第57話:フィクションにおける位置関係(小説編)

 前回までの流れを大まかにまとめてみると「小説というジャンル」「文章という表現方法」は位置関係を示すのには向いていないのでは、ということになる。

 しかし例外もなくはないので、小説で自分が最初に思いついたのは乱歩である。


 たとえば有名な「屋根裏の散歩者」は、平成のいま読めば探偵の態度にも推理にも行動にも、かなりツッコミどころのある探偵小説ではある。


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 よく注意して見ますと、ある人々は、その側に他人のいるときと、ひとりきりの時とでは、立居ふるまいは勿論もちろん、その顔の相好そうごうまでが、まるで変るものだということを発見して、彼は少なからず驚きました。それに、平常ふだん、横から同じ水平線で見るのと違って、真上から見下すのですから、この、目の角度の相違によって、あたり前の座敷が、随分異様な景色に感じられます。人間は頭のてっぺんや両肩が、本箱、机、箪笥たんす、火鉢などは、その上方の面丈けが、主として目に映ります。そして、壁というものは、殆ど見えないで、その代りに、凡ての品物のバックには、畳が一杯に拡っているのです。


  ↑


 しかし、「屋根裏」というから他人の生活を眺めるという「位置関係」の面白さについてはさほど古びていないように思われる。生活や風俗が一変したとしても、そう頻繁に真上から何かを眺めるという機会はないし、その必要もないからである。


 位置関係という点では「人間椅子」も画期的というか、天才的というか、子供というか、変態というか、とにかく奇妙な中でも群を抜いて奇妙である。「そういうことを誰も思いつかない」「仮に思いついたとしても誰も書かない」レベルの奇想は数々あるが、これほど原始的でシンプルな欲望を無邪気に書いちゃっていいのかなという思いでドキドキする。


 乱歩のペンネームの元になったエドガー・アラン・ポーの諸作にも位置関係が重要なポイントになるものが多い。「盗まれた手紙」「モルグ街の殺人」は人と物、人と犯人の位置関係がポイントになっていると言えば言える話だし、「早すぎた埋葬」などにも同じことが言える。「メエルシュトレエムに呑まれて」となると、位置関係と状況の説明が話の中心とすら言えるのではないだろうか。


 という訳で「小説と位置関係」ということになると、コメント欄でも「ミステリ関係」という意見が多かったのだが、割と有名どころで考えると日本のSFでも結構ある。


 たとえば星新一の「おーい でてこーい」などは上下の位置関係がループ状になっている点にポイントがあるし、規模が大きいのでわかりにくいが小松左京の「日本沈没」も根本的には「日本が沈む!」という位置関係の話である。筒井康隆の「到着」というショートショートはもっとスケールが大きくて、大きすぎて説明しにくいのだがこれも位置関係の話と言えなくはない。


 いま挙げてみた乱歩、ポオ、星、小松、筒井というビッグネームの他の作品も、細かく探せばもっと発見があるかもしれないが、とりあえず分かりやすい例としては今のところこの程度である。


 純文学では一つの建物(アパート的な集合住宅)に住む人々の様子を描いたものがあって(ペレックや長嶋有)、そちらも丁寧に検討すれば何か見つかるかもしれない。


 最後に自作でいうと、


 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883583979


「コロンブスの帰還」は地球を半周ほど移動して、また逆周りに移動したりするし、起点になる場所も2箇所ほどあるので位置関係の話といえる。


「下降する意識」は、もともと頭のあたりにある「意識」が移動を始めるという話なので、

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054884705999/episodes/1177354054885498022


 常識的な位置関係を疑ってみた試みといえるかもしれない。


 このように「何かと何かの位置関係」を意識的にいくつか書き出してみて、そこに捻りを加えてみれば、何らかのアイディアが産まれる可能性はあるのではないだろうか。


 今回で位置関係の話題はいったんお終いだが、以前からずっと気になっていたことを多少なりとも整理できたので自分にとっては有意義であった。

 このとりとめのない考察のおかげでPV数も増えてくれたため、また何か気がついたら続きを書いてみたい。

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