第68話:スリルやサスペンスの構成要素【前】
もともと自分は奇想とか幻想的な要素を含んだ話、ナンセンス性や笑いを含んだ小説が好きで、実際「カクヨム」ではそうした掌編を何十作か書いている。
しかし最近はあまりそういう種類のアイディアもないし、そろそろ創作論も飽きてきた。では自分は何が好きなんだっけとつらつら考えてみると、スリルやサスペンス的な要素を多分に含んだ話は、今でも飽きずによく映画で観ている。
ここ一年ほどに限ってDVDで観ただけでも「ゲット・アウト」「レッド・スパロー」「スリー・ビルボード」「ベイビー・ドライバー」など、その手の作品が多い。またつい最近、押見修造の漫画を何作か読んで、ますますその手の創作物が好きなのだと自覚するようになった。
小説でそうした要素を追求するのは難しそうだが、この種の話の典型的な構成要素を思いつくままにちょっと並べてみたい。霊魂や怪物や宇宙生物が襲いかかってくる系列のものは除外し、あくまでも人間vs人間のサスペンス、スリラーについてである。総じて「命や立場、財産を脅かす何か」ということになるが、もう少し具体的な構成要素として……。
1.理由や目的がわからない恐怖。
たとえば、家族や子どもが失踪してしまう。そこへ脅迫電話でもかかってくれば「誘拐」という理解可能な事件・犯罪の範囲に入るのだが、「失踪」+「理由も行き先も不明」となると宙吊り感が高まる。
こうして書いているだけでもワクワクする。
ちなみに「バニー・レークは行方不明」という映画があって、まさにこのパターンである。
2.本性を隠している人物。
隣人が実は……。親友だと思っていたあの子が実は……。といったケース。
最近だとルームメイトが実は……。みたいなケースである。
さらに大技としては「妻が実は……」「夫が実は……」といった夫婦間の謎、もっと大技としては「母親が実は……」「父親が実は……」で、究極的には「自分が実は……(自分自身のイメージしている自分とは違う)!」という系列のサスペンス性もある。
3.渡してはならない宝物を抱えている、あるいは奪われている。
宝、美女、地図、マイクロフィルム、巻物、秘密の日記、暗号、写真、あるいはさして意味のないもの(マクガフィン)などを奪ったり奪われたりというスリル。
4.弱みを握られている。
これもスリルを生む典型的な要素である。押見修造の「悪の華」がまさしくこの典型で、実にゾクゾクする。
5.毒、刃物、銃、爆発物、気温の低下、酸素の欠乏など、命を脅かすものの存在(プラス、簡単に殺されてしまいかねない状況)。
命が危なくなるような危険物はけっこう身の回りにもあるので、単なる水すら、使いようによっては死を招く。書くための道具である鉛筆ですら、目を刺す道具になる。そのギャップが生み出すスリル。
6.強い悪意(勘違い、人違い、誤解を含む)。
これも基本中の基本だが、悪意だけでなく誤解が重なっているとますます恐ろしい。私自身も、相手の勘違いで勝手に恨みを持たれた経験がある。
7.常識では理解できない現象(あるはずのない物が届く、置いてある、など)。
これは超常現象ではなく、遠まわしの悪意の表現として、あるいは悲劇の前兆としてのスリルを生む効果がある。近年だと、個人情報が大幅に漏れているなど。
8.場所が生み出すスリル。
異様に高いところ、紛争地帯、変な宗教や悪者のアジト、未開の部族のいる国。洞窟、森林、滝、前近代的な田舎全般など。
悪人はよく高い所から転落して滅びるもので、あれは「身の丈に合っていない欲望の高さ」の象徴のように見える。その向きを横にすると、たとえばスピードを出しすぎている車内など。
9.身体的、心理的な欠損。奇形。
ビジュアル的に片目、片腕、片足、指の欠損はもちろん、肉体的・精神的に痛みを感じられない特異体質とか、生まれつきの両性具有とか、そういった存在が強烈なスリルを生むパターン。ただちょっとモラル的に、こういう人物を登場させにくい世の中にはなっている。
10. 生理的な気味の悪さ。
ネチョネチョ、ビチャビチャ、ズルズル、ねとねと、ドロドロしたもの。
臭気。錆び。血液。腐った水、廃液、病原体、不潔なもの全般。ミイラ化したもの。人体や動物の体の一部。ノイズ、不快な音。五感にとってマイナスであるもの。
11. 話がどこへ向かっているのか不明。
これはメタ的な要素だが、はっきり「ミステリ」と銘打ってある作品であれば、いずれ謎や事件は、常識の範囲内で解決されることが約束されている(約束を反故にする場合もなくはないが)。
しかし、お芸術的に謎が謎のままで話が終わるのか、コメディなのか、愛の不毛を幻想的に描くつもりなのか、よく分からなくなるようなタイプの作品がなくもなくて、これまた別種のスリルやサスペンス性を感じることがある。
作り手の意図がわからない、というスリルも同様か。
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