4-3 水着回と風呂回はどっちが人気なの
「ひろ兄、ひろ兄、一緒にお風呂入ろう?」
「……おー、いいぞー」
冬は寒い。それは日本の常識であり、だから俺は、冬に何度も風呂に入る事も珍しくない。今はまだ夕方なので、ここで風呂に入ったら、夜にもう一度入る事になるだろう。
「えぇっ!? いいのっ!?」
甲高い声に顔を上げると、そこには柚木の驚愕の顔があった。
「なんだ、自分から言っておいて」
「だって、一緒にお風呂だよ? そんな簡単に……ひろ兄のヤリチン!」
「こら、そんな汚い言葉を使っちゃダメだぞ。女抱きまくり男と言いなさい」
「ひろ兄の女抱きまくり男!」
「やぁやぁ、ありがとう、ありがとう」
謂れなき賞賛を受け、それでも喜ぶ度量を見せてみる。
「それで、なんでまた一緒に風呂に入ろうなんてヤリマンみたいな事を言い出したんだ」
「あっ、私には汚い言葉使っちゃダメって言ったのに! ひろ兄も、男咥え込みまくり女って言わなきゃダメだよ!」
「生々しい表現はやめてください」
絵が頭に浮かぶような下ネタはいけない。
「えっとね、私がここに泊まるのは、とりあえず今日で最後だから。一緒にお風呂に入るなら、今日しかないかなって」
「いや、そもそもなんで一緒に風呂に入りたいのかがわからないんだけど」
「……そういうの、女の子に言わせるのは良くないと思うな」
心なしか照れたように、それでも柚木は目を逸らさずにこちらを見つめる。
「まぁいいや。じゃあ、とりあえず風呂に入るか」
「放棄した!? もっとしっかり考えて!」
「俺は考えるより先に行動するタイプなんだ」
「それっぽい事言ってるけど、別にそんな事ないよね!」
流石は柚木だ、俺の事を良くわかっている。
「で、どうする? 本当に一緒に風呂に入るのか?」
「う、うん。入るけど、ちょっと待ってて」
ぱたぱたと小走りでリビングを出て行った柚木を、こたつの中でしばし待つ。
「……よし。行こ、ひろ兄」
少し経って、戻ってきた柚子の手には、宿泊用の鞄が握られていた。着替えやらなにやらが入っているそれを持ってくるのはわかるが、それだけにしては少し時間が掛かりすぎていたような気もする。
「しかし、柚木と風呂に入るのは、何年ぶりだろうな」
「えっとね、四年くらいかな?」
「え、そんなに最近だっけ?」
実のところ、柚木と風呂に入るのはこれが初めてというわけではない。ただ、それはあくまで幼い頃の記憶という認識だったのだが。
「四年前っていうと、俺は中1で、柚木は小5だろ? 色々危なくないか?」
中1なんて、まさに性欲のピークじゃないか。年の近くてかわいい女の子の裸を前にして、良く我慢できたものだ。偉いぞ、俺。なんで覚えてないんだ、俺。
「そんな事ないよ。大体、四年前で危ないなら、今なんてどうなっちゃうの」
「そうだな、どうなっちゃうんだろうな」
あはは、と笑う柚木に、こちらもとりあえず笑い返してみる。どうにもならないよう努力はするけど、実際のところ、あまり自信はないのだ。
大豪邸には程遠いこの家では、リビングから風呂場までにそれほどの距離があるわけもなく、俺達はすぐに脱衣場へと辿り着く。
「そう言えば、風呂は沸かしてあるのか?」
「大丈夫! ちゃんと入れてあるよ!」
いささか早い時間帯、風呂の準備への心配も杞憂に終わり、いざ洋服に手を掛ける。
「……っ」
上を脱ぎ、洗濯機に放り込んだところで、しかし自然と手が止まる。
はたしてここから先、本当に脱いでしまってよいものか。俺としては、別に柚木の前に全裸を晒す事にそれほどの抵抗はないが、柚木から、あるいは第三者から見てその行為は許されるものなのだろうか。タオルとか巻くべきなのだろうか。
そうこう考えていると、柚木がシャツに手を掛ける姿が目に入った。はたして見てしまっていいのだろうか。こんなに恵まれていていいのだろうか。
「ええぃ!」
男である俺とは違い、女である柚木は上の時点でアウトだ。かわいい従妹だけに恥をかかせるわけにはいかないと、タイミングを合わせて俺も一気に下をずり下げる。
「えへへ、どう、ひろ兄? かわいいで、しょ……」
何がかわいいのか、と頭の中で繰り広げられたいやらしい妄想は、しかし柚木の胸を覆う生地によって打ち破られた。柚木はあらかじめ、下に水着を着込んでいたのだ。
