『柱』となる燈華を助けたいか」

冷たい声音で静覇はいう。

「だが、この天空の迷宮に踏み入れたものは、生きて返すわけにはいかんな。わが一族に入ったことを、後悔するがよい」

そう言って静覇は邸に施しておいた術を発動させるために目を閉じた。


 突然地が揺れた。

「なんだ!?」

修一は急に来た揺れに体勢を崩しかけたが、何とか持ち直した。

「この揺れ……術かね」

揺れの中にある不可思議な力を感じ取り、修一は嫌そうな顔をした。なんなんだ、この術の力は。邸の構造を改変している。……こんなことをして、自分たちは困らないのか?

「まったく、いやなもんだな。普通こんなもん仕掛けておくか!?すっげえ悪趣味!!」

修一は向かってくる敵をぶった切りつつ構造が一秒ごとに変わる邸の中を駆け抜ける。

「つーか、千尋のやつがうらやましいぜ。あいつだったら瞬時にどうすりゃいいかわかるんだろうけど!」

 修一には千尋のように『天つ才』もなければ『千里眼』の類の『視』るという異能もない。訓練によって身に付けた凄まじい空間把握能力によって迷いはしないがさすがに大変だ。

「それにしても……あいつら、大丈夫かね―」



「きゃっ!」

千尋とともに走っていた愛紀那はいきなり四方八方から飛んできた矢の連射をかろうじてよけたが、千尋はすべて叩き落した。

「まったく、次から次へとわいてこないでほしいな。邪魔くさい!」

千尋は相当頭にきているらしく右手の小太刀に霊力を込めるとふるって衝撃波を飛ばした。その攻撃を受け敵の人間は大部分が空の彼方へブッ飛ばされた。残った人間は千尋が小太刀を一閃させ絶命させた。

「愛紀那、大丈夫かい?」

千尋は愛紀那に尋ねた。愛紀那は青ざめた顔だったが頷いた。

「はい……大丈夫、です。それにしても……」

愛紀那は下に転がっているものたちを見て言った。

「警備が、厳しすぎます。……どうやら、『柱』の継承が近いようですね。急がないと、助けられません」

愛紀那の言葉に、千尋は頷いた。

「そうだね。急がないと。間に合わなくなる」

そういうと二人は走り出した。



凛珠はそのころ燈華の居場所である塔の前まで来ていた。

「王道だよな。お姫様が塔に閉じ込められるって」

凛珠は塔を見上げて言った。凛珠には、燈華の気配がはっきりと感じ取れる。どうやら彼女がいるのは最上階らしい。おとぎ話でもあるまいし、なんでこんなことする必要があるんだと凛珠は疑問に思った。

「それにしても……やはり、脱出の時は飛び降りるしかなさそうだな」

脱出の時、そんな普通に階段から下りて行ったら敵と鉢合わせしてどう考えたって逃げられないだろう。

「それにしても、ここの当主って趣味悪いな。屋敷中にトラップしかけた挙句に、内部も迷路、そして術使って一秒ごとに邸内部を改変するだと?普通の神経してないだろう」

凛珠はぼそりと言うと、塔の中へ突入した。



塔の中は迷路のように螺旋階段と部屋が連なっていた。そして底意地の悪い仕掛けがありとあらゆる箇所に仕掛けられている。凛珠は内部にいた葉月一族を容赦なく切り捨てながら次々に仕掛けを解いていく。

――なんて超悪趣味で底意地悪い一族だ。

凛珠は内心うんざりしながらも次々に襲いかかってくる敵を倒し、仕掛けを解き、いくつもの部屋を駆け抜け、螺旋階段を上がっていく。息一つ乱さず、いくら敵が襲ってこようが速度を落とすこともない。『あの人』……双 戩漓に凛珠は鍛えられた。鬼神のごとき強さを持つ男に。三十年以上前、迫害されていた異能者を束ね、『蒼き鳥』を作り上げた男に。次代を継ぐべき、後継者として。

