第56話 神速
素早い剣の応酬は続き、一向に衰えを見せない。
ユリネの太刀筋を見極めているボンテージ男もまた、かなりの使い手なのだろう。ふざけた風貌からは想像し難いのだが。
しかし、それでも長引けば体力的にユリネが不利になる事は目に見えている。やはり相手は男なのだから。
キィーーン!
「!?」
ひときわ高い金属音と共にユリネの剣が弾かれた。
「ユ、ユリネ!」
イオリが、叫んだ時には、もう既にボンテージ男は、次撃を繰り出していた。
敵の剣先がユリネを捉えるかと思われた瞬間、イオリはユリネがニヤリと笑うのを確かに見た。
「消えた!」
ボンテージ男と相対していたはずのユリネの姿は無く、既に遥か後方へと移動していたのだ。
「うぎやぁーーーーっ」
ボンテージ男は叫び、その胸から血しぶきをあげていた。
「真・霧風」
ユリネは、イオリを見て呟いた。手には細身の黒刀が握られておりユリネの眼は蒼く光っている。
以前、イオリが『真・燕返し』の話をした時、ユリネもまた霧風の高みを目指している事を告げていたのだった。
「ははっ、ユリネ、やっぱりお前は天才だな」
「イオリ様、何を今更分かり切った事を……」
ユリネの言葉を遮り、零度が叫んだ。
「まだです、あいつがロイド化しますよ!」
ボンテージ男の体を黒いモヤのような物が包み、その姿をロイドに変えていった。ロイドは、起き上がると自分を倒した者に向かって剣を構えた。言葉を話さぬロイドは、本能のままに攻撃をする。
「問題無いでしょう」
ロイドを見た事がある為かユリネは、落ち着き払っていた。妖魔つきにすら手を焼いていた頃のユリネとは格段の差があった。一体どれ程の修練を積めば短期間でここまでの成長が望めるのだろうか。
ロイドがユリネに剣を繰り出した瞬間、またもユリネの姿は消えた。勝負は一瞬でついた。
胴体から血を流し倒れるロイド、そして背後にはユリネの姿があった。
ユリネは、背中に隠した鞘に剣を収めた。
少し迷ったのかユリネは、俺を見て困った様な顔をした。瞳の色は、もう元に戻っている。
「ユリネ、その剣の事は言わなくていいよ、今はお前が無事に勝っただけで充分だよ」
イオリがそう言うとユリネは、ホッとした様に息を吐いた。
「はい、いずれ機会が来れば」
「『真・霧風』すげえ技だな! 俺も早速真似してみようかな」
「イオリ様のようなのろまには、真似する事は出来ませんよ」
相変わらずユリネは、手厳しかったが、その顔は、嬉しそうに笑っていた。屋敷に帰れば鬼の様に厳しい女だと思われているのだが、それもそのはず、こんな表情は、イオリとルリにしか見せた事は無いのだ。
「俺、結構ほめたんだけどなぁ」
イオリも頭をかいて笑った。
「ユリネさんは笑うと凄く、か、可愛い方なんですね」
零度は、何故か興奮していた、ギャップ萌の気があるのだろうか。イオリは、脳内補正が必要だと密かに思った。
気が付くとロイドの体は蒸発した様になくなり後には妖刀だけが取り残されていた。
イオリは、回収して小村丸の屋敷に持っていくことにした。
「皆さん、ご無事でしょうかーっ」
クダンの呼ぶ声が聞こえて来たのでイオリは自分達の無事を知らせた。
クダンが合流した後、ここの支部長を探す話になった。
「いえ、その事なんですが私が右の廊下を進んで行くと驚いた事に途中から氷に閉ざされていたんですよ、奥の座敷の入り口に支部長室と見えたんで恐らく支部長なる者も氷漬けになっている様ですね。いろいろ問いただす事もあったのですが、まあ、仕方ないですね。しかし、いったい誰があんな事を」
イオリ達は、一斉に眼を伏せたのだった。
「さ、さあ、帰ろうか、妹さんも心配だし」
イオリは、話題を変え、ひとまず屋敷に帰る事にしたのだった。
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