第64話 生死
水無月は、どこかで思っていた、自分には強力な後ろ盾がある事を。元弟子であり十霊仙筆頭である武帝セツナの事を。
それだけが辛うじて水無月の平静を保った。
先程までの慌てた様子を取り繕い、今は小村丸を見据えて風格を醸し出した。仮にも宮中師範の霊力を軽んじる事は出来ないのだ。
"転送陣"
水無月の背後にはそれが出来上がっていた。決して逃げる訳ではない。寧ろこの閉鎖された空間では小村丸を亡き者とする絶好の機会なのだ。
転送陣からは、やはり影達がわらわらと抜け出して水無月のまわりを固めていった。その数は30を超えて地下室を埋めていく。
それはもはや霊力研鑽会と水無月の繋がりを示す明らかな証拠でもあった。
「くくっ、これだけでは無い。見ろ小村丸」
水無月は、妖刀を携えた1人の影に目線を移した。いや、その男は影では無かった。長い髪に白い装束の出で立ちは、何故か死神を連想させる。
「妖刀使い⁉︎」
イオリは、咄嗟に己の剣に手を掛けた。正直、影だけであれば切り抜ける自信はあった。しかし妖刀使いがいるのであれば、およそ一対一の勝負となる。その間小村丸は、師範の水無月以外にも30人以上の影を相手にしなければならないのだ。
「ちょっとしんどいですね。どうしますか二ノ宮」
小村丸は、先程から黙り込んでいた宮中師範代補佐 二ノ宮ゼンジロウに問い掛けた。
「小村丸先生、元々は私が御願いした事でもあります。水無月師範代の過ちは、補佐である、この二ノ宮が責任を持って正します」
「ふむ、良い答えです二ノ宮、水無月を超えて、あなたが宮中を導きなさい。その責任があなたにはあるのですから」
二ノ宮は、小村丸に後押しされて頷いた……
イオリは迷っていた。この場で零度を呼び出せば小村丸は、影を楽に片付ける事が出来るだろう。しかし、敵の妖刀使いの実力が見えない今、鬼の姿に変われない自分に勝機があるのか、不安であった。それ程、白装束の妖刀使いからは妖しげな気配が放たれていた。
「俺は、佐々木イオリだ。あんたの名は?」
妖刀使いに対面したイオリは、珍しく己の名を名乗った。佐々木家のはみ出し者であるイオリが性を名乗ることは殆ど無かったが、今は、それ程、相手の素性を知りたいと思っていた。
そして、相手の返答はイオリにとって望ましくないものであった。
「加納シモン」
妖刀の男は、それだけを言って剣を引き抜いた。
"加納シモン"
武帝セツナの右腕であり、霊力研鑽会の最重要人物。氷堂の一件でわかるように妖刀に関してもこの男が実質的に管理しているのに違いなかった。
メイデンにいるはずの加納が、ここにいる。武帝セツナの窮地にも姿を現さなかった男がイオリ達の前に立ちはだかる。
「小村丸先生、どうやら加勢は出来ないようです。加納シモンは、恐らく俺と同じ、ロイド化しても意識があるタイプだと思うんです」
「ふふふ、イオリ殿は、この小村丸の力が信用出来ませんか」
小村丸は右手を挙げて手のひらを影のひとりに向けた。その瞬間その影の体は瞬時に凍り付いた。
前に零度がやった詠唱無しの術式……
イオリは驚いて小村丸の顔を見ると小村丸は余裕の笑みを浮かべていた。
「ははっ、どうやら加勢して貰えそうなのは俺の方ですね、先生」
イオリは、妖刀をゆっくりと引き抜いた。
「さあ、始めましょうか」
小村丸の言葉にそれぞれの戦いの幕が開いた。
加納シモンの持つ妖刀は白く輝いていた。対してイオリの持つ妖刀は黒い。互いに反する属性である事が予想出来る。ならば傷付けられた相手のダメージは大きいに違いないとイオリは本能で悟った。
剣を構えたふたりの剣士は、異形の者へと姿を変えた。様子見や手加減は無い、序盤からのガチバトルが展開する、お互いの生死を賭けて……
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