『まさか、戩漓のやつがまだ生きているとは思わなかったな。外見が何一つ変わらずにか……。しかも、あいつがお前を自分の後継者にね……。なるほど、あいつはお前の受け継いだ血に気づいていたようだな』

一哉はそう言っていた。どうやら『あの人』については知っていたらしく、(というより腐れ縁の類らしい)凛珠がそのことについて話すと何とも言えない顔をしていた。さしもの一哉も、『あの人』の年齢については知らなかったが。

ずっと一定のリズムを刻んでいた凛珠の足が、ある扉の前で止まった。凛珠は不愉快そうな目で扉の前にいるそれ(・・)を見た。

それは世にも奇妙な形をしていた。とにかく、奇天烈な形をしているのだ。

「……ピエロ……に強いて言うなら近いか?」

色づかいも原色で気持ち悪い。凛珠の覚醒したての『千里眼』では着ている服の色までは見えなかった。『千里眼』で見ているときも気色が悪かったが、こうして実物を見ると嫌悪感が出てくる。

「おや~ボクのとこまで侵入者が来るとはね~。他の人たちは何やっているんだろう?まあいいか。ふふふ、ボクの名前は葉月 久弥っていうんだ。そちらのお名前は~?」

凛珠は冷たく言い放った。

「お前みたいなのに名乗る名は生憎持ち合わせていない」

久弥は感心した様子で言った。

「ふふふふふふ、そういうタイプの人かあ。でも僕はこれから殺す相手の名前知らなくてもかまわないけどねぇ。くくくくく……で?ボクは容赦しないよ?侵入者さんにはね」

久弥は外見もそうだが話し方も気持ちが悪い。凛珠は自分の顔が引きつりすぎになっているのが分かった。

「……お前、気色悪いな」

凛珠がぼそりと言った。そしてすっと剣を構える。

「ボクが気色悪いねえ……。そんなこと面と向かって言ってきたのは侵入者さんが初めてだよ。……今のにはぷつんと来たねぇ。死んで」

そういうなりいきなり光球が続けざまに飛んできた。凛珠がよけると壁に当たって爆発、炎上した。

「爆発系の術だな。……しかも相手に気づかれずに異次元空間を創り、転移させるか。……面白い」

凛珠は酷薄な冷笑を浮かべた。どうやら本気でかからないとまずそうだ。

「相手にとって不足はなし。さあ、行くぞ」

そういうと一瞬で相手との距離を縮め、剣をふるうがひらりとよけられた。

「なかなか強そうだねぇ。じゃあ、ボクも行かせてもらうよ!!」

久弥は空中では鞭を手に出現させた。それを見た凛珠の顔がすっと引き締まる。

「……爆発を生む、鞭だな」

凛珠の言葉に久弥はくすくすと嗤った。

「ご名答~。さすがは名高き『蒼き鳥』の中でも若手ナンバー1の術者サンだねぇ。一瞬でこの鞭が何か分かるなんてさ」

「おしゃべりをしているとは、随分と余裕をぶっこいているな」

凛珠は地をけり、宙をひらりと動き回り、神速の剣で相手に切りかかる。久弥は軽々と剣をよけ鞭を繰り出す。凛珠は術を使って鞭の攻撃を防ぐ。さらにけりを繰り出した。久弥はよけきれずにふっ飛ばされた。