上下に分かれた薄い水色の水着は、全体を纏うフリルの印象もあって、エロさよりもかわいらしさを先に感じる。なるほど、準備に時間が掛かっていたのはそういうわけか、と納得したところで、同時に柚木がこちらを向いた意味に気付く。
「おっと、こいつは失礼」
当然ながら、水着を着る暇などなかった俺は、下の下には布一枚纏っていないわけで。
「か、かわいい……うん、大丈夫、かわいいから、大丈夫、かわいいかわいい」
慌ててタオルで隠した時には、もうすっかり柚木に俺のかわいいものを目の当たりにされてしまっていた。虚ろな声でかわいい、と呟かれる度に、なぜか少しずつ心に傷を負っていく気がする。
「水着を着るなら、そう言ってくれればよかったのに」
「だって、流石に裸で一緒にお風呂に入るのはいろいろダメかなって……」
股間を隠すタオルの存在に、柚木は戸惑いながらもこちらを見てくれる。
柚木の言う事はたしかにもっともなのだが、そもそも一緒に風呂に入るという提案が唐突過ぎたため、いくら俺でも言ってくれなければわからない。
「とにかく入ろう、このままじゃ寒いし!」
タオル一枚の俺はもちろん、水着姿の柚木も冬の寒さに対してはほぼ無力だ。服を脱いでしまった以上、今から水着を探すというのも面倒で、このまま風呂に入るしかない。
急いで浴室の扉を開けると、独特の湿気が少し寒さを和らげてくれる。
「さて、どっちから風呂に入る?」
我が家の浴室は、特に広いわけでもない、ごく一般的なものだ。現状でもやや圧迫感があるのに加え、湯船は更に狭く、二人で入るようなサイズではない。
「い、一緒に入ろうよ!」
「いや、でも、狭いじゃん」
「大丈夫、だよ? 多分!」
果てしなく曖昧に、それでも力強く宣言されてしまう。
「ひろ兄は、一緒に入るのは嫌なの?」
「うっ……」
水着姿での上目遣いを喰らい、思わず声を漏らす。漏らしたのは声だけである。
「わかった、二人で仲良くお風呂に入ろう」
「うん!」
結局、俺は柚木には甘い。ついでに自分の欲求にも甘かった。
「とりあえず、湯船に浸かるのは身体を洗ってからにしよう」
「ん? ひろ兄ってそういうの気にするタイプだっけ?」
実のところ、柚木の言うように、俺は大浴場だろうが何だろうがかけ湯もせずにいの一番に湯船に飛び込むタイプだ。しかし、今は少しでも時間が欲しかった。
「じゃあ、私がひろ兄の背中を流してあげるよっ」
「ふっ、柚木に俺の広い背中を流しきれるかな」
「ひろ兄はどっちかって言うと華奢な方だと思うけど」
「それは誰と比べてだ? ……もしかして、ワニとかじゃないだろうな」
「なんでワニ!? そりゃ、ワニと比べれば細いけど」
ワニへの敗北を噛み締めながら、柚木に促され背中を向ける。
実のところ、柚木から視線を外す形となった事は、男としては残念ではあった。水着を着ているとは言え、それでも年の近い女の肌を至近距離で眺める機会はそうはない。冬ど真ん中の今、それは尚更だ。
「どう、ひろ兄? 私の身体は。あの人よりもきれい?」
控えめに背中を撫でる柚木の指の感触を愉しみながら、会話を交わす。
「いや、あの人って誰だ? 金森くんか?」
「その人が誰!?」
「金森くんは、うちのクラスの肉体自慢だ。SM嬢に付けられた背中の傷が自慢らしい」
「それは肉体自慢とは言わないと思うよ!」
風呂場に柚木の声が反響して、非常にかわいらしい。俺も柚木の声に生まれたかった。
「そうじゃなくって、あの人。ひろ兄の彼女とか言い腐った、あの」
「ああ、可乃かのぉ」
「……くだらないよっ!」
言ってくれるな、俺もそう思う。
「残念な事に、可乃の身体が綺麗かどうかは知らないな。どうしても気になるなら、ちょっくら盗撮してくる事もやぶさかではないが」
「やぶさかであるよ! そんなコンビニ行くノリで犯罪に手を染めないで!」
かわいい従妹がどうしてもと言うので、俺は可乃を盗撮するのは止める事にした。
「……でも、残念なんだ」
「まぁ、それはな。基本的に、俺は道行く二十五歳以下の可乃より顔のいい女の服が全部透けて見えればいいと思ってるくらいだから」
「ドスケベだねっ!」
「男なんて大体そんなもんだ。まぁ、実際そういう状況になると、すぐに飽きて今の柚木の水着くらいの方がエロく感じるようになるんだけど」
「なった事あるみたいにセクハラしないの!」
