第74話 回転

「ユリネっ、今度は本当に頼むぞ。しかしルリの事になると相変わらず見境い無くなるよな、お前は」


「まったく私とした事が申し訳ございません」

 ユリネは、反省して謝った。こんなに素直なユリネを見るのはイオリにとっても珍しかった。


「素直に謝るユリネは、可愛いな……」


 イオリは、言い掛けた言葉を引っ込めた。勿論ユリネが剣に手をかけたからに違いなかった。


「さあ、イオリっ、次のお店に移るわよ」


 ミツキはあれだけのカニ饅頭を食べたにも関わらず、その戦闘力にまったく衰えは無かった。


 イオリ達は、ミツキに引っ張られるように道の反対側の店に移動した。


「あっ、アレは!」


 普段冷静なクダンが驚きの声を上げた。


「まあ、これは!?」


 ネネも同じ様に声を上げて固まった。


 こちらの店は、通常の大きさのカニ饅頭だったのだが、但し、皿に乗せられた饅頭がクルクルとカウンターを回っていたのだ。


「か、回転カニ饅頭なの……かっ!?」


 イオリとミツキは、驚愕した。


「へい、いらっしゃい! どうぞ中へ」


 店員は、威勢のいい声でイオリ達を呼び入れた。


 ベルトコンベアに乗せられた饅頭の皿は何故か色が違う。


「あのーっ、お皿の色が違うんですけど」


 席に着いたミツキが店員に質問をした。カウンターは、白木のテーブルで綺麗に磨かれていたがその内側に皿に乗せられたカニ饅頭が通り過ぎるように回っていた。


「ちっ、良いところに気付いたね。お嬢ちゃん、言いたかねえが金額が違うのさ」


 舌打ちをする店員の態度にユリネは、剣に手を掛けた。


「ユリネ! それはまず味を見てからだ」


 イオリは、ユリネを見据えて剣に掛けたその手を優しく抑えた。


「ひっ、なっ!?」


 突然手に触れられたユリネは、驚いて変な声をあげた。刹那、反射的に繰り出される左こぶしは、イオリの顔面を捉え、その身体を店の外へときりもみ状態で吹き飛ばす。


「あーーーーーーーーーっ!」

 イオリの断末魔がこだました。


 数分後、よろよろになったイオリが戻るとミツキとルリが怒った様子で近付いてきた。


「イオリ、ユリネさんに変な事したでしょう」


「お兄様、ユリネさんを困らせるのはやめて下さい」


「いや、俺何にもしてないからっ! なあユリネ」


 イオリの言葉にユリネは、目線を逸らした。

 その様子に、ますます深まるミツキとルリの疑惑


「ちょっ、ユリネっ!」


「や、やめて下さい。イオリ様……」


 ユリネは、少し顔を赤らめた。近付いてイオリの顔を覗き込むミツキとルリ。


「あのー、ち、近いんですけど……」


 イオリは、小さく呟いた。



 まあまあと言うクダンの言葉でようやく場は落ち着き一同は、カニ饅頭を食べる事になった。


 ミツキは、早速黒い皿に目を付け、手は鷹のように獲物をさらった。あれだけの大きさのカニ饅頭を食べた後にも関わらず捕食能力は衰えていない。


「お前凄いな!」


 イオリが呆れたようにミツキを眺めた。


「もごもご、食える時に食わないと後悔するから、もごもご」


「そんなにひもじい生活してなかったよな、お前」


「だって、もご、凄い、もご、美味しいよ、もご」


「そんなに美味しいもごかね」


 イオリもカニ饅頭を取り、ガブリと頬張る。


「おおっ、これは!」


 1軒目と違いカニの割合が高いのだった。薄めの皮に濃厚なカニ味噌が豊かなコクを与えていた。


「えっ、うめーーーーーーっ!!」


 このカニは茹でるのではなく蒸されたものに違いない。それでなければこれだけの旨味を残していないはずだ。そう考えるイオリはすぐに一個を平らげてしまった。既にミツキはふたつ目に取り掛かっている。負けじと二個目に挑戦するイオリの耳に店の大将だと思われる人の怒鳴り声が響いた。


「ふ、ふざけんなーーーーーーっ!」


 まさかと思い仲間を見るとみんなカニ饅頭を手に持ち驚いた様子で固まっていた。

 自分の身内ではない事を確認しホッとしたイオリ。どうやら怒鳴られているのはどこかのいい年をした親父のようだった。

 外見は、何処かの城をお役御免になった浪人のようで背中に大振りの剣を背負っていた。恐らくイオリの持つ長剣と並ぶ程の尺があるようだ。


 剣を抜くような事があれば見ぬふりはできないなとイオリは、思った。



「ウチの饅頭がまずいから金を払わねえとはどういう了見だ」


「ふん、こんなもの金を払う価値もない」


 親父の前には10枚程の白い皿が置かれていた。

 恐らく一番安い価格の皿だと思われた。


「カニカマだな……」

「カニカマだよ……」

「カニカマですね……しかし10皿とは!?」


 イオリ、ミツキ、クダンは、同時に呟いた。

 一連のやらかしで自己嫌悪に陥ってたユリネは眼を伏せて大人しくしていたのだが騒ぎに気付いたのか何気に言い争うふたりの男を見た。ひとりは店の大将であろうと思われたのだが、もうひとりの男を見た瞬間、ユリネの顔色は変わった。


「鬼目羅 左丹(きめら さたん)!?」


「おい、知り合いかよ! ユリネっ!」


 イオリの問い掛けに虚ろな様子で答えるユリネ。



「鬼目羅は…………私の父なのです」

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