「痛いねぇ。いい蹴りだ」

その久弥の言葉に凛珠の背中に怖気が走った。かなりのダメージを食らったはずなのに、相手は全く応えていない。

「さすがは最後の砦か。……悪いが、たたきつぶさせてもらう」

凛珠のまとう雰囲気が、変わった。




凛珠が久弥と戦っているころ、修一は邸の中で警備の一族を減らすことに専念していた。その途中で千尋にあったので、相談の結果、凛珠の助太刀に行くことにした。

「にしてもよ。あいつ今どこにいるんだ?俺じゃ、あいつの気配が感じ取れないぞ」

修一の疑問に千尋は少し言いにくそうに言った。

「……どうやらソウは異次元空間にいるみたいで。僕にも正確な場所はわからないけど、大体どこら辺にいるかはわかる。『視』た感じだと……戦闘中だね。かなり相手は強い」

「は?戦闘中?ってかなり強いって、どんなのと?」

修一の問いに千尋は黙った。凛珠の戦っている相手がものすごく悪趣味な格好をしているので。

「……黙っていないで、教えてほしいんだけど」

修一の催促に千尋はため息をついていった。

「すごく悪趣味なピエロみたいなやつと戦っている」

その返答に修一は固まった。

「……ピエロ?」

「としか形容のしようがないんだ!!」

千尋が叫んだ。

「だって本当にピエロみたいなやつなんだよ。しかも生理的嫌悪がわきあがるというかなんというか、そういうやつ!」

千尋がやけくそ気味に言った。

「……わかったから、もういいぞ」

その様子に耐えかねたように修一は言った。

「……そうかい。……あれ?」

千尋がギョッとした様子で下を見た。

「ってどうかしたか?」

千尋の様子に修一が不思議そうに言った。

「周り」

千尋がぼそっと言った。

「は?」

修一が

「いいから周りを見てみなよ」

千尋のその言葉に修一はあたりを見渡してギョッとした。

「……ここって、気付かなかったけど、もしかして……もしかしなくても……空の上――‼?」

「そうみたいだね」

とんでもないところの極み。葉月一族の本邸は……空の上にあったのだ。空に浮かぶ大地の上。

「なんで今まで気づかなかったんだ?」

修一が言った。

「……どうやら術をかけて、ここが空の上だとわからないようにしていたみたいだね。それにしても、僕の『千里眼』を欺くとは。なかなかやるねえ。ここの人たち」

千尋が自嘲気味に言った。自分の『千里眼』がこうもまあ欺かれるとは思わなかった。過信をしすぎるととんだしっぺ返しが来るとはよく言ったものだ。

「……ヒロ、それでソウはどこにいる?」

修一は千尋に尋ねた。

「燈華の閉じ込められている塔の最上階付近にある異次元空間のなか。そこに行くまでが大変だよ」

千尋はうんざり顔で言った。




久弥の創った異次元空間内で凛珠は壮絶な戦いを繰り広げていた。体には至る所に切り傷や、火傷がある。

「まったく、変な奴のくせして……!!」

凛珠は術と剣技を織り交ぜた攻撃をしているが、ほとんど当たらない。ふざけた格好をした奴だが、戦闘能力は一流だ。

「さすが……最後の砦を務めるだけあるな」

だが全身傷だらけだと言っても凛珠の息は上がっていない。それに今までの戦いでやつの力は見えた。久弥のはかなり珍しいタイプの『異能』だ。凛珠が知っている異能者の中でも、数人しか持っていない、あれだ。

「お前のその力というか、お前の持っている『異能』、確か『断片(フラグメント)』だろう?他者の能力を複製(コピー)できるかなり珍しい『異能』だな」

凛珠は右手の剣を鞘に戻しつつ言った。

「よくわかったねぇ。どこら辺でピンと来たのかなぁ?」

久弥の問いに凛珠は言った。

「俺が知っている異能者の中で同じ力を持っているやつがいる。そいつと、ずいぶん戦い方が似ていたのでね」

嫌みったらしく凛珠は言った。自分をたたきのめした、あの男。忘れもしない、あの敗北。

「ほう、そうかい。でも、キミはボクには勝てないよ?」

凛珠は氷の微笑を浮かべて言った。

「たいそうな自信だが……どうかな」

そういうなり空間を圧縮して久弥との距離を縮めると、左手の剣を一閃させた。久弥の胴体から凄まじい血が噴き出した。

「な…ンだと……!?」

その場に崩れ落ちた久弥を冷たく見降ろして凛珠は言った。

「お前は、俺のことをなめすぎだ。俺の力は……人が持つには大きすぎるのだからな」

凛珠が言い終わる前に、久弥は事切れた。凛珠はその見開かれた目を閉じてやると、少しの間、黙とうをささげた。

「さて、この異次元空間ぶち壊して燈華の元へ行きますか」

凛珠はそういうと目を閉じ、この空間を壊すべく、力を溜めはじめた。


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