会話を楽しみながら、しかし段々と身体が冷えていくのを感じる。そもそも、冬なんて身体を洗うのはそこそこで、湯船で暖まるために風呂に入るものだ。
「そろそろ背中はいいか。ずっとこうしてるのも寒いし」
「あっ、そうだね。じゃあ、前を――」
「前はやめておきましょう」
俺の理性のような何かが、柚木の提案を途中で却下する。
「そう? じゃあ、次はひろ兄が私の背中を流してよ」
「いいのかな? 俺はFPSで日本一背中を預けられない男と呼ばれた、あのHIROだぞ」
「ゲームが下手でも、背中くらい流せるでしょ」
「下手じゃない。ただ、無防備な姿を見てると、味方でもつい撃ちたくなるだけだ」
「性格悪いっ! まぁ、今は手元に銃はないから大丈夫だよ」
そう言うと、柚木は本当に信頼しきった様子で俺に背中を向ける。
「ほら、早く早く。待ってるのも寒いんだから」
こちらも洗ってもらった手前、催促を受けては断るわけにもいかない。ボディーソープを手の平で捏ねくり回した後、柚木の小さな背中に恐る恐る触れる。
「……ひゃん!」
ほら、見た事か。そういうのはずるいぞ。
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから、続けて」
「あい」
時々黄色い声をあげる柚木の背中を、つとめて何も意識しないようにして手を滑らせていく。――と言いたいところだが、俺はそんなに控えめな性格はしていなかった。
正直、この状況はかなり興奮する。柚木が背を向けているのをいい事に、俺はその首から尻にかけてを舐めるように眺めているし、同時に手の平に意識を出来る限り集中して柔肌の感触を愉しんでもいる。別に俺は、従妹だから性欲の対象にならなかったりといった事はないのだ。
「ひろ兄は、この水着どう思う? 似合ってるかな?」
「あい」
「そう? よかった、ひろ兄はえっちだから、もっと生地の少ないのが好きかと思ったんだけど」
「あい」
「うぅ……やっぱり。でも、これ以上だと、マイクロビキニみたいになっちゃうよ? ひろ兄は私が露出狂みたいな格好してプールに行ってもいいの?」
「あい」
「……ひろ兄」
「あい?」
手の平の感触が離れたところで、ようやく柚木がこちらに身体を向けている事に気付いた。どことなく睨むような視線の意味がわからず、首を傾げてみる。
「話、聞いてなかったよね?」
「あい」
「まだ聞こえてない!?」
これは演技である。途中から柚木の感触に囚われていたのは事実だが、その間の自分の相槌くらいは覚えている。一見話を聞いていない素振りを取りつつ、実は聞いていたという形を作る事で、それ以前も同様だと思わせる高度な技術だ。
「なんて、聞こえてないわけないだろ。この距離だぞ」
「それなら、私が何の話してたか言ってみてよ」
「それは、あれだ、俺がブーメランパンツで海を練り歩く話に決まってるだろう」
「……微妙に冗談なのかどうかわかんないよ!」
どうやら、普段の行いのおかげで、疑惑は灰色に終わってくれたらしい。
「まぁ、身体も洗い終わったし、今度こそお風呂入ろっ」
「知ってるか、柚木。タオルを湯船に入れるのはマナー違反らしいぞ」
「それは、外すって事?」
「いや、言ってみただけだ。流石の俺でもチンコは外れないからな」
「そっちじゃないよ!」
一応は足掻いてみるも、二人で湯船に浸かる流れは変わらないらしい。結果、俺の不用意な下ネタは、柚木の顔を赤くするのみに終わった。
「それで、どうやって入る?」
普段俺が湯船に入る時は、片側の壁に首を預け、足を向かいの縁に乗せて入る。もちろん、今は二人で入る以上、そういうわけにはいかない。
「私がひろ兄の上に座るっていうのはどうかな?」
「ダメ」
「なんで? それが一番綺麗に収まると思うけど」
「俺が綺麗に収まってたらな」
想像するまでもなく、柚木の案だと、俺の股の上に柚木の尻が乗る事になる。その状況で収まっていてくれると思うほど、俺は俺の下半身を信じていない。と言うか、ぶっちゃけ今ですら収まっていない。腿の間に隠しているだけだ。
「これは、中々難しい問題だぞ……っくしょい!」
頭を捻りながら、しかし俺達の身体が冷えるまで猶予はそれほどない。急いで最適解を探さなければ。
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