第62話:修復力のある世界
最近よく、フィクションの世界における「修復力」について考えている。
……などと書くといかにも難しそうだが、少しも難しくない。
要は「ドラえもん」や「こち亀」で、日本や宇宙を巻き込むような大きな事件(たとえば両さんの考案した商品が大ヒットするとか、バイバインで増えすぎた栗まんじゅうをロケットで宇宙の彼方に飛ばすとか)があっても、次の回になるとそれはほとんどなかったようなことになっている、というアレのことである。
その世界では後戻りのできない(はずの)事件が起こり、危機が迫る。
しかし、それは無かったかのように元通りの平穏な世界に戻る。
世界が何度でも修復される。
いつのまにか復元されて、すっかり元の通りになっている。
何度も何度も、またゼロから話が始められる。
これはゲームでいう「リセットする」感覚に近い。
ゲームの「リセット」という概念を意識したような時間ものSFが21世紀以降にはチラホラあるが、私のいうアレとは、リセットという言葉に馴染むよりも、ずっと前からあるリセット感覚ともいうべき何かである。
この感覚は「世界」だけに適用されるものではない。
肉体・身体においても似たようなことが言える。これもアニメや漫画の世界ではおなじみである。
たとえば「ドラゴンボール」や「ワンピース」での殴り合いにおけるダメージ表現は、いくら激しくても通常はちょっと体にあざができるくらいのもので、さらに激しくなったとしても動けないほど疲れたり、せいぜい気絶する程度である。
読者としては、キャラクターがデフォルメされた修復力、復元性を持った身体でいてくれるおかげで、安心して鑑賞することができる。そういう効用が確かにある。
もっと古い例だと「未来少年コナン」では、主人公がうんと高い所から飛び降りても、体が多少ビリビリする程度で、死ぬことはないのである(そういえば昔、宮崎駿か誰かが「正義の少年だから死なない」と断言しているのを読んだことがあって、深く感銘を受けた)。
さらに古い例として「トムとジェリー」や「ロードランナーとコヨーテ」のアニメを想起していただきたい。
その世界では数十秒ごとに誰かが落とし穴に落ち、壁に激突し、爆発物が爆発し、何かに打たれた衝撃で地平線や空の向こうまで飛んでいって、点になることもある。それでも次の瞬間には、何もなかったかのように追いかけっこが始まるのだ。
小説でいうとヴォルテールの「カンディード」はかなりこの感覚に近い。とにかく登場人物が拷問だの天災だの戦争だの何だの、ここには書けないほどひどい目に遭うのだが、ケロッとしている。意図としては皮肉なのだが、とにかく人物も作者も世界もケロッとした調子で話が進む。
肉体ではなくて、関係性がすぐに修復されるというケースもある。
いま「スラムダンク」の新装版を読んでいるのだが、読み直してみると湘北のメンバーは頻繁に殴り合いレベルの喧嘩をしている。宮城-三井も、桜木-流川も、後々まで遺恨が残っても不思議ではないレベルの喧嘩をして、それでもケロッと次の回では普通に接していて、関係が修復されている。
これは「さっさとバスケの試合を描きたい」「いちいち過去の喧嘩にこだわっている暇がない」という話の進行上の都合もあったのだろうが、何かと修復力の高いせいで「スラムダンク」の世界はかなり明るく、カラッとした雰囲気に整えられ、仕上がっているのである。
このような「すぐに修復されて元通りになる世界」は、幾つもあるフィクションの形態の中で、とりわけギャグ要素の多い漫画やアニメでは多く、映画や小説では少ないようだ。
こうした世界でのあれこれは、漫画やアニメならではの、黙認された見えないルールの一種である。よってそこから一歩でも出たジャンルの場合は「リアリティがない」という批判によって、たやすくダメ出しを受ける。
しかし、むしろダメなのは、そういう世界のあり方にいかにも「当然」のごとくダメ出しをする方ではないのか。
と自分は遅まきながら思っている。
何かが起こっても、お約束で元の通りになる世界。
これが100%よい世界で、そうでない世界は完全に悪いとまでは言わないが、少なくともフィクションを分析・分類するための視点としては有益であるように思う。私はむしろ、あえてそういう世界を小説で書いてみたい気さえする。
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