第75話 溺愛
「ユリネっ、親父さんかよ! 紹介してくれないか?」
鬼目羅 左丹(きめら さたん)は、ユリネの父親であるらしいのだがイオリは、全く面識が無かったのだ。長髪を後ろで束ね眼光鋭く人を寄せ付けない風体にみえる左丹。いかにも気難しいであろうという気配を周囲に漂わせていた。それは例えれば頑固職人であるかのようなイメージであった。
ユリネは、蒼ざめた顔で下を向いている。
左丹は、未だ店の親父と口論を続けていた。
「ちょっと挨拶してくるわ」
イオリが何も答えないユリネにそう言って席を立つと物凄い力で腕を掴まれた。勿論ユリネにである。
「おい、どうしたんだ一体。親父さんに会ったら何かまずい事でもあるのか?」
イオリには全くユリネの心情がわからない。
大人しく席に座るイオリにユリネが近付き耳打ちをした。ふうわりとユリネの良い香りがして少しどきりとするイオリであったが、今は訳が知りたいのだ。
「イオリ様、実は私が家に戻らぬ理由は、あの父親が原因なのです……」
イオリの耳元でそう切り出したユリネの顔はやはり蒼ざめていた。
「も、もしかして幼少期に虐待でもあったのか?」
「いえ、それならば今は私もそこそこ剣を極めた身。対処の方法があります」
「だったらどうしてダメなんだ?」
「だから……あの……その……」
イオリには、もじもじしているユリネの気持ちがサッパリわからない。
「やっぱり、挨拶してくるわ、俺」
「だ、ダメって言ってるでしょうがっ!!!!」
あらためて立ち上がったイオリにユリネの大声が店内に響いた。
「あっ……!?」
我に返ったユリネだが、もう手遅れである事を悟った。左丹が驚きの表情も露わにユリネを目に捉えていた。
目を合わせたまま固まるふたり……
やがて、左丹が口を開いた。
「ユ、ユリネ……ちゃんか?」
左丹の言葉に一同は、違和感を覚えた。
「「「「「…………ちゃん?」」」」」
視線を外すユリネの目は心なしかウルウルしている。
「ユリネちゃんじゃないか。パパだよ! いやあ偶然だなあ! こんな所で会えるなんて! なんて今日はいい日なんだ!!!!」
鬼目羅 左丹は、極度の娘コンであった……
駆け寄って娘(ユリネ)に抱きつこうとしたが僅かにユリネの剣を抜く速度の方が上回り、左丹は、寸前で剣先を鼻に突き付けられた形になった。
とは言えユリネの剣は神速と謳われるほど速いのだ、左丹は、それに匹敵する速さでユリネとの間合いを詰めたのだった。その動きを見たイオリが只者では無いと密かに思ったのも無理からぬ話であった。
「ユリネちゃん、そんなに恥ずかしがる事はないじゃないか。パパは、ずっと会いたかったんですっ!」
先程までのいぶし銀のイメージは、もろくも崩れ去り、子煩悩を通り過ぎ、ただの変態でしか無い……
「父上、その変態ぶり、まだ治っていなかったのですね。そこに跪きなさい。さあ、亡き母上の所に送ってあげましょう」
「ゆっ、ユリネっ、久し振りに会ったのだ。そんなつれない事を言わないでおくれっ」
「だいいち、お兄様は、どうしたのですか? まだ放浪癖が治っていないのですか?」
イオリは、ユリネの心中を察した。ああー、だからこそユリネはしっかりしなければならなかったのだろうと……
「あー、そんな奴もいたかな。この前喧嘩したら出て行きおったわ。はははっ」
「はははっじゃ、ないでしょう! いったいどういう事に……」
ユリネと父親のやり取りは続きそうであったが、痺れを切らせたようにイオリが間に割って入った。
「あの、佐々木イオリと申します。いつもユリネさんには、お世話になってます」
左丹は、今、気付いたかのようにイオリを見て驚いた顔をした。本当にユリネ以外のものは、眼中になかったのだろう。
「お世話になっている……だと」
瞬時に左丹のいぶし銀が蘇って来た。
「まさかこの男! ユリネちゃんの彼氏じゃあるまいな……パパは、とても心配なんだけど」
もはや、いぶし銀と甘々が混ざり合っていた。
何とか上手く説明しなければとイオリは少し焦っていた。
「お父さん実はですね……」
さらに地雷ワードを踏むイオリ
「はあっ!? お前にお父さん呼ばわりされる筋合いは無い! 表に出ろ! 切り刻んでやるわ!」
店の親父含め一同は、やれやれといった顔をしている。
「何でこうなるのかな」
くしくも左丹と対峙する事になったイオリ。
この絶望的な状況が希望に変わる事は、あるのだろうか。それは背中の剣のみが知ることなのかもしれなかった。
「イオリ様、そいつを叩き潰して下さい!」
「ユ、ユリネ……お前」
自分に声援を送るユリネにドン引きするイオリ。
かくして、なし崩し的に決闘は開始された……
Demon Blade / デーモンブレード yu@ @yu01
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