第29話:書き直し派と直さない派

 初稿から二稿、三稿と段階を経て、書き直しをしながら完成品へと持っていくタイプの作家とそうでないタイプがある。


 うろ覚えではあるが、幾つか知っている例を挙げると、確か大江健三郎は「とりあえず1000枚書きます」とどこかで言っていた。それを画板か何かに乗せて、手直しをしながら増やしたり削ったりするという。いかにもそうやって何度も重ね塗りをしたような文体であるから、これはすんなり理解できる。


 村上春樹は「遠い太鼓」の中で「ノルウェイの森」を書いた時のことを記録している。確かノートに鉛筆で一度書いたものを、清書として手直しをしながら書き直すといったような内容だった。講談社にそのことを連絡して「800枚くらいある」といったら「そんなにあるんですか」という冷たい返答をされていたような記憶がある。


 書き直す派は他にマーク・トウェインなど。ニール・サイモンの自伝のタイトルは「書いては書き直し」であった。


 この人たちは、レコーディング作業に溺れるミュージシャンと似ているかもしれない。


 逆に「一発録り派」とでも言うべき、一度書いてしまえば、それが完成原稿というタイプの作家もいる。


 自分の知る限りでは、倉橋由美子と山田詠美はそういう発言をしている。確かにこの二人の文章は天才肌で、全てが名文とまでは言わないまでも、代表的作品は鋭利な刃物を思わせる緊張感とスピード感のある文章が並び、才気が満ち溢れている。とても書き直しを繰り返して書けるタイプの文章ではない。


 自分は次第に「書き直す派」だと分かってきた。書き直して「良くなった!」という実感を持てるので、書き直しは苦にならない。第一稿はしんどいが、直すのはむしろ楽だし、楽しい。いったん完成しても、またチョイチョイ直したりもする。

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