第24話 太陽喰らう月

 ススが黒山羊に己の過去を話しているその頃。学校では昼休みが始まっていた。

 生徒達は殆ど校庭でサッカーやドッチボールで遊んでいる。

 その様子を窓越しに眺めながら、アイは呟いた。


アイ「いいなぁあいつら、楽しそうで。

 それに比べてこっちはぐはぁ!」


 呟くアイの頭上に、国語の教師である現古文々斎(げんこぶんぶんさい)の拳が振り下ろされる。


現古「喋る暇があったらさっさと書類を駈けバカモン! 書いてない書類がこんなにたまっておるのじゃぞ!」

アイ「ひ〜ん」(俺、悪の組織のリーダーなのに、なんでこんな面倒な事しないといけないんだ!?

 俺は、オーケストラ博士の野望を止めるためにこの学校に潜入して、怠惰の研究資料を盗みに来たのに!)

 「あーもーなんで教師はこんなにやること多いんだよ! コレじゃ悪い事する前に疲労で死ぬわ!

 俺は悪い事がしたいんだーー!!」

現古「ほ・お・う?

 それは良いことをキイタナアアァ?」


 現古先生の目がまるで獣のように光る。


アイ「あ、やべ」

現古「ソコニナオレエエエ!!」


 アイが急いで立ち上がると、現古先生の怒りの拳が空を切り、椅子を真っ二つにした。


アイ「ギャアアアア!怖ェーーー!!!」

現古?いいえ、鬼です「マテエエエ!!

 ニゲルナアアァ!!!」

アイ「嫌だアアア!!!」


 中学校屋上。


果心「ふぅ、あっついわね」


 果心林檎はスクール水着の姿で日光浴をしていた。

 白いビーチ用の椅子に腰掛け、腰まで届く長い黒髪は一つに束ねている。

 紺色の水着の胸には名札があり、そこにはご丁寧に『果心』と書かれている。

 透き通った白い肌は夏の暴力的な日差しを浴びて更に輝いているように見える。


果心「暑いわ。

 こんな暑い日にスーツや着物なんて着てられないわよ。汗が服に染み付いちゃうわ。

 それにここは学校なんだから、着るべきものはやはりスク水か体操服、セーラー服に限るわよね」


 果心は空に目を向ける。そこには夏の太陽が燦々と輝いていた。

 果心はスッと目を細める。


果心「…私、やっぱり夏の太陽は嫌い。

 暴力的だし、夜に生きる者にも昼に生きる者にも暴力的に平等に輝くから。

 私が好きなのは、月の光なのよ」


果心は太陽に向かって人差し指をむける。


果心「それに比べて月は美しいわ。

 太陽の輝きによって生まれたニセモノの光 太陽の輝きがなければ生まれなかった光。

 そして太陽の最大の犠牲者」


 人差し指を太陽に向かってクルクルと回した。すると太陽の周りに雲が少しずつ集まってくる。


果心「太陽がある限り、月は自ら輝く事を許されない。

 しかし夜に生きる者にとって月は太陽以上の輝きに見える。

 私はそんな儚い月が好き。大好き」


 クルクルと人差し指を回す。

 そして雲は太陽に隠れていった。

 校庭では生徒達が相変わらず楽しそうに遊んでいる。


果心「だから、私達が設立したチャンドラ・マハド(月の宮殿)計画は成功しなければならない。

 そうでなければ、月を信仰する者達が悲しむのだから」


 人差し指を回すのを止め、きゅっと右手を握る。その瞬間、学校の中と外の一切の光が消えた。


「なんだ、停電か!?」「えっ、何、怖い、やだ!」「落ち着きなさい!すぐに回復する!」

「え?外も真っ暗!?どういう事!!?」


学校の中にいる一達が騒ぐ。果心は笑みを浮かべた。


アイ「停電!?外も暗い、一体何が」

鬼「ああん?」

アイ「ナンデモアリマセン。ボクショルイカクノダイスキ」



 果心「ほら、あなた達の好きな太陽は消えた。今こそ月を恐れ敬う時!」


 果心はにぎしりめた拳を思い切り開いた。

 その瞬間、右手から現れたのは闇。

 闇がまるで泉の水のように右手の掌から沸き出し、辺りを覆っていく。

 そしてその闇が屋上の床を覆いきった時、

全ての闇が太陽に向かって飛んでいった!


果心「色呪法!『月の食卓、太陽を食す』!」


 闇が太陽を覆う雲にぶつかり、それは巨大な漆黒の龍に姿を変えた!

 そして龍は太陽に向かうと、細長い牙の揃った口を大きく空け、太陽の光を食べた!


果心「龍よ!太陽の光を食し、月の光を地上に降り注がせよ!」


 スク水姿の果心が妖しく笑い、龍に向かって叫んだ。


果心「見せて!!

 私に美しき月の光を見せて!!」


 すると龍の体は真っ黒になって太陽の前で丸くなり、一時的な日食を作り上げた!

 学校の中の誰かが叫ぶ。


「あーー!!

 日食だーー!」


縷々伊江学校 校長室


ガタン、と椅子が倒れる。

K・K・パーが勢い良く立ち上がったからだ。

その瞳はじっと窓の外の日食を見つめている。


パー「おお…あの光、あの光をワシは五十年待ったのだ!

 果心様、遂に始めるのですね!!」


本来なら目が潰れてしまう危険性から光を直接見るのは危険だが、パーは気にしない。

彼が考えてるのは只一つ。


パー「始まる!

 チャンドラ・マハド(月の宮殿)計画が始まり、我らの夜がやってくる!

 アハ? アハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 狂える闇の表情で老人が笑う。

 そして、悲鳴が校長室の外で響いた。




中学校 校庭



生徒1「ギャアアアア!!!」

生徒2「ヌアアアアア!!!」

生徒3「ウウワアアアア!!!」

生徒4「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイイイイ!!!」


ルトー「皆、どうしたの!?どうしたんだよ!ねえ!」


 ルトーは慌てていた。

 急に周りが暗くなり、日食が現れたと思ったら校庭に出ている大半の生徒達が倒れ、悶え苦しみ始めたのだ。

 本来なら保険室の先生を呼ばねばならないが、あまりに人数が多すぎる。


痛がっていないルトーが異常なんじゃないかと疑いたくなるぐらいだ。


ルトー「おい、おい、……ひっ!?」


 とにかく生徒の確認をとろうと肩を揺さぶると、ねちょ、という感触がした。

 慌てて手を引っ込めると、手のひらに粘液が付着している。


ルトー「な、なんだこれ……」

生徒「うううううううう」


 遂に呻き始める生徒達。

 ルトーは保険医を呼ぶか少しだけ迷った後、生徒達に声をかけた。


ルトー「ねえ、どうしたの!?

 ねえ、大丈夫!?

 ねえ!!」

生徒「ううううウウウウ」


 生徒の顔も姿も段々変化していく。

 肌は青く変色し、唇は厚くなり、目は両端に離れ、喉の左右の部分には小さな亀裂が走り、それが呼吸に合わせてパクパクと開閉する。

 何よりルトーに嫌悪感を抱かせたのが、口から漏れる魚特有の生臭い臭い…。


ルトー「う…何これ、まるで魚人じゃないか。 一体どうして…」


 ルトーはようやく辺りを見渡した。

 しかし遅かった。

 ほぼ全ての生徒が立ち上がったのだ。

 魚人に変身した生徒達が。

 まん丸の目がルトーを捉える。


ルトー「う、う、うわああああああ!」


 ルトーは必死に校舎に向かって走り出す。

 何か、何か良い事がある事を願って

 その中に、更なる恐怖があると知らずに…